ショートミステリー（１５）真夏の夜の夢

休日の午後、探偵職のホームズはテムズ川のほとりの木陰でパイプを吹かしながら新聞を読んでいた。
すると、近所に住む不動産屋の主人が駆け寄ってきた。

「ホームズさん、ここでしたか？探しましたよ！」
その初老の男は息を切らしながら話した。

「実は数日前に世にも不思議な出来事に出くわしたのですよ、まあ、話を聞いてください」
男はよほど興奮していると見えて、ホームズの都合を聞くことも無く話を続けた。

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その日の夕暮れ時、いつも通り自宅に帰る途中にちょっとしたつむじ風に遭ったのですよ、生暖かい風が顔に吹いてきていつもと違う嫌な予感がしました。
暫くすると、街角に女の子がしゃがみ込んでしくしくと泣いているではありませんか。

私は不審に思って、「お嬢さんどうしたの？」と声をかけたんです。すると、その振り向いた少女は、恐ろしいことに、目も鼻も口も無いのっぺらぼうだったのです！少女はケケケ・・と笑って走り去っていきました。

私は背筋が凍るような恐怖を感じて、一目散に自宅に急ぎました。するとまた曲がり角に別の女性が背中を向けて立っていました。私は地獄で仏に遭ったような気持ちになり、先ほど出会った妖怪少女のことを話したんです。
その女性は黙って聞いていましたが、「それって、どんな顔ですか？まさかこんな顔ではないでしょうね？」と振り返ったのです。

何とその顔は、先ほどの少女と同じく、目も鼻も口も無いのっぺらぼうだったのです。
私は「ギャー！」と叫び、自宅に飛び込んで、その日はもう恐ろしくてシャワーを浴びて直ぐに寝ました。

翌朝は普通通りに起きて、事務所に出かけましたが、のっぺらぼうに会うことはありませんでした。
私の顔を見て、ひそひそ話をしたり、こっそり笑う人はいましたが、皆さん普通に目や鼻や口がありました。

ホームズさん、これはいったいどうしたことでしょうか？この奇怪な出来事の謎が解けますか？
先日は夏至でしたが、まさか昔の言い伝えのように真夏に妖怪が出てきて悪さをした訳でもないでしょう？今はもう、19世紀も終わって科学の時代と言われる20世紀に突入しましたからね。

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ホームズは新聞から目を離して、暫くその男の顔を見つめていましたが、

「ふーむ、面白い話ですねー、良く分かりました。　成程・・・　これは昔の妖怪物語解決のヒントになるかもしれませんねー、」
と答えた。

男は「いったい何がどう分かったというのです？当事者の私にはさっぱり分かりません。教えて貰えませんか？」と尋ねた。

ホームズは話した。

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あなたは恐らくどちらか片方の目が、加齢性黄斑変性症、という病でしょう。
通常は良く見える方の目が優先して物を見るので不都合は感じません。
しかし、あなたはその日につむじ風に遭われたと言われましたね？つむじ風で良い方の目にゴミが入り一時的にその目が見えなくなったのでしょう。
そうするとあなたは夕暮れ時に病の方の目だけでものを見ることになり、顔がのっぺらぼうに見えたのでしょう。

その夜にシャワーを浴びられて目からゴミが取れ、翌日は良い方の目が正常に戻ったのだと思います。
まあ、とにかく、早いうちに一度、眼科医に診てもらわれることをお勧めします。