ぼくたちがふだん体験する麻酔というのは、大きな事故や大病のために外科手術を受けたりしないかぎり、歯科医で抜歯するときに用いられる局所麻酔くらいではないかと思います。これまで麻酔といえば、どれもみな同じような麻酔薬が用いられ、量の多少で効き目が違うのだろうといった漠然としたイメージしかもち合わせていなかったのですが、調べてみると、どうやらそれは違うようです。
しかも全身麻酔と意識の関係について調べれば調べるほど、興味深いことがらが浮上してくるので、今日は、ちょっと麻酔の話を書いてみようと思うのですが、これは前回書いた「水分子が奏でるシンフォニー』とも深く響き合ってゆくお話です……。
水分子が奏でるシンフォニー
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=498557519&owner_id=64170
局所麻酔には、特定部位の神経の伝達をブロックする働きがあるのに対し、全身麻酔は大脳皮質の情報処理機能を全面的に遮断させてしまう働きがあると言われています。当然、局所麻酔と全身麻酔とでは用いられる薬剤がまったく異なり、全身麻酔薬を使って局所麻酔をすることはできないし、その逆もまた不可能なのだそうです。これは全身麻酔には、いわゆる神経伝達をブロックすることで起こる局所麻酔とはまったく異なる作用機序が秘められているということなのですが、今にいたるまで、その謎は解明されないままできています。
ところが、この全身麻酔の謎に果敢に取り組み、そしてその機序の解明に光を灯す大きな手がかりを残した第一線級の科学者がすでに存在していたのです……それは核廃絶運動の狼煙をあげた反骨の科学者としても知られ、また分子整合栄養医学の生みの親でもあるライナス・ポーリング博士その人です。
化学賞と平和賞、この二つのノーベル賞を受賞した博士の業績はあまりにも大きく広く、一言では言い表せないのですが、博士が提唱した細胞内の栄養素を至適濃度に調整することで細胞の働きを正常化し、それによって病態改善をはかる「分子整合栄養医学」の実践的継承者たちから崇敬の眼差しで仰がれているだけでなく、この分子の至適濃度を重視する栄養療法アプローチとはまったく正反対のスタンスを取り、分子濃度は薄ければ薄いほど効果が高まるとするホメオパシー的アプローチの担い手である人々からさえも高い評価を受けています。
このように生体内分子の至適濃度を重要視するポーリング博士が、ホメオパシーの陣営からも評価されている理由のひとつは、彼が、薬剤、放射線、外科手術などを主要なツールとする浸襲性の高い現行医療に対して、ビタミンやミネラルなどの栄養素の至適量摂取によって様々な病態の改善をはかろうとするソフトで強力なアンチテーゼを提起し、体制側からの猛烈な逆風にも屈することなく代替医療の道を切り開いたこと……また、そうした知見を一般の市民のレベルに降ろすために地道な草の根運動をたゆまずにリードしてきたことへの表敬にあるでしょう。けれども、ホメオパシーに携わる人たちがポーリング博士の業績に注目するもうひとつの理由があるのです……それは博士が提起した全身麻酔の作用機序仮説のなかに、もしかすると ホメオパシーの原理を説き明かす鍵が秘められているかもしれないからです……。
ポーリング博士は、1952年、とある会議の席上で、不活性ガスのひとつであるキセノンに全身麻酔効果があることを知りますが、どうして化学的に安定していてどんな物質とも反応を起こさないキセノンにそれほど強力な麻酔作用があるのかに疑問を抱き、その作用機序の解明に大きな関心を寄せるようになってゆきました。そして博士は、そこには細胞上のレセプターがホルモンなどの伝達物質を受容することで起こる通常の生体生化学反応とはまったく異なる別の仕組みが秘められていることを予測し、やがて「キセノンには、水のクラスターを安定させて、微結晶を作り出す作用がある」ことに着目し、「水和性微細クリスタル説」を唱えます。
全身麻酔薬の効果は、化学物質そのものが脳の神経細胞のレセプターに作用して発現するのではなく、むしろキセノンなどの特定の化学成分が、まわりの水を構造化させ、クラスター(微結晶)を作りだし……そしてそのクラスター化した水が何らかの機序で意識のシャットダウンを引き起すというこの大胆な仮説は、しかしながら、当時の学界からは完全に無視され、葬り去られてゆくことになります……
こうして近年、ホメオパシーに関わる幾人かの人々が、実際に分子が認められないほど希釈したレメディが生体に効果を及ぼしてゆく作用機序を説き明かす仮説のひとつとして、再び、ポーリング博士のこの理論に着目するまで、「水和性微細クリスタル説」は、しばしの眠りにつくことになりました……。
松本丈二氏の『ホメオパシー医学への招待』を読むと、希釈したレメディーが薬効を表す分子レベルでの仕組みについて、ポーリング博士のこのクラスター(微結晶)仮説を取り上げ、それを「生物レセプター分子の水分子認識仮説」として整理し、溶け込んでいる分子のまわりに形成された水のクラスターが、その分子が消え去ったあとでも消滅せずに抜け殻のようなかたちで留まり、それが細胞のレセプターに働きかけて、効果を及ぼすのではないかという推論が述べられています。
ところがここにきて突然、ホメオパシーを含む代替医療サイドではなく、現行医療の真っただ中から、ポーリング博士の「水和性微細クリスタル説』を全面肯定する強力な支持者が顕われてきました。それはファンクショナルMRIの世界的権威としても知られる新進気鋭の脳神経学者、中田力氏です。氏はポーリング博士の「水和性微細クリスタル説」の継承者としての名乗りを上げ、ラジカルな一冊の書物『脳のなかの水分子』を昨年夏に出版、脳と意識をめぐる研究に一石を投じることになったのです。
脳のなかの水分子……意識が創られるとき
http://astore.amazon.co.jp/reshypoxia-22/detail/4314010118
なお、水分子が脳の機能と意識に及ぼす影響について、中田氏は、松本氏の「生物レセプター分子の水分子認識仮説」とはまた異なる視点から説き明かしてゆきます。「薬効成分の鋳型、抜け殻である水の微結晶が細胞のレセプターに働きかける」という松本氏の視点は、あくまでも神経細胞ニューロンのネットワークについて言及されているものなのですが、中田氏の仮説は、神経細胞ネットワークが働くためのもう一歩先の前提条件について踏み込んだものになっています。
中田氏の仮説と比べると、松本氏の仮説はまだ神経細胞ネットワークによる情報処理モデルを土台とする旧来の分子細胞学的発想に寄るところが大きいので、複雑系、動態系、非線形のアプローチを駆使する科学の新しい潮流をふんだんに組み込んでいる中田氏の仮説に触れることで、今後、どのように展開してゆくことになるのか楽しみです。
なお、中田力氏の『脳のなかの水分子』ですが……かなり専門的に書かれていますので、化学への関心がない方には多少むづかしいかもしれませんが、脳と水と意識の関係に興味をもち、人間のこころというのは、単なる神経細胞や神経伝達物質を用いたコンピュータ的反応に基づいているだけではないだろうと感じられている方には一読をお勧めです……。
以下、ちょっと備忘録もかねて、『脳のなかの水分子』から、幾つか引用させていただきます……
■ポーリングは、人の意識が覚醒しているという現象が、脳における水分子の状態変化に左右されることを、最初に見抜いた科学者だったのである。時は過ぎ、奇しくも時代は魚座から水瓶座の時代に入ろうとしている。占星学によれば、魚座の時代は「神の時代」であり、水瓶座の時代は“自由と兄弟愛の時代”であるという。単なる言い伝えであるにせよ、民主主義を獲得した人類にとっては喜ばしいことであろう。21世紀、水の時代。人類は水を知ることで、こころの秘密を説き明かそうとしている。
■成熟したタンパク質とは、アミノ酸と水との合金のようなものなのである。機能をもてない、単なるアミノ酸の連鎖に過ぎなかった未熟なタンパク質は、水分子と交じり合うことで特殊な形態をもち、機能ユニットとして成熟したタンパク質に変身するのである、
■全身麻酔とは、意識をとる、言い換えれば、脳の覚醒を抑制する薬物である。全身麻酔がどのようにして意識をとるかの解明は、意識の定義そのものの解明につながるのである。ポーリングの発見は、脳科学にとっては、何事にも変えられない重要なものであった。
■結晶水和物が形成されるというポーリングの記載は画期的なものであった。その科学的意義は、どれだけ強調しても強調しきれないほど高いものである。そして、何よりすばらしいことに、その効果に大気圧依存性がある。
■全身麻酔は意識をとる。そして、その分子機序が結晶水和物の形成にあることには、疑いの余地がない。同時にそれは、人間の意識の根源が、脳が覚醒しているという状態を作り上げる機序が、脳の中の水分子のふるまいに依存していることを保証しているのである。
■ポーリングの偉大なる発見は、この“こころの原点”が、脳の水分子が示すなんらかの現象であることを、はっきりと示してくれたのである。ここから出発すれば、必ず、“こころの定義”に到達できる。ポーリングの水性相理論は、コペルニクスの地動説が天文学に真理の道筋を与えたように、こころの科学に、初めて、正しい道しるべを与えてくれたのである。気が遠くなるほど果てしなく遠い道であったとしても、ここからは一本道なのである。
■脳は、水を管理することでニューロンネットワークを保護する発砲スチロールのような緩衝材を作り上げ、同時に、熱、もう少し正確に表現すれば、熱の流れを、大脳の機能素子として利用することに成功したのである。そこから意識が生まれた。
■情報学的にいえば、大脳皮質がエントロピー空間をつくっていることに、疑問の余地はない。そして、情報を扱う空間には、等価のノイズが存在することが必要である。もともとランダムなニューロンの発火があり、それが最大のエントロピーであるとの条件が設定されていなければ、ランダム性を下げることによる情報の扱いがはっきりしない。情報学で「確率共振」と呼ばれる概念である。そして、すべてのコラムに等価のノイズを与えるにも、球形は大変都合が良い。
■物理学的にいえば、熱とは、もっともエントロピーの高いエネルギーの形態でもある。等価のノイズを大脳皮質全体に作り出す原材料としても、都合が良い存在である。脳が熱力学的に球形であることは、実に理に適っているのである。熱放射が作り上げる大脳皮質全体の等価ノイズ。これが意識の根源である。
■もちろん、ヒトの脳で、意識はあるがまったく情報が処理されていない状態を経験することはむずかしい。外界からの刺激をすべて遮断して、かつ、自己から発するすべての脳活動を停止しなければならないからである。瞑想ではなく、思考を含めたすべての脳活動を停止するのである。達磨大師は、その域に到達した数少ない人間のひとりなのかもしれない。
……ここに中田氏が述べている「大脳皮質全体の等価ノイズ」とは、まさに心的なるもの、メンタル的領域、マインドのベースなるものを指し示しているように思われるのです……おそらく、宇宙に偏満するAUMの響きとの同期が起こりうるのは、このノイズのおかげなのかもしれません……。
参考サイト
http://www.minusionwater.com/brainandwater.htm
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