犬の合羽を買った。
初めてのことだ。
※
子どもの頃に飼っていた犬は、家の外の犬小屋にいた。
犬小屋よりも縁の下を好んだ。
適当に穴を掘って、そこにいた。
雨の日には泥にまみれることも有った。
犬とは外で飼うのが当たり前だと思っていた。
あんまりひどい雨の時や台風の時だけ、玄関の土間に繋いでいた記憶が有る。
家の中に犬がいるのは、アメリカのホームドラマで見るだけだった。
家が広いというのも有るし、そもそも人間も靴を履いて家に入る習慣だから
犬が家の中にいるのがアメリカ人にとっては不自然ではないのだろうと思った。
たしかに、畳とちゃぶ台という生活の中に犬が上がり込むのは
あんまり相応しくないと、今でも感じる。
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25年前まで飼っていた犬も、家の外の犬小屋にいた。
排泄は散歩の時にした。
何か人間の都合で散歩が遅くなると、鳴いて催促したが、
それでも行ってもらえないとたまらずに小屋の周囲でオシッコしたことも有った。
散歩に行こうという時は嬉しくて飛びついてくるが、
足はいつも土まみれなので、服が汚れたものだ。
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散歩は排泄のために出かける、という感覚が有った。
自宅の周囲は植木畑などが多く、土の地面も多い。
オシッコはすぐに土に浸み込む。
放置されている植木畑などで排便もした。
シャベルを持ち歩いて便に土をかけるのが、当時のせいぜいのマナーだった。
オーストリアに住む友人が言ったことに驚いた。
「犬のウンチを拾って持って帰るとか、何?日本て。
ウンチは家で済ませてから散歩に出るもんでしょ。」
前半、ふんふんと聞いていたら、後半で驚いたものだ。
感覚が一回り違っていた。
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15年前から飼った犬は、家の中で飼った。
仔犬から飼ったので、トイレは自然とおぼえた。
オシッコもウンチも、したい時に室内でする。
だから、切羽詰まって散歩に行かなければならない、ということが無い。
散歩は一日に一回しか行けない時は一回にした。
雨の日は出ないことにした。
2頭いたし、うち1頭がとても引きの強い犬だった。
世話がたいへんでつらくなるよりは、人間の負担の軽いルールにした。
仔犬の時からそうなので、犬も特に不満そうでもなかった。
※
去勢オス4歳3ヶ月のウーゴを保護団体から引き取って飼い始めて、
4週間経とうとしている。
保護された時、生後3ヶ月くらいだったという。
それからずっと施設で生きてきて、成犬になっている。
4歳3ヶ月は、人間で言うと30歳くらいだ。
若くて元気だが充分にオトナである。
今さら習慣を変えようと、人間の側が思ったところで、
なかなかそうもいかない。
排泄は散歩の時のみで、室内のトイレというのは経験したことが無いという。
一日に2回の散歩が必要な生活が戻ってきた。
できるだろうか。とても不安だった。
雨の日も風の日も台風の日も雪でも雷でも花粉がすごくても、
下痢していても発熱していてもむちゃくちゃダルくても、
朝夕の犬の散歩に欠かさず行くことが、
これからの自分にできるだろうか。
室内のトイレで用を済ましてくれる犬とのんびり生活した15年を経てから、
排泄のためにも散歩に出なければならない犬との暮らしに切り換えられるだろうか。
私の不安に覆いかぶさるように、
ウーゴを引き取ってからは秋雨が続いた。
毎日々々、雨だった。
少し止んではまた降った。
合羽が乾く暇も無かった。
※
雨で濡れた犬を拭いてやるのも久しぶりのことだ。
降りかかった雨で濡れた毛を拭いてやるのもあるし、
跳ね返りで汚れた胸や腹も拭いてやる。
何日目かに、やっと気付いた。
そうだ、犬にも合羽を着せてやろう。
外で犬を飼っていた頃は、犬に服を着せるなどという発想は全く無かった。
小型の愛玩犬だけのことだと思っていた。
なるほど室内で飼うようになってみれば、
中型犬にだってお洋服は必要になってくるのだ。
※
犬の服のサイズは、3ヶ所の寸法を取る。
首回り、胴の長さ、胸回り。
ウーゴは、胸が厚い。
おどろくほど厚い。
初めて会った時は、胸の毛が長めなのだと思った。
触ったらしっかりと実体が有って、驚いた。
しかも、腹側に向かって更に胸郭が大きく張り出している。
友人Mも撫でて驚いていた。
「ウーゴ!箱でも飲んだの!?」
だから、胸回りの寸法を基準に服のサイズを選ぶことになる。
すると、かなり大型寄りのサイズになる。
そうすると首や長さがブカブカになりそうだ。
かと言って、首回りや長さに合わせてサイズを選ぶと、
胸が入らないような寸法の服しか無い。
妙なバランスの身体だ。
そんな中、ぴったりの寸法の規格が有る商品を見付けた。
これしか無い。
※
散歩に出ようと思ったら雨音がするので、合羽を着せた。
初めてだったのでちょっと手間取った。
やっぱりちょうどいい。
外に出ると、雨は止んでいた。
ちぇ。
ウーゴは物音に神経質だ。
合羽の衣擦れが気になるようで、
どうも落ち着かない様子だった。
まあ、そのうち慣れるさ。
雨足の強い日なら、衣擦れの音も薄れることだろうし。
なかなかお似合いですよ、旦那。
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