洞窟は静まりかえっていました。
野うさぎはめげずに叫びます。
「白鬼くん!僕だ、野うさぎだよ!!白鬼くん!!!」
それでも洞窟からは何も聞こえません。
ただ自分の鼓動と手の汗とほのかな喉の痛みを感じるだけでした。
「白鬼くん、入るよ。」
落ち着いた声でそう伝えると、返事を待たずにそのまま洞窟の中を歩いて行きました。
洞窟の中はあの頃のままでした。
白鬼くんが確かにここで過ごしていたことが分かる、鍋やベットや本なんかがそのままに置いてありました。
ただし、もう長らく使っていないようでした。
生活用品はあるのに、生活感はまるでないのです。
それらはどれもが土埃で汚れ、コケや雑草がところどころに生えていました。
きれい好きな白鬼くんはよく掃除をしていたのに、部屋がこんなに荒れている…。
静まり返った暗い洞窟は不気味でもあり、野うさぎくんを悲しい気持ちにもさせました。
もう白鬼くんはいないんじゃないか。
そう薄々感じつつも突きつけられた現実に、胸が痛くなりました。
「白鬼くん、また来るよ。」
野うさぎは洞窟の奥に向かってそう伝えると、赤い木の実がついた枝を洞窟の入り口に置きました。
何度呼び掛けても呟いても何も返ってはきません。
洞窟から出る時、キョロキョロと何度も姿を探しましたが、やはり白い雪のようにきれいな大きな体は見つかりません。
野うさぎは諦めませんでした。
七日に一度、必ず山に登っては白鬼の姿を探し、洞窟を尋ね、入り口には必ずお土産を置きました。
栗の実や紅葉や金木犀、秋刀魚を置いた日もありました。
どれも白鬼くんに渡したくて置いたものです。
不思議なことに、洞窟に置いたお土産は次に来た時には必ずなくなっていました。
相変わらず洞窟は生活感がまるでないのに、確かに誰かがそれを受け取っているようなのです。
入り口のそばには必ず、白い花が置かれていました。
まるでお土産のお礼のようです。
その白い花が何を意味するのか野うさぎにはよく分かりませんでしたが、きっと白鬼くんが置いたものだと信じていました。
そうしたやり取りがちょうど十回続いたある満月の晩のことです。
黒い一つの影が、闇に紛れて野うさぎの様子をじっと見ていました。
鋭くも切なさに満ちた金色の目が二つ、暗闇に光っていました。
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