先日 つぶやきにアップした人は「福澤諭吉」でした。
九州ツアーで訪れた「福澤記念館」のパンフレット写真です。
他の参加者は中津城に行って、此方に行ったのは我々夫婦だけ。
係員が親切に解説してくださいました。
おいらと違い、とにかく向学心が高く、勉強がお好きだったようです。
1862年(文久2年) 27歳の頃
遣欧使節団に随行した
1874年(明治9年) 41歳の頃
「学問のすゝめ」刊行から4年
馴染み深い一万円札の肖像は1891年(明治24年) 56歳の頃の写真を元に、国立印刷局の技士が模写した絵が使われています。
慶應義塾に大学部設立の翌年。この頃、同じく今回訪れた北里柴三郎を助け、伝染病研究所設立に尽力。
2024年発行される1000円札に北里柴三郎がデビューすると同時に、福澤一万円札が引退とは奇遇ですな。
なお、この写真は諭吉本人が
「何かに使われる時は、この写真を使って欲しい」
と、自ら言っていたそうです。
1900年(明治33年) 65歳頃。
この翌年、脳出血症が再発。2月3日 66歳で永眠。
諭吉さんは四男·五女 9人の子沢山と聞き、こりゃまたビックリの記念館訪問でございました。
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