次に「救仁郷」氏が記録として出てくるのは、建武元年(1334)の『薩藩旧記』で、「救仁郷源太、同郷弁済使宗頼一類」という人物が記載されています。この源太というのは、源氏の流れを組む家の長男と言う意味で、この頃には源氏であることを公称(私称?)して
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