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行け!そのさきへ(バイク小説)コミュの【第0-1話】『嫌な女』

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「くそっ!!」

ガンッ!! ガランッ……!

アスファルトに叩き付けたヘルメットがバウンドし、そして粉々に砕けたシールドを撒き散らしながら転がっていった。
何度も走り慣れたコース。
優勝経験もある得意なレース。
マシンの調子は完璧だった。
予選もトップで通過した。
今日こそはチームメイトの海田に実力で勝ってやると心に誓った。そしてそのための準備は出来ていたはずだった。

「なあに? アタシに負けてそんな悔しい? けどヘンだねぇ、悔しがるほど善戦できたとか思ってるわけ?」

けど、ふたりともボロクソに敗けた。
突然現れたクソ生意気な女。
時代遅れもいいところのYSRをサーキットに持ち込み、予選最後尾からたった3周で首位を奪われ、あっという間に周回遅れにされた。
手も足も出なかった。

「なんなんだよ! オマエは! なんかオレに恨みでも……!」
「よせソメ! フェアなレースだった。彼女は何も違反行為はしていない!」
「違反にならなきゃ何してもいいってのかよ! オレたち散々おちょくられたんだぞ? カイ、てめぇくやしくねぇのかよ!」
「…………!」
「なぁに、仲間割れ? そういうのはあとでやったら? 大体アンタたち、二位と三位の負け犬同士で噛み合っててなんかメリットあるわけ?」
「なっ!?」

矢継早にその女はオレたちの神経を逆なでする言葉を発してくる。
さすがにオレの横にいた親友海田もカチンと来たのか、表情を硬くする。

「ふたりともここでの優勝経験があるライダーだって聞いたから、もう少し歯ごたえがあるかと思ったら、とんだ見込み違い。ガッカリなんて言葉じゃ足らないくらいガッカリだよ、アタシは。うん。」

『やれやれ』というように肩をすくめて言い放ち、オレたちを見下ろす。
眼鏡越しのその目は、確かに何かに対して失望したような目だった。

「……キミが……。」
「!」

海田が口を開いた。

「……ただのプライベート参戦の一般ライダーとはとても思えない。レースでのサポートは確かにほとんどないけど…すでに補修パーツすらもほとんどないYSRをレース実戦で通用するまでにする手法も、ライディングのテクニックも個人の趣味レベルでどうにかなるものじゃない。卯月さん…キミもどこかのレーシングチームに?」
「………………。」

しばらく彼女は少しだけ驚いたように海田のことを見ていたが、やや置いてため息をついてオレの方を見た。
見て、ニィっ…と笑った。

「ホレ。新之助くんや。啓二くんを見習いたまえよ。こういう冷静な対応に推理が出来るなんて、アンタと同い年とは思えないほど大人じゃんさぁ。ホレ。」
「う、うるせぇな!!」
「ごめんねぇ、啓二くん。それはお答えできないんだな〜。けど、その辺の推理はいいセン行ってる…とだけは答えとくよ。」
「………………。」

意地悪くヒントを出して、困る海田の顔を見たかったのだろう。彼女はにこにこしながらそれを見ていた。
やっぱり…コイツはいやな女だ。
そんなことを思ったオレの口から、その言葉はついうっかり出てしまった。

「……女のくせにレースなんかに出てきやがって……。」

このとき、オレがどんな気持ちでいたのか、実は自分でも正直覚えていない。
ただ、コイツさえいなければオレが優勝出来たのに。そんなかんじのことは確かに思っていた。

ガッ!!

「!?」

次の瞬間、彼女の顔が目の前にあった。
胸倉を掴まれて、引き寄せられたと言うのに気付くのに少しだけ時間がかかった。

「いいか、よく聞けクソガキ。」
「!」

鼻先が触れるくらいの超至近距離で、この卯月という女はオレを憎々しげに睨みつけていた。
つい今しがたまで、俺たちを小バカにしていたような目の光はもうない。

ぐっ!

そして、オレの右腕を掴むと、尋常ならざる力でオレの掌を自らの胸に押し付ける。

「なっ!?」

一瞬頭が真っ白になった。
真夏だ。
すでに革ツナギの上半身のジッパをあけて袖を抜き、ブルーのプリントTシャツ姿になっていた彼女。
じっとり濡れたシャツ越しに、その胸の柔らかな感触が伝わってきた。
オレはその時まで、同年代の女の胸に触ったことなんてなかったのだ。だから尚更驚いた。

「な…おぁ…!」

一気に頭に血が上った…ようだった。
耳鳴りがするくらい。ともすれば頭の血管が爆発するんじゃないかとすら思った。

「こんな邪魔なものが上半身にくっついてる『女のくせに』がレースで走ってアンタたちより速かったんだ! 男だったら男のくせに女のアタシに負けたことを恥じるとかあっていいんじゃないかねぇ!?」
「!!」

オレの不用意な一言が、彼女の怒りに触れたというのはすぐにわかった。
だけど…なんで彼女が怒ったのかは、実はその時はまだわからなかったのだ。

どんっ!

「わっ!」

そして、彼女はオレを突き飛ばすようにして離れる。
離れてから、海田の顔を睨みつけた。

「………………。」
「………………!」

しかしすぐに海田もその視線から逃れるように目をそらす。
どんな表情で睨まれたのか、今でもあまり想像したくない。
とにかく、あの冷静沈着な海田が、まともに視線を合わせていられなかったのだ。

「アンタたち、才能ないよ。走んのやめたら?」

ザッ……!

「!」

そして、彼女はオレたちの心をえぐるようなもの凄い一撃を口から発し、クルリと振り返るとそのまま去っていった。

「………………。」

何も言い返せなかった。
優勝の最有力候補だった海田レーシングのふたりのライダーをコテンパンに負かした謎の少女、卯月 小夜。
彼女はこうして俺たちの前に現れた。
忘れもしない。
去年の夏のことである。

■ つづく ■

【次へ】
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