「それがどんなに普通でも。」(前編。)
※ 金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。
自作発言は厳禁です。 ※
後編→
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1962351405&owner_id=24167653
※ 続編ができました。「なんでも良いよ。」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979893755&owner_id=24167653
もし良かったら併せて読んでくださると嬉しいです。
想定時間:34分程度。
想定人数:5人(男:女=3:2)。
パソレット…??歳。男性。歴史学者になりたく、高度な専門教育を受けて来たが、挫折。一般企業に就職した。
たより…18歳。女性。劣悪な環境で過ごしていた少女(青女。)。劣悪な環境から逃げるため異世界にやってきた。
砂潺(させん。)…21歳。男性。たよりの事を探す為に異世界にやってきた青年。たよりの兄。
(アイロフォン…??歳。男性。パソレット、ファクシンと同じ会社に働く若き精鋭。台詞なし。)
ファクシン…??歳。男性。パソレットの学生時代からの後輩。パソレットと同じく歴史学者になりたく、高度な専門教育を受けて来たが、挫折。パソレットと同じ企業に就職した。
シュリンター…??歳。女性。パソレットとファクシンが学生時代に師事していた歴史学者。
舞台:
異世界。基本的に、たよりや砂潺基準で「あまりにも優しく親切。」と思うような事がこの世界では「普通。」とされているように、社会レベルが非常に高い。
共通語は統一され、戦争もこの数百年起きていない。この世界での「国」はただの行政区画であり、「国」の違いによって対立や差別等は特にない。
また、魔法が普通に存在する世界であり、その存在を前提に社会が成立している。その代わり科学水準はそれほど高くない。
本編:
パソレット「ファクシン。ちょっと良いか?」
ファクシン「はい。どうしました?」
パソレット「この前の社内アンケートの結果だが、結局、次の社員旅行ではワープ魔法は極力使わないで乗り物で移動したいという意見の方が圧倒的に多かったみたいだ。」
ファクシン「げ…。そうですか…。」
パソレット「なんでみんな、こう七面倒臭い(しちめんどうくさい。)事が好きなんだろうな…。今日日(きょうび。)ワープ魔法の業者さんを頼んだ方が明らかに時間もお金もかからないってのに。」
ファクシン「えっと、確か…食事の方もあれですよね。あえて魔法の類は一切使わないで手作業で作ったものが良いとかそういう話でしたよね…。」
パソレット「そうだな…。何を根拠にそんなこだわりをしているのかはさっぱりだが…。」
ファクシン「そのこだわりで費用がどれだけ余計にかさむ事か…。」
パソレット「アイロフォンさんに頼んで、説得して貰いたい気もあるが…これ以上アイロフォンさんに負担かけるのもな…。俺達のせいでアイロフォンさんの、上司達からの心象が悪くなったら…。」
ファクシン「」(溜息。)
パソレット「」(溜息。)
ファクシン「がんばりましょう。」
パソレット「そうだな。」
パソレット「ただいま。」
たより「あ、パソレット…お帰りなさい…。」
パソレット「…どうした。せっかく今日は早く帰って来られたのに。…何かあったか?」
たより「えっと、その…ごはん、まだできてな…いんです…。」
パソレット「…まったく。」
たより「ひっ…。」
パソレット「…またそれはあれか。元の世界に居た時、それで怒られていたのか?」
たより「え、はい…。」
パソレット「…そうか。たより。…あ、その前に、火は止めてある?」
たより「はい。」
パソレット「なら良かった。それでな。…怒るわけないだろ。だいじょうぶだから。ほら、おいで。」
たより「ありがとう…。」
パソレット「よしよし。だいじょうぶ。な。」
たより「うぅ…。」
パソレット「…。」
たより「…。」
パソレット「…ごはん、どうする?もしそのまま保管できそうな物なら今日は何か出前でも頼む?」
たより「ありがとう、大丈夫…。続き作ってくる。」
パソレット「そうか。ありがとう。待ってる。」
パソレット「…そろそろ1ヶ月か…。」
たより「パソレット。」
パソレット「どうした?」
たより「ごはんはもう炊いてあるから、順番にできたのからおかず出していくね。」
パソレット「…全部できた後で一緒に食べたい。」
たより「最初の方にできたのが冷めちゃうよ…。」
パソレット「…どうしてもなら先に食べる。」
たより「うん…。」
パソレット「…あ。いいや。悪い、やっぱり待つ。今は食べるよりも先に、少し話したいことがあるんだ。」
たより「え…うん、わかった。」
パソレット「たより。…たよりがこの世界に来て、そろそろ1ヶ月になるな。」
たより「そう…だね…。」
パソレット「…たより、何か新しく、したい事とかあるか?」
たより「パソレットがいつも使ってる、その翻訳の魔法を覚えたい…。」
パソレット「…これは覚えるのにかなり苦労するぞ。」
たより「…うん…。」
パソレット「また今度な。何からどう教えれば良いかとか、ちゃんと考えて予定立ててから教えるから。」
たより「ありがとう…!」
パソレット「…あと当然、上達に時間はかかるからな。」
たより「うん。」
パソレット「…たより。」
たより「うん?」
パソレット「たより…たよりは…どうしてそれを覚えたい?」
たより「パソレットがその魔法を使えるからパソレットとは話せてるけど、この世界の他の人とは今のままじゃお話すらできないから…。このままじゃ、買い物も含めて何から何まで、何もできないって思って…。」
パソレット「…そうか。まあ、当然そうだな。」
たより「うん…。…あ、パソレット。そろそろお魚焼き上がるよ。これで最後。」
パソレット「…ああ。運ぶの手伝うよ。」
たより「ありがとう。」
ファクシン「先輩。」
パソレット「…ああ、ファクシン。」
ファクシン「せっかくのお昼休みに思い詰めた顔して、どうかしたんです?」
パソレット「そんなに分かりやすいか。」
ファクシン「そうですよ。」
パソレット「…いや、そうだな…。ファクシン。ちょっと聞いて良いか?」
ファクシン「…ええ。もちろんです。」
パソレット「お前がもし、自分の家の扉の前で、震えながら膝を抱えて雨宿りしている人を見つけたら…どうする?」
ファクシン「え、それは…とりえず家の中に入れて、お風呂を貸してごはんを用意して…あとは来客用の布団でも出してあげて…。」
パソレット「だよな。」
ファクシン「普通はそうだと思いますよ…?」
パソレット「…もし。」
ファクシン「はい。」
パソレット「そんな普通の事に対して、まるで目の前に居るのが神様か何かであるかのような反応をしてきて…親鳥に対する小鳥のようになついてきたら、それは変な事だと思うか?」
ファクシン「そりゃまあ感謝はするでしょうけど、さすがにそこまでは変ですよ…。」
パソレット「だよな。」
ファクシン「…そういう事があったんです?」
パソレット「…それは聞かないでくれ。なら、どういう事情があればそんな程度の事でそこまでの反応がなされると思う。」
ファクシン「…そう…ですね…。その人が育ってきた環境が特殊で…その程度の優しさにすら触れて来なかった…とか…ですかね…?…あまりにも悲しいですけど。」
パソレット「俺もそう思う。」
パソレット「ただいま。」
たより「おかえりなさい!」
パソレット「どうしたよ。今日は元気だな。」
たより「今日はごはん美味しくできたから、早く食べてほしくて!」
パソレット「いつも美味しいよ。でもそうか、今日はもっと美味しいのか。そいつは楽しみだ。」
たより「うん!…あ、買い物袋持つよ。」
パソレット「ああ、頼む。…なあ、たより。」
たより「どうしたの?」
パソレット「いつもありがとう。」
たより「そんなの、私は全然…。」
パソレット「あのな。」
たより「…うん。」
パソレット「朝起こしてくれて、お昼のお弁当を含めて三食分いつも作ってくれて、帰った時におかえりと言って迎えてくれて。…たよりは、元居た世界ではそれらに対して何も感謝されなくて当然で、それ以外にも何をしても感謝されなくて当然で、少しでも至らない点があればそこをずっと責められ続けるのが当然だった。そうだったな。」
たより「…うん。」
パソレット「仮にその世界において、それがどんなに普通でも。」
たより「え…。」
パソレット「仮にたよりの18年間において、それがどんなに普通でも。それで良いわけがないだろう。たよりは感謝されて、大事にされて然るべきだ。それがこっちの世界…そして俺にとっての普通だ。」
たより「そっか…。私の方からも、ありがとう。パソレット。」
パソレット「…説教臭くて悪かった。早速食べよう。何を作ってくれたんだ?」
たより「うん!あのね…。」
砂潺(させん。)「…ふぅ。」
シュリンター「砂潺くん。」
砂潺「シュリンターさん。」
シュリンター「もう大丈夫なの?」
砂潺「ええ。…これでも元の世界では数年前まで高校…という、教育施設でラグビー…という、かなり激しく体をぶつける競技をやってましたから。」
シュリンター「へえ。…でも、そうは言っても何日もうなされてたでしょ君は。ちゃんと安静にしなさい。」
砂潺「はい、いつもありがとうございます…。」
シュリンター「…あ、そうそう。あの写真の女の子。君の妹さんについてだけど、やっぱりどこの保護施設に連絡を入れても、心当たりが無いってさ。…そこで、別の探し方を考えた。」
砂潺「…別の探し方?」
シュリンター「あのね。私が今もこうして使っている、この翻訳魔法。これって今使える人少ないんだよ。」
砂潺「そうでしょうね…。だから今でもシュリンターさんに手伝ってもらわないと何もできないでいるんですから。」
シュリンター「それは400年以上前に共通語が制度上統一されて、その後ずっとそれが実体性を持つように皆が努力を続けてきたことで、今ではごくごく一部の少数民族を除いて皆同じ言語で喋る事ができるから。秘密の暗号として元の地元での言語を使う人も居るけど、でも基本的にはそれも、危険な内容だから暗号にするとかじゃなくて、ただの個人情報保護でやってるだけ。」
砂潺「…なるほど。それなら別に翻訳魔法なんて必要なさそうですね。」
シュリンター「だから歴史や文化の学者を目指した人間くらいしか、この翻訳魔法なんて覚えない。まして、異世界の、どんな本にも載っていない言語を翻訳できるレベルまでの練度と考えると…元々この魔法の習得難度が高い事もあって、それこそ私みたいに本当に学者になったか、もしくは最終的に挫折したもののかなり高度な専門教育を受けたかじゃないと無理。」
砂潺「という事は…?」
シュリンター「…もし自分の目の前に、全く言葉が通じないボロボロの子が居たら…保護施設に連絡するのが一番自然だけど、どの保護施設にもその子は居ない。と、なれば。」
砂潺「…どこかの誰かにかんき」
シュリンター「この私と同じように、翻訳魔法が使える人が直接自分でその子を保護していると考えるのが自然な発想。」
砂潺「どこまでも、この世界は平和なんですね…。」
シュリンター「君が居た世界が物騒なんだよ。…それに、そんな境遇の子を自分が直接よく知っていて信頼しているわけでもない相手に預けて保護を任せる事ができるかと問われればかなり悩む程度には、この世界も平和に満ち満ちてはいないよ。」
砂潺「はぁ…。とにかく、その数多くは居ない、非常に高度な翻訳魔法が使える人をしらみつぶしに当たっていけば…。」
シュリンター「その通り。まずは私の学者仲間を当たってみるよ。」
パソレット「ただいま。」
たより「おかえりなさい!明日はお休みだね!おつかれさま。」
パソレット「…。」
たより「どうしたの…?」
パソレット「いや。」
たより「?」
パソレット「たより。」
たより「うん?」
パソレット「明日、良かったら一緒に少し外に出てみないか?…ずっと一緒に居るし、それでも怖くなったらその時はすぐに帰ろう。」
たより「…うん。」
パソレット「きっと、外に触れる事はたよりが翻訳魔法を勉強したり、少しずつ自分のできる事を増やしたりするのに役立つ筈だ。」
たより「うん…。そうだよね、ありがとう!」
パソレット「…もう準備は大丈夫か?」
たより「大丈夫…。」
パソレット「…だいじょうぶ。ちゃんと一緒に居るし、つらくなったらすぐ帰る。昨日も言ったろ?」
たより「ありがとう…。うん。行けるよ…。」
パソレット「よし。」
パソレット「たより。いつも俺が買ってくる小魚は、このスーパーに売っていてな。他のお店でも買えるがやっぱりここのが一番おいしいんだ。」
たより「すごい!値札が読めるよ!それに周りの人の会話も聞き取れる!」
パソレット「凄いだろ。それなりに疲れるからあまり頻繁には使えないが、今は俺の翻訳魔法の効力を広げているからな。今なら反対に、たよりの言っている事も周りの人がその意味を理解できる筈だ。」
たより「え、つかれるの…?」
パソレット「当然にな。…ただ、別にそこまででもない。…年甲斐も無くはしゃいで遊ぶのと大差ない程度の疲れ方でしかないからそうまで気にするな。」
たより「そっか…。うん、わかった…。」
ファクシン「先輩!」
パソレット「んぁ、ファクシン…。」
ファクシン「こんにちは!このスーパー、ほんと品ぞろえ良いですよね!」
パソレット「そうだな。」
ファクシン「…この方は?」
たより「こんにちは…。」
ファクシン「え…?あ、こんにちは。僕はパソレットさんの後輩で、ファクシンって言います。先輩には学生時代からずっとお世話になってまして…。」
たより「えと、私はたよりって言います…。」
パソレット「ファクシン。」
ファクシン「どうしました?」
パソレット「…この前言っていたのが、このたよりだ。」
ファクシン「…なるほど…。扉の前に居た人…というより、子。」
たより「…初めまして。えっと、その…。」
ファクシン「ああ、いやいや。大丈夫ですよ。そんな気を遣わなくて。」
パソレット「今は俺の翻訳魔法の範囲を広げる事で会話ができているが、基本的には言語は通じない。そこでこのたより自身、自分でも頑張って翻訳魔法を覚えて日常生活等、できる範囲を広げたいそうだ。」
ファクシン「そうなんですね。…たよりさん。」
たより「はい!」
ファクシン「応援してますよ。」
たより「あ…ありがとうございます!」
ファクシン「先輩。この娘(こ)の事…に別に限った事じゃないですけど、何かできる事があったら手伝わせてくださいね。」
パソレット「ああ。助かるよ。」
パソレット「ただいま。」
たより「ただいまです。」
パソレット「…たより。疲れた?」
たより「うん…。つかれた。パソレットは?」
パソレット「俺も疲れた。」
たより「そっか。」
パソレット「寝室で休むか?」
たより「うん。」
パソレット「分かった。…ただ、たよりが休んでいる間にな…。」
パソレット「よう。」
ファクシン「あ、先輩。」
パソレット「悪いな、俺の方から急に誘って、挙句先に着けなくて。」
ファクシン「いえいえ。僕が先に着いたのは単に、元々偶然このお店の近くに来ていたからですので。」
パソレット「早速入ろうか。」
ファクシン「はい。」
ファクシン「いやあ、先輩に奢ってもらうの久々だなあ。」
パソレット「張り切るのは良いが、ほどほどにしておけ。前みたいに食べ過ぎて動けなくなるなよ。」
ファクシン「分かってますって。でも先輩、大丈夫なんですか?」
パソレット「どの件だ?」
ファクシン「だってあの娘(こ。)…たよりさん、置いて来てるんでしょ?」
パソレット「問題ないさ。ちゃんと、お前と食べに行く事は説明はしておいたし、たよりは外出に疲れて今は休んでいる。だからこうして食べに来ているのは、たよりにご飯を作るのを休んでもらうためでもあるわけだ。」
ファクシン「そうなんですね…。見るからにそんな元気そうな娘(こ。)ではなかったですけど。」
パソレット「大袈裟に心配する事じゃない。ただ疲れただけ。休めば問題無い。起きた時のために栄養がつきそうな物を冷蔵庫に入れてもおいたしな。」
ファクシン「なるほど…。」
パソレット「とりあえず頼んでから本題に入ろうか。…お。Cコースを二人で分けるか?見ろ。メインがお前の大好物だ。」
ファクシン「良いんですか?」
パソレット「お前が良ければな。」
ファクシン「お願いします。ありがとうございます!」
パソレット「おう。すみません、店員さん!…注文ですが、このCコースお願いします。…はい。…はい。それで。……煮魚と焼き魚で選べるらしい。どうする?」
ファクシン「僕は焼き魚の方が好きです。」
パソレット「では焼き魚でお願いします。」
ファクシン「なんだかコース料理なんてワクワクしますね…。」
パソレット「そうだな。それこそ宴会か何かくらいでしか来ないからな。こんな高級店。」
ファクシン「…それで、折り入った(おりいった。)お話というのは。」
パソレット「そうだな…。ここから先はクラナの古語で話そうか。まだ覚えているだろう?」
ファクシン「多分行けます。…なんだか楽しいですね。」
パソレット「そうか?」
ファクシン「だって、僕達二人とも学者さんを目指してずっと一緒に頑張ってきて…なのに、結局二人とも夢をあきらめて普通に就職して。でも、その時頑張った事が、今こうして不意に役立っているんですから。」
パソレット「…そうだな。無駄にならなくて良かった。…それで、折り入った話というのはたよりの事だが、そもそも、たよりなんて聞きなれない名前だろ。」
ファクシン「たしかにそうですね…。遠い国から来たにしても、どの国の人の名前としてもあまりしっくり来ない…独特な感じがします。それに…何より、先輩の魔法のお陰で理解はできましたが、それでもあの娘(こ。)が使っていた言語は、僕が知っているどの国のどの民族の言葉でもなかった。…どこの人なんです?」
パソレット「ああ。ちゃんと説明する。…俺はたよりから、『俺が信頼した相手に対してはたよりの素性について教えたり相談したりして良い。』と許可を得ているからお前には話すが、これは内密な話だからな。」
ファクシン「勿論です。大事な娘(こ。)の大事なお話でしょう?」
パソレット「助かる。それでな…。たよりは、そもそも別の世界から来たらしいんだ。」
ファクシン「え」
パソレット「たよりは自分が元々居た世界での事を色々話してくれた。…たよりが元居た世界には魔法の類というものは少なくとも表向きには存在していなかったが、胡散臭い伝承だけはあったりしていたそうだ。」
ファクシン「…異世界。理論上その存在は確認されてはいるものの…まさかそんな、行き来があった話なんて一度も…。あ、すみません。続けてください。」
パソレット「その胡散臭い伝承を信じて、昔からたよりの親が魔法を研究していたらしい…。数年前に親は引退して兄が跡を継いだらしいがな。そして、たよりが元居た世界…少なくとも、たよりが接してきた世界では、たよりは常に理不尽に曝され続けてきた。それに耐えきれなくなったある時…親と兄の研究成果を盗み見て使い方を調べ、用意されていた『異世界への移動』の魔法道具を使った。…そうしてこの世界に行きついた…らしい。」
ファクシン「ちょっと待ってくださいよ。魔法が普通に存在するこの世界でですら、異世界は存在を観測こそできてもそこに行く魔法なんて開発されてないんですよ。」
パソレット「そうだな。だが、たよりが使って壊れてしまった魔法道具を見せて貰ったら、魔力こそさほど感じなかったものの、壊れる前は異世界への移動が可能だったと言われて納得できる程に精工なものではあった。どうやらたよりが元居た世界は、科学水準がとてつもなく高かったようだ。」
ファクシン「そうは言っても…。いや、でも、そうか…人によっても、努力次第で習得できる魔法とそれができない魔法とがある…。それなら、世界単位で同じ事があっても…?」
パソレット「…それで、追い詰められて後先考えずそれを使って来たのは良いが、言葉は通じないわ生きていくための備えも最低限にも満たない程度にしか用意してないわで大変だったところ、俺と知り合った。」
ファクシン「なるほど。それがあの、扉の前に居たっていうののいきさつですね…。」
パソレット「ああ。」
ファクシン「それは…あ、見てください。あの店員さんが持ってるの…あれ僕達のじゃないです?」
パソレット「ん?…おお。」
ファクシン「うゎ…。ありがとうございます。」
パソレット「思った以上に豪華だな。これが前菜か。」
ファクシン「すみません、えっと…。その事を知っているのは…。」
パソレット「気にするな。食べながらゆっくり話そう。元々そういうつもりでコース料理にしたんだ。」
ファクシン「はい。いただきます。」
パソレット「いただきます。…そう。それで、たよりの事を話したのは今のところお前にだけだ。」
ファクシン「…やっぱり、色々大変なお話ですものね。」
パソレット「…そうだな。」
ファクシン「あ、このお野菜、何と言うか知らないですけどおいしいですね。…異世界から来て何も分からない人。それも、劣悪な環境から逃げて来た女の子…。そんな簡単に、誰かに任せるなんてできませんよね。」
パソレット「…。」
ファクシン「多分、僕でも頑張ってその娘(こ。)の言語も、暫く聞いて慣れて法則性とか覚えて行けば先輩に頼らなくても自分の翻訳魔法で会話はできるようになれると思います。何か力になれる事があったら手伝わせてください。」
パソレット「…そうだな。頼む。」
ファクシン「他にも心配事が…?」
パソレット「…いや。ただの馬鹿な事だ。」
ファクシン「…。」
パソレット「…それも本当だ。たよりはこの世界の事はあまり分からないでいる。それに、元の世界でつらい思いを沢山してきたわけだ。だから…少なくとも今は、少しでもたよりを傷つけるかも知れないような事は避けたい。流石に『異世界から来た』なんて存在だ。普通の難民とはわけが違う。…万に一つ、変な目を向けられたらと思うと…。」
ファクシン「ですよね…。特に…見ればわかりますけど、先輩はたよりさんをとても大事に思っていますもの。傷つくおそれを少しでも消したいのは当たり前…。」
パソレット「ああ…。それも本当…。」
ファクシン「大丈夫ですか?」
パソレット「…悪い。」
パソレット「ただいま。」(小声。)
…。
パソレット「たより。」(小声。)
たより「」(寝息。)
パソレット「」(微笑み。)
パソレット「俺も向こうで寝るかな。」(呟き。)
続く。
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