木曽川に関するノンフィクションの紹介。
木曽川の中流域の八百津町には杉原千畝の記念館がある。
第2次世界大戦のとき、6000人のユダヤ人を救った立派な人だ。
奥さんの杉原幸子さんが書いた「六千人の命のビザ」という本がある。
これを読むと、杉原千畝の苦悩と決断のようすが、ありありと分かる。
感動的なおすすめ本だ。
木曽川遡行で記念館に立ち寄り、ユダヤ人虐殺・ホロコーストに興味を持って、いろいろ本を読んだ。
その中でいちばん面白かったのがこれ。
マイケル・バー=ゾウハー著「復讐者たち」(早川書房)
ナチス・ドイツはヨーロッパで600万人のユダヤ人を虐殺した。
1945年5月、ドイツが降伏する。
ユダヤ人たちは復讐を始めた。
のちにナチハンターと呼ばれる人たちだ。
終戦直後、彼らはチームを組んで旧ドイツ占領地へ乗り込んだ。
ナチの将校たちを探し出しては殺していく。
あるものは偽名を使い暮らしている。
故郷に帰り、親戚知人に匿われているものもいる。
連合軍やユダヤのネットワークを使って、彼らの居所を突き止める。
誘拐して人里離れたところへ連れて行く。
死刑を宣告して殺す。
こうやって処刑されたドイツ人は千人とも二千人とも言われている。
多くの元ナチ将校たちは海外へ逃亡した。
ドイツ人の移民が多い中南米、とくにアルゼンチン、ブラジルなど。
イスラエルと対立するアラブ諸国、シリア、エジプトにも多くのナチが逃げ込んだ。
ナチハンターたちは小包爆弾を送って爆死させる。
身分を隠して密入国して暗殺する。
こういう必殺仕置人のようなことが、イスラエルの国家ぐるみで行なわれた。
とくに大掛かりだったのが、有名なアドルフ・アイヒマンの誘拐だ。
この本でも詳しく書かれている。
ユダヤ人絶滅計画の責任者だったアイヒマンは、アルゼンチンに隠れ住んでいた。
イスラエルの諜報部員たちは、彼がアイヒマンだと特定することができなかった。
毎日尾行をするうちに、ある日、彼は花屋さんで大きな花束を買った。
その日はアイヒマンの25回目の結婚記念日だった。
奥さんへのプレゼントで、正体がバレてしまった。
諜報部員たちは彼を自宅近くで拘束し、政府専用機でイスラエルまで拉致した。
アイヒマンは裁判にかけられ死刑になった。
なんだかひどい話のようだけど、このアイヒマン裁判はいろんな所に影響を与えた。
裁判で出廷するアイヒマンは、マジメで堅実な公務員気質のオジサンだったからだ。
とても何百万の人間を殺したとは思えない。
結婚記念日で奥さんに花束を買う人なのだ。
どうしてこんな凡庸で優しそうな人が大犯罪を犯すことができたのだろう。
このあたりのことはハンナ・アーレント「イエルサレムのアイヒマン」(みすず書房)に詳しい。
アメリカで「アイヒマン実験」というのが行なわれた。
1963年だからアイヒマンが死刑になった翌年のことだった。
権威者の指示に従う人間の心理を試したものだ。
一般募集した普通の人が実験の対象だ。
隣の部屋に電気コードを繋がれた人が座っている。
その人にクイズを出して、間違ったらスイッチを押して電気ショックを与える。
隣の部屋の人はショックでもだえ苦しむ。
じつは電気なんか通じてなくて、隣の部屋の人は苦しむふりをしているだけ。
実験に参加している人は騙されているのだ。
多くの人は、悩みながらも電気ショックのスイッチを押し続けた。
この実験の結果は、ひとことで言うと
「マジメな人ほど、権威のある人の命令に従い、他人に対して残酷な行為もする」
ということ。
実験の詳しい内容も本になっている。
スタンリー・ミルグラム「服従の心理」(河出書房新社)
これを読んでいると、マジメに生きることは恐ろしいと感じる。
それから、杉原千畝がアイヒマン実験を受けていたら、どういう反応をしたのかなあ。
ということで、紹介したノンフィクションは4冊。
いずれも木曽川とは何の関係もないような気がするけど、それぞれに面白い本だ。
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