今回はストックネタです。これは玉野市内の国道を走行中に撮影した石像です。石材店が客寄せ(?)で色々な石造を彫っているのは、普通によく見かけるが、さすがにこの石像は凝っている。胴体はともかく腕や頭は別パーツと思われ、一つの塊で彫っていない。接
両親を亡くし孤児になった少年ルイスは、魔法使いの伯父ジョナサンと古い屋敷でいっしょに暮らす事になった。この屋敷には世界を破滅に導く邪悪な力を持つ時計が隠されていることが分かった。しかし、ルイスは絶対に開けてはいけない扉の中から魔法の書物を見
「岡山水道局」が発行する「水道カード第2弾」で10月から配布されたカードを紹介しよう。 ・左画像 カードナンバー31/非常用飲料水袋受取場所:ももたろう観光センター ※地震等の災害時に水道施設が被害を受け断水した時、臨時の給水所を開設し、市民
ニューヨーク州のブッシュウィック。大学院生の女性ルーシー(ブリタニー・スノウ)は家族に会うため、彼氏と共に地下鉄の駅を降りたった。異変を感じつつも地上に出ると、上空をヘリが旋回し銃弾が飛び交い、見慣れた街が突如戦場と化していた。さらに突然、
津山の「城東むかし町家」に続いて「箕作阮甫旧宅」(みつくりげんぽ)に立ち寄った。箕作阮甫は江戸時代後期、洋学全盛期の学者として活躍。儒学、医術、蘭学等の習得に努め、1853年(嘉永6年)、ペリー来航(アメリカ使節)、プチャーチン来航(ロシア使
『西郷どん』を見てますか?主役の鈴木亮平は西郷役にぴったりだ。役柄で少し太ったかな?明治維新を迎えて、まもなく西郷隆盛の最後で最終回です。新政府内部のゴタゴタ振りが描かれているが、実際に大変だっただろう。今では「廃藩置県」があった事は誰もが
旧梶村家住宅は東寄りに主屋を置き、西方に高塀、門、庭園、後方に座敷、付属屋、背面に東蔵、茶室、裏座敷、洋館等8棟を配している。・TOP左画像庭園側から見た門と高塀・TOP中画像「洋館」大正期の建物で洋間や裏座敷、浴室を設けている。↑「茶室」
しばらく埼玉観光の日記が続いたので遅くなったが、今月中旬頃に仕事で津山に行く機会があったので、久しぶりに城東地区へ立ち寄った。ここは津山城の城下町で重要伝統的建造物群保存地区に選定され、姫路から松江、出雲大社へと続く出雲街道沿いになる。さて
先月の埼玉観光でコレクションした「マンホールカード」です。 ・左、中画像 「埼玉県版第3弾/行田市」 デザイン:「忍城址の御三階櫓」「菊」「イチョウ」 受取場所:行田市郷土博物館※忍城見学時にGET!・右画像 「川越祭り」川越まつり会館で配布さ
先月になるが、上京した際に立ち寄った所がもうひとつあった。ここは東京都千代田区大手町。大都会のど真ん中に東京都指定文化財(都旧跡)の「将門首塚」がある。マイミクCM1号さんに案内してもらった。・左画像将門首塚とは平将門公の首を祀っている。・
埼玉観光の最終回です。今度は行田市から南下して鴻巣市へここで見ておきたかった遺構がある。石田堤(いしだつつみ)の事である。これは秀吉軍の石田三成が水攻めで忍城周囲を総延長28kmに渡って築いた堤防の一部です。↑『のぼうの城』名所案内広域図中央
「忍城」見学を終えて、次は同行中であるCM1号さんの案内で「さきたま古墳公園」に立ち寄った。周囲は田園地帯で民家も無く、だだっぴろい芝生公園の広場が見えてくる。ここは行田市にある9基の貴重な古墳群の保存、鑑賞保護及び散策を目的とした埼玉県の
「忍城」の続編です。本丸跡は現在の行田市役所の西側に位置する。前回の日記で紹介した郷土博物館が建設され、同時に「御三階櫓」や橋、門、土塁、土塀等を再建。周囲に当時をしのぶものが凝縮されている。↑(TOP左画像)「伝進修館表門」立て看板の解説
川越の見学を終えて行田市へ・・今回の観光先で一番の目的地が「忍城」(おしじょう)見学だった。「忍城」は関東七名城のひとつとして、荒川と利根川の水利を巧みに利用し、土塁と水堀で構築された平城である。複雑な縄張りと水域は“忍の浮城”と呼ばれてい
川越観光の6回目。川越本丸御殿や城下町に足を運ぶ前に「栄林寺」に立ち寄った。ここは川越の観光地から少し離れた静かな住宅地の中なので、携帯ナビを頼りに到着。江戸時代の初期に創建された歴史あるお寺で、川越城内の門を移築した山門が残っている。後日
川越観光の5回目です。本丸御殿のすぐ近くに川越城に関連した遺構が残っているので行ってみよう。周囲はすっかり住宅地になっているが、川越城本丸の西南隅に三層の「富士見櫓」があった。・左画像「富士見櫓跡」川越城には天守閣はない。しかし、城の中でも
川越観光の4回目で「本丸御殿」の続編です。御殿はかつて16棟、建坪1025坪余をもつ大規模なものであったが、現存する建物は前回紹介した「玄関・大広間」と今回の「家老詰所」による165坪のみとなっている。・TOP左画像「明治棟」本丸南西に付設
先月に訪れた川越観光の3回目。蔵造りの城下町風情を探索した後、本丸御殿が現存する川越城を見学した。川越城は上杉氏の本拠として太田道真が築き、やがて城は北条氏から徳川氏へと江戸時代になって近世城郭として大改修された。↑川越城の城郭オブジェ湿地
↑(左)P−47D−30−RA サンダーボルト1/72 ハセガワ作者:堀内さんコメント:垂直尾翼に手を加えました。↑(右)P−47B サンダーボルト ダブルツイスター1/48 タミヤ改造作者:堀内さんコメント:空軍提供機体排気口のカパー、
八尾の展示会見学を終えて、次は芦屋へ・・翔バナイカイさんの展示会を見学しました。今年は展示会が40回目の節目として、会員皆さんによる“想い出の作品”を展示していました。 ↑(TOP左画像)デ・ハビラン ドモスキートFBMk.�今院殖械押.織潺�
テーマは『カラフルマーキング』です。 ↑(左)Do520 フランス空軍機1/48 タミヤ作者:井上さん(フラタイ)↑(右)Bf109E−3 スイス空軍1/48 タミヤ作者:井上さん(フラタイ) ↑(左)F−4EJ改ファントム1/72 ハセガ
昨日は八尾市(大阪)で開催された展示会を見学しました。主催はフライング・タイガースさん、ゼロワンさん、ゲンセンカンモデルズさんです。ここでは毎回、超大型ジオラマを見せてくれるので楽しみです。 ↑共同製作ジオラマ『明野教導飛行師団』大正11年
川越観光の続編です。蔵造りの町並みでシンボルになっている「時の鐘」を見学した。↑(TOP左画像)「時の鐘」江戸時代の初期、酒井忠勝が川越城主(1627〜1634年)の頃に建設されたと伝わる。その後、何度か焼失し、現在の時の鐘は明治26年の川
ロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)の職業はタクシードライバー。しかし、裏の顔は元CIAの腕利きトップエージェントである。ある日、親友で唯一の理解者であるCIAの上官スーザンが何者かに惨殺された。マッコールは極秘捜査を開始する。スー
すでに2週間が経過したが、先日の上京で3日目(9月24日)は埼玉県を観光した。当日はマイミク・CM1号さん夫妻に車で出迎えて頂き、まずは川越市へ・・ここは城下町の面影を色濃く残し、『小江戸』と呼ばれる蔵造りの町並みが今も多く残されている。↑
船の船舶模型作品展と合同でジオラマ工房さんの情景作品が同時に展示されています。↑「イグアスの滝」作者:島村さん↑「ラシュモア山」作者:島村さん ↑(TOP左画像)「ノイシュヴァンシュタイン城」作者:島村さん↑「美保関灯台」作者:中野さん※灯
岡山船舶模型クラブさんが主催する展示会を最終日(2日)にやっと見学しました。それでは主な作品を紹介しよう。・TOP左画像かつての岡山京橋の情景作品※以前の日記で紹介しています。・TOP中画像ボトルシップ作品コーナー ↑客船「ディヴィーナ」
リム福山(福山市)で開催中の展示会を見学しました。しまなみ模型倶楽部はフェイスブックで集まったグループです。それでは目に留まった主な作品を紹介しよう。 ↑『開戦前夜!』〜1941年秋 錦江湾〜1/48作者:有吉さん(未完成チーム)※今年4月
時は1952年、ルーマニアの修道院で一人のシスターが首を吊って自らの命を絶つ。この不可解な謎を解明させる為、バチカン教会はパーク神父と見習いシスターのアイリーンを修道院へ派遣させる。二人が調査する内に、この修道院には隠された秘密があり、邪悪
先日の艦船模型合同展に併せて上京した際の観光日記をスタートしよう。まず会期中に月島会場近くの東京海洋大学に立ち寄った。ここに灯台巡視船「明治丸」や駆逐艦「曙」の機関、駆逐艦「磯風」のスクリューが保存されている。「明治丸」は1874年に竣工し