久しぶりのショートミステリーです。
もし獰猛な動物をペットとして飼われている方がおられましたら、お気を付けください。(笑)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「工場長大変です。虎が工場の中に入り込みました!」
工員が慌てふためいてYに駆け寄ってきた。
「何だと?」
Yは大手の製造会社の工場長、仕事は出来て人望も厚く、工員たちには慕われていた。
何よりも柔道の鬼で、社会人の無差別級大会でベスト5に入る武道の達人だ。
「よし、俺が捕まえてやろう」
Yは丸腰のまま虎が隠れている工場の隅に近寄っていった。
「工場長、き、危険です、やめてください!」
と工員たちは絶叫したが、その瞬間、息を呑んで静まり返った。
何と、虎がのそりのそりと出てきて、Yの前で飼い猫のように座り込んだではないか!
Yは「おー、よしよし」と虎の頭を撫でた。
工員達はなすすべも無く、茫然として立ちすくんだ。
------------------------
それからYと虎との奇妙な生活が始まった。
Yはその虎に、小次郎、と名付けた。
「何と、あの虎は工場長にすっかり懐いてしまったな」
「ホントに、工場長の前では猫のようだ、信じられん!」
工員たちは囁き合った。
ある日、Yは工員たちに「今日の昼休みは小次郎のそばで昼寝をするから、午後のベルがなったら起こしてくれ」
と告げ、小次郎に近寄った。
工員たちは、ぎょっ、としたが、黙って見守った。
Yは小次郎の側に寝そべると、少ししてグーグーと鼾をかき始めた。
小次郎はチラッとY見たが、後はいつもと同じようにYの側で寝そべっていた。
実は、Yは寝てはいなかった。寝たふりをして小次郎の反応を観察していたのだった。
それからYはたびたび小次郎の側で昼寝をするようになったが、その内、本当に寝てしまうようになった。
------------------------
それからしばらくして柔道の大会がありYも出場したが、あろうことか、Yは柔道で怪我をしてしまった。
独身のYは小次郎をつれて家で養生をすることになった。
ある日、家の中でYが松葉杖をついてトイレから出ると、小次郎の目が違っていた。
猫ではなく虎の目に変わっていた。「うー」と低く唸り、今にもYに襲いかからんばかりだった。
「どうしたんだ小次郎、俺を襲うのか?・・何故だ。」
「俺がお前の側で昼寝をしていた時にも襲わなかったのに、何故今襲うのだ、、」
その言葉が終わるが早いか、小次郎は「ガオーッ」と牙をむき、Yに飛び掛かった。
Yは一旦は松葉杖で小次郎を防いだ。
「そうか、分かったぞ。俺が寝ていても、襲えば俺が目を覚まし返り討ちに合うと思ったんだな? 今なら俺に勝てると思ったか小次郎! ・・流石だ。」
小次郎は猛然とYに襲い掛かり、Yは何度か松葉杖でかわしたが、ついに力尽きて噛みつかれてしまった。
Yは最後に、声にならない声で一言つぶやいた。
「是非に及ばず、、」
ログインしてコメントを確認・投稿する