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2019年10月12日23:15

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小沼(この)・小沼神社 天竜弁財天・関東ふれあいの道

小沼(この)https://goo.gl/maps/Tp8ToCnutcJyXCg57
 長七郎山の火山活動によってできた火口湖で、周囲は約1キロメートル程あり散策することができる。観光地として整備された大沼・保護されている覚満渕と違い、手つかずの自然が残っており、スマホの電波も入りませんでした。
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対岸にある社が気になるので向かいます
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小沼には赤堀道元の娘という伝説があります。
 赤城山麓赤堀の豪族、赤堀道元の16歳になる娘が、お供を連れて赤城山に参拝出かけた。月田村で一休みしたが、ここで馬が倒れて死んでしまい、駕籠に乗り換えて月田村を出発したそうです。そして娘は赤城山の小沼(コノ)のほとりで突然水中に引き込まれて沼の主の龍になってしまった。
 悲嘆にくれた赤堀道元は、娘の命日(5月6日)に供養として赤飯・おこわを重箱に入れて供えたそうです。すると翌日には空になった重箱が水面に浮かんでるという。この娘は生まれた時から体に鱗があったため、元々沼の主だったと云われている。
 他にも小沼のほとりで沢山のムカデが現れ、沼に引き込まれ、龍蛇の姿になって現れた。この説話は赤堀氏の祖先藤原秀郷(俵藤太)のムカデ退治の因縁とする言い伝えがあります。
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 百足山(庚塚ともいう)があり、秀郷はそこで一休みした。するときれいな女の人が子供を連れてやってきて、秀郷に、「どこへ行きますね」と聞いた。秀郷が「赤城神社へお参りに行くんだ」というと、その女の人は、「わたしには女の子が三人いたが、上の二人は百足にさし殺されてしまった。(残った)この子をどこかへ連れて行って育ててください」という。秀郷はその女の人に頼まれて百足を退治する。百足を中々倒せなかったが、矢につばをつけて射たら倒せたという。秀郷がそのとき、百足の目を射たというので赤城山麓の人は片方の目が小さいという。
 百足を退治してから、赤城神社へお参りして、そこへ杉を植えて(これを田原杉という)、子供を連れて赤堀村までくだってきた。そして、赤堀道元という酒屋で一夜をすごした。ところが、その酒屋にはじいさん、ばあさんがいて、子供がなかった。「この子が欲しい」「くれるわけにはいかないが、赤城の麓でもらってきた娘だ。欲しいならくれてやる」「ぜひくれてくれ」ということで、その子を道元夫婦にくれてやった。娘は、道元夫婦の元で十六歳のときまで育てられた(沼に引き込まれた娘)

自然道を歩いて行きます
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湖畔
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波が打ち寄せてきます
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小沼神社 天竜弁財天https://goo.gl/maps/Ea8eKommfb7jnM9N7
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この神社が伝説の龍神を祀っているかは分かりませんが、何か惹かれるものがあり参拝にいきました
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社の前の湖畔は透明度が高かったです
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帰り道に、行きしには気付かなかった石碑を見つけました目
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何かの供養碑でしょうか?新しい花とお酒が添えられています涙
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削れて読めませんでしたあせあせ(飛び散る汗)
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帰りは関東ふれあいの道・小沼見晴を通り、バス停へ戻りますバス停
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小沼
 訪れる人が少なく、静寂とした沼でした
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見晴らしの良い尾根に出ます。
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ここから見た小沼は美しい形をしてました。
 龍神様が出てきてもおかしくない雰囲気を持つ沼でした
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大沼・赤城神社方面の展望
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再び山道へ
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下山
 熊も出てくる所なのですねあせあせ(飛び散る汗)
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