「ワンダーストラック」では、冒頭の回想シーンで
主人公の息子との寝る前の会話を終えて、一人になった母親ミシェル・ウィリアムズが
レコードを聴きながらタバコをふかしている。
その時にかかっていたのが、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」だ。
トッド・ヘインズは「キャロル」の監督として、抒情的なメロドラマを作り上げる達人と思い込んでいた自分は、彼が「ベルベッド・ゴールドマイン」の監督でもあることをすっかり忘れていた。
77年の米国と27年の米国が交錯するこの映画では70年代のニューヨークの再現が目を見張る。これは美術の映画だ。
子どもは動かすことで生きる、という映画でもあって、
その美術の中を駆け回る。
27年の主人公である女子は、耳が聴こえない。27年はセリフなしのモノクロの映像で描かれるが、無声映画の法則を遵守しているわけではない。
セリフがないことでドラマに隠されているところが残されており、それが徐々に明らかになっていくような描き方がされている。
彼女が見に行く映画「嵐の娘」はリリアン・メイヒュー主演。
リリアン・ギッシュの「嵐の孤児」をオマージュしていることは明らかだが、
実はこの映画は妹のドロシー・ギッシュも出演している。
その相似形は、77年の時代との時を超えて結ばれる。
ニューヨークの自然史博物館がそれを取り持つ。
トッド・ヘインズ監督が来日、インタビューを受けている。
<「ワンダーストラック」トッド・ヘインズ、20年ぶりの来日に「恋しかった!」映画ナタリー>
https://natalie.mu/eiga/news/274428
そして、「ヴァレリアン」の冒頭でも、「スペース・オディティ」が流れる。
<『ヴァレリアン』冒頭5分の映像解禁、リュック・ベッソン「デヴィッド・ボウイも天国で観てるはず」 映画ランドNEWS>
https://eigaland.com/topics/?p=72131
冒頭の場面はよかったなぁ。
ヴィレリアンはカーラ・デルヴィーニュを見たかったのだが、
見事に首から上だけの映画になっていた。
彼女の全身が写し出されたカットは数カットくらいしかなかったのでは。
パール人が足に履物をはいているかどうか、確かめるのにも苦労した。
答えは何もはいていない。
サスペンスのかけらもない映画だった。
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