ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

半蔵門かきもの倶楽部コミュの第五十四回 みょこ作「ランドマーク」

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
久しぶりに作品を書いてみたので投稿させてください。余った時間にでもお読みいただければと思いますm(*_ _)m

---

 ダイニングテーブルの中央に、ランドマークさながらの趣で聳え立つコリンズグラス。その円筒型の胴体に先程まで付着していた微細な水滴、いわゆる結露はとうに蒸発し、グラスは透明な素肌を見せていた。底に残った僅かな水が、誰かに使われた痕跡として凪いでいる。いまや完全に液体となったそれは数時間前まで氷だった。その氷をグラスに入れたのは私だが、このグラスを使ったのは私ではない。
 私は硬いフローリングに膝から下を投げ出してテーブルに体を預け、グラスの底に注がれる陽射しを見ていた。服と体の間に汗が溶け込んでいるのを感じた。
「ぁっ……」
 思わず「暑い」と言おうとしたがうまく言葉にならず、就寝中の呻き声のように口内に響いた。自分の声ではないような気がした。
 開け放した窓から網戸をすり抜けて入ってくるのは音ばかりで、肝心の風が感じられない。車の音と、虫の音。かろうじて発生源の種類は想像できるが、何台通ったのか、何匹いるのかはまったくわからないほどにぼやけたそれらの音は、家の周りを取り囲んで暑さを助長しているように思えた。だけど本当に無風の日なんてまずないし、音に温度があるわけがないので、これは錯覚なのだろう。モスキート音で測る耳年齢に近いかもしれない。肌年齢が上がると、風を感じられなくなる代わりに音に熱さを感じてしまいます、みたいな。なんの根拠もないけれど。
 ふと顔を上げると、換気口が目に入った。なんとなくいい形だなと思ってそのまま見入っていると、だんだん硬貨のように見えてきた。紙幣と違って確かな厚さがあり、目に見える凹凸を持った円形。大きさよりも質感によってその価値を示す実物のそれを思い浮かべると、換気口は大きさの割には安っぽかった。せいぜい四百円くらいかな……あ、そうだ、銀行行かなきゃ。時計を見ると午後二時を過ぎていた。もう少し休むつもりだったが、私はこういうときはすぐに気持ちを切り替えて行動できるタイプなのでさっそく立ち上がろうとしたら、足が痺れていてテーブルに突っ伏した。

 家を出ると、想像通りの暑さがまとわりついてきた。外に出た直後は自分の周りだけが暑いような気がして、逃げ場を求めて周りを見渡しても日陰が見当たらないときなどはどこまでも暑さが続いているように思えて軽く絶望してしまう。私はいつもそのタイミングで日傘を差してヴァンパイアになる。
 家の中でぼやけていた音はかなりはっきりと聞こえていて、虫の声などは小高い丘にある公園の木々の雲から雨のように降り注いでいた。声の雨も日傘で受け止めつつ、アスファルトの上を移動する。街路樹が見えてきたら目的地は近い。暑い。背の高い街路樹と建物との間が狭く、アーチ状になって日陰ができている天国のような通りを少し歩くと、お金という熱気を内に秘めて静かに佇む銀行に着いた。中に入ると、ここが真の天国だった。

     *

 用事を済ませて帰宅した私を迎えてくれたのは、私ではない人間が使ったグラスだった。私はこのためにグラスを片付けなかったのかもしれないなと思いながら、自分のグラスを出そうとして思いとどまり、ランドマークを引っこ抜いてシンクで軽くすすいで氷を入れて水を入れて、それを持って夕食の時間まで仕事部屋に篭った。

コメント(6)

>>[1]

お読みいただきありがとうございます!

ひとつの読み方ですが、主人公の同居人か友人のような人が午前中に会社か学校へ出かける前に使ったグラスを主人公が片付けず、午後に銀行から帰宅するまでずっとダイニングテーブルの上に置いたままにしてあったイメージです。その理由としては、帰宅したときに自分でない人の気配が感じられると寂しさが薄れるというか、ただいまと言ってもらえているように主人公は感じています。
ただいまじゃなくておかえりでした…
主人公は女性ですか?日傘が出てくるまで男性だと思ってました。男性か女性かで同居人との関係性をどう想像するか変わってきます。
>>[5]

コメントありがとうございます!

この作品では、そこに一人の人間がいることと、もう一人の人間の痕跡があることしか描いていません。その人達にどのような属性を付けるか、または何も付けないかは読み手に委ねています。

私は(できているかは別として)性別に縛られずにものを考えたいと思っているのでこのような書き方をしていますが、実際の関係性はまだ性別に引っ張られる場合が多いだろうなとは思います。書いている最中も性別はあまり意識しないようにはしていましたが、なんとなく二人とも女性のつもりでいた気がするので、そちらに引っ張られているかもしれません。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

半蔵門かきもの倶楽部 更新情報

半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。