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2020年06月29日08:37

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第73話

「あっ!」
 ハリが指さした先を見ると、「馬毛島に自衛隊を!」という看板が立っている。もう少し走ると「馬毛島への米軍施設反対!」という看板もあった。
 地元の発展のために自衛隊であれ米軍施設であれ誘致すべきだと言う人がいる。自衛隊ならいいが米軍施設はダメだと言う人がいる。その逆の論調は知らなかったが、どちらも断固反対だと言う人もいる。
「それぞれの立場や事情によって考え方もいろいろなんだね。おばあさんの段ボールとおんなじって言ったらダメなのかな」
「いや、基本的には同じことだと思うよ。いろんな思惑や思いや意見がある。それが国家的な事業に関わることだったら行政が調整に当たるべきなんだけど、残念ながらこの国の行政はね」       
そしてこの国の大多数の民にとっては、辺野古も馬毛島も遠い他人事でしかないのだ。
                                  
 この地方では中心的な都市である西之表市の玄関口は開けていたが、予約した宿は裏通りの入り組んだ場所にあり、携帯に頼って探さなければならなかった。硫黄島の民宿と違ってコンクリートの造りだったが、その相当の古さは似たようなものだった。
 種子島の宿を模索していたとき、ビジネスホテルと民宿とどちらがいいかと尋ねると、ハリは民宿がいいと答えた。それはハリが彼の懐具合を思慮したからかもしれないし、硫黄島のおばあの民宿に愛着を抱いていたからかもしれない。
 威勢のいい女将がふたりを通した部屋は、意外にも畳の上にベッドがふたつ置かれて洋風を装おうとしていたが、その努力はあまり成功しているとは言い難く、「飯場」という言葉を連想させた。
          フォト   
 ふたりは町に出る。明日の朝食にとおにぎりを求めて散策がてらに歩き回ってみたがコンビニは見当たらず、携帯が教えた3軒の食料品店のうち2軒は閉まっており、1軒には既に商品がほとんど残っていなかった。
「不便だね。食べないといけないっていうのは」
ハリが軽い調子で言う。
「食べる喜びがわからない方が不幸だよ」という言葉を彼は慌てて飲み込み、
「そうだね。ま、ぼくだって一食抜くくらいのことはなんでもないけど」と言った。
 意図もないハリの言葉にまたも反発しようとした自分に彼は小さな不快感を覚える。旅の疲れかこの島に着いたときの失敗が自分を苛立たせているにしても、それをハリにぶつけるなどという情動は嫌悪すべきことだった。ハリは、それがどれほど不可解な存在であったとしても、彼には欠くことのできない特別な存在になっている。天使に見えた存在が時の流れとともに少しずつ色褪せていき、えくぼがあばたに戻っていくような、そんなありふれた世の関係とハリとの関係を同列にしたくはなかった。ハリにはあばたもえくぼもない。全ては自分の問題なのだ。
 少し歩き回ってから、「ここでいいかな?」と彼が古い居酒屋の前で立ち止まって言う。ハリに異存はない。のれんをくぐってみると狙い通り地元民に人気の店のようだったが、ひどく立て込んでいた。オーダーしたものがなかなか提供されないが、ハリとふたりなら時間を持て余すことはない。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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