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repairman Jackコミュの5金曜日

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ジャックはヴィヴィーノの証拠のテープを退役軍員クラブへ
そしてウィージーとふたり、ふたたびピラミッドを目指す

コメント(36)


例のヴィデオカセットは学校にいる間、ジャックのバックバックの中で
燃えて穴をあけそうな勢いだった。と言うか、そんな感じがした。
今はやっと、永遠にも思える時間の後、ジャックはジョンスンに帰ってきた。
 通りの向こうで小学校に行くバスを待つ、サリーとミセス・Vに手を振りながら、
とんでもなく違和感を感じていた。
濃いサングラスに長袖のブラウスのミセス・Vはジャックを射るような目で見ていた、
まるでわかっているかのように。
知ってるのか?ミセス・Vが明かりのついた屋内にいた時、自分が外の暗闇にいた事。
見えたはずはない。
 じゃあどうしてそんな風に自分を見るんだろう?
たぶん違う。ジャックを見通して、もっといい人生の事、夫のいない人生の事を考えてたんだろう。
 学校に着くと、ジャックは一旦カセットをロッカーの一番上の棚に隠した。
その日の授業の間を縫って、何度もチェックに行った。
どうしてこんなに偏執的になっているんだろう。ジャック以外は誰も知らない事なのに。
 バスから降りるとまっすぐVFW(退役軍人クラブ)に向かった。
ここだ。やるか、死ぬか。今晩こいつを映写機に挿入する方法を見つけなくてはならない。
うまくてきなかったら、次のスモーカーの会まで待たなくてはならない。
サリーとお母さんがもう一か月、昨日の晩の苦しみにさらされるなんて、とても考えられない。
 VFWのポストまで来ると玄関の扉が大きく開かれている。
中から強力な洗剤の臭いが吹き流れてくる。
「ハロー?誰かいますか?」
返事はない。
 扉が開け放たれた上に誰もいないなんて話がうますぎるかもしれない。
スキップで映像室まで降りて行き、なす事をする・・・予期せぬ事があるかも。
中に入るともう一度呼びかけた。「ハロー?」
 残念な事に聞き慣れた声とともに階段を登る足音が聞こえた。
「はいはい」階段の吹き抜けからウォルトが現れ、ジャックを見てニッコリした。
「ヘイ、メーン。どうした?」
「この間出来なかったツアーを頼みたいと思ったんだ」
「おお、ヘイ、地下室の床にモップをかけ始めた所だし・・・」
「ちょっとだけなんだけど?」
ウォルトが迷っている、ジャックはかつてなくウォルトの目が澄んでいる事に気がついた。
その時思い出した。ミセス・クレヴェンジャーに、飲むなと言われていた。
昨日の午後以降のことはどこかにいってしまっていて、
ジャックは立ち聞きした会話をすっかり忘れていた。
あの人は、「必要」になるかもしれないから酒をやめておいてくれ、と。
ウォルトに何を期待しているんだろう?
何であれ、ウォルトが受け入れるような話なんだ。
ジャックは手袋をはめた手が震えているのに気がついた。
神経質になってるの?酒が切れかけてるのか?
ウォルトは肩を竦めた。「いいとも。だろ?」
 地下室に向かいながら、ジャックは考え込んだ・・・
会議室と事務所の何かを気にしてるんだろうか?
やがてウォルトはジャックが来たかった場所まで連れて降りてくれた。地階。
 映像室は大きく開けた場所で、まだ剥き出しの床に汚いビニールシートが貼られている。
真ん中にビールの蛇口のついたマホガニーのバー、
背後の壁一面の四分の三は鏡張りの棚になっている。
テレビは下の低い棚に置かれている。椅子とテーブルは片隅にまとめられている。
部屋の真ん中には、ボコボコの掃除用のバケツに突っ込まれたモップの柄が
天井に向かって突き出している、
 ウォルトは手を振って見せた。
「何でまたスモーカーの会の前にはモップをかけたがるんだろうな・・・
ビールを手にした野郎どもは汚い部屋なんか気にもしないのに。
だがそうしたいってんなら、そうするよ」
 ジャックはテレビ・キャビネットまで行って扉を開いた。
ミスター・ベインブリッジが新しくビデオテープデッキを入れたと言ってのを確かめたかったのだ。
「なんだい、ジャック?」後ろからウォルトの声がした。
「ここの電化製品をチェックしてるんだ」
よし。ちゃんと置いてある。真新しいパナソニック。
隣には二本のビデオテープ、ラベルにはエレクトリック・レディ、ピッツァ・ガール、
カバーにはほとんど何も着ていない女の人。
そこから視線を引き剥がした時、何か閃いた。
プレイヤーを見直して、ブランドのロゴに続いて三文字があるのを見つけ、心臓が止まった。
VHS,
「ノー!」
もう一度調べた。間違いない。VHSの表記と明らかに大きすぎる挿入口。
「なんかまずいことか、ジャック?大丈夫か?」
ジャックは大丈夫どころではない、明らかに、ひどくまずい。
めちゃくちゃだ。危険を犯しても無意味だった。
ベータマックスのカセットにヴィヴィーノの録画をしてしまった。
「大丈夫だよ」なんとかそう言った。「忘れてたことを思い出しただけ」
振り返るとドアに向かって歩き出した。「ツアーはまた今度続きをね」
「何にも見てないじゃないか」
ジャックは答えずに階段を駆け上がり、外の新鮮な空気の中へ出て行った。
「まぬけめ!」ひとりごちながら小走りにクエイカートン・ロードに向かった。
「お前は正真正銘の大間抜けだ!」
 ミスター・ローゼンの買ったのはベータマックスのリコーダー・・・だから安かったんだ。
ジャックはビデオ・レコーダーが使えるのが嬉しすぎて、種類にまで気が回らなかった。
自分のうちのビデオがベータだと言う事になぜ思い至らなかったんだ?
 親父のせいだ。何年か前にベータマックスを買って、ライバルのVHSよりいいと思ったんだ。
そうだったのかもしれないけれど、VHSの方が長時間録音できると言う点で負けてしまった。
最近は大抵の人がVHSの方を使っている。
でも親父のせいじゃない。
ジャックがベータマックスの方が優れていると主張して、この機器が壊れるまでは交換しないで、
と言ったんだ。録音も再生も全ての機能を備えているのに何で変えんるんだ?
 だから昨日の晩、ヴィヴィーノのテープは我が家の機器なら完璧に再生出来た・・・
ベータのカセットをベータの機器に入れたのだから。
でもVFWにある機器じゃダメだった。
何とか再生する方法を考えなくては。

「ヘイ、わかんないよ、ジャック」エディが言った。
「三十分だけだよ」ジャックは言うとコーネル家のテレビからVCRを外した。
「それより一秒もかからない、誓って」
「でも何で必要なのかわかってないよ」
「ベータとVHSをつないで実験してみたいんだ」
ある意味本当のことだ。ある意味。実験というよりは、ヴィヴィーノ家を救う最後の切り札だ。
「何の実験さ?」
「うまく行ったら教えるよ」VCRの同軸ケーブルを外し終わった。
「それまで、VCRの空のテープを貸してくれない?後で返すよ」
エディは引き出しからまだ封の切ってないテープをとりだした。
完璧。
「他は?」
「これでオーケー。ここで待ってて、すぐ戻る」
 VCRを小脇に抱え、ジャックは玄関を抜けて我が家に急いだ。
走りたかったがコーネル家のVCR・・・
VHSモデルを、取り落とす危険を敢えておかすこともない。
ひとつよかったのは、今日は母親が病院でボランティアの日だって事。
帰ってくるまで家を独り占めだ。
いつ帰ってくるかについては確かではなかったので、急がなくてはならない。
 家に入りベータマックスの前に膝をついた・・・既に部分的にフックを外してある・・・
動かしておいた。
 まず、VHSのプラグを入れ、ベータの出力端子に接続する。
それから真新しいテープの封を切り、挿入、録音ボタンを押す。
ヴィヴィーノのテープはもうベータの方に入っているから、PLAYを押すだけだ。
十分辛抱して・・・撮った映像は五分にも満たなかった・・・
巻き戻し、テープを取り出す。自分のバックパックに入れてから、外に駆け出し、
自転車に飛び乗る、それから狂ったようにペダルを漕いだ。

「いてくれよ」前庭を進みながらジャックは呟いた。
扉が閉まっているのを見つけるとがっかりしたが、
立てかけた自転車が倒れるままに、玄関扉に駆け出した。ノブをつかんで開いた。
「ウォルト?」中に入りながら呼ばわった。「まだいる?」
「ここだぞ」階段口から声がした。「降りてきな」
 ジャックが降りていくと、ウォルトが部屋のセンターまで
テーブルを引き摺り出しているところだった。
「元どおりに戻す時間なんでな。そいつはここにくれ。ありがとう、ジャック」
「ううん、全然。まだ何か手伝うことがある?」
「これでオーケーだ」
「ヘイ、おれがいるんだぜ。使わないの?」
ウォルトはニヤリとした。「オーケー、じゃあありがたく」
 ジャックが椅子を運ぶのを手伝うと、ウォルトがどこに置くか指示する、
ジャックの目はVCRのキャビネットにピッタリ貼り付いている。あそこに行く口実を探さないと。
 四分の三くらい片付いた時、階段口から女性の声が響いてきた。
「ウォルター?ちょっと話せるかしら?」
「ふう?おお、いいとも、ミセス・クレヴェンジャー」
ウォルトはジャックを見ると肩を竦めた。気になるようだ。「ここにいてくれ」
「行ってきてよ」ジャックは言うと勝利の喜びを噛み殺した。「話してきて。やっておくよ」
 二人がなにを話してるのか、ものすごく知りたいけど、他に優先するものごある。
ウォルトが視界から消えるや否や、バックパックからテープをつかみ出し、
VCRのキャビネットへ飛んでいった。
扉を開けてケースからエレクトリック・レディのテープを取り出し、
それから自分のものを入れる。ラベルが貼ってないけれど、誰にも気がつかれないよう祈った。
ケースを閉じて、元の場所に戻す。
 さあ・・・本物のテープはどうする?うちに持って帰りたいなあ、それで見る、
でも自分の機械じゃ再生出来ない。キャビネットの後ろに滑り込ませた。
そのうちにウォルターがキャビネットを動かすから、それまで、そこにあるだろう。
だけど入れ替えたテープ・・・チェックする暇がなかった、
ダビングがうまく行ったかもわからない。
そうなったらおそらく、今晩はみんな空のテープを鑑賞する事になるだろう。
 しばらくするとウォルトが戻って来た、
ジャックは全部の椅子をテーブルにセッティングしていた。
ウォルトは、目を見張った。「お前さんは大した奴だなあ、ジャック、みんな知ってるのかな?」
「大した事じゃないよ。うーんと、ミセス・Cは何だぅて?」
ウォルトから笑顔が消え、落ち着かない様子になった。
「大した事じゃねえ。あすこのあたりにいて欲しいってさ」
「どこ?」
「ただ・・・あすこらへんよ」
 ジャックにわかったのはウォルトが居心地悪そうで、答えられないと言うことだった。
それに、ジャックはマムが帰る前に家に帰って、
やりっぱなしにしてきたVCRを元に戻さなくちゃならない。
「ヘイ、スモーカーの会が始まるのは何時なの?」
「おお、連中は七時半あたりに三三五五集まってくるが大抵始まるのは八時頃だ。
どうしてそんなことを聞くんだ?どうせお前さんには入れないのに」
「ただの好奇心さ」
ジャックはテレビの上の小さな窓を眺めた。
八時にどこに行けばいいかわかった。だけどその前にウィージーとピラミッドでデートだ

二人はパインズに向かった、二人ともジャックのガレージから持ってきた柄の短いシャベルを
ハンドルにくくりつけている。日は沈んだが、あと一時間かもう三十分は光が残っている。
十分だ。
 雷の木を通り過ぎると、ガス・スーイのピックアップ・トラックが見えた。
ガスとウォルトがレア・パネルに寄りかかっている。
ウォルトは酔ってないし、ボトルに酒を満たそうともしないで、ただ話をしている。
二人が手を振って来て、ジャックとウィージーも振り返した。
ミセス・クレヴェンジャーが待機してろと言ったのはあそこか?
「必要」になると言うのはあそこか?何の必要なんだろう?
 スポングにさしかかると、スピードを上げた・・・
松林の男にまた石を投げられても素早くかわせるように。
しかしジャックが通りしなにみると、空に向かって突き出しているスティックはなかった。
「あの松林のやつは罠をつけ直したわ」ウィージーが言った。
「ミセスクレヴェンジャーはまだ棒を刺してないみたいだね。おれたち・・・」
ウィージーは首を振った。「道に戻った方がいいわ。
ピラミッドに行くにはなるべく明るいうちでないと」
 あの松林の男が、ミセス・クレヴェンジャーが罠を弾いてる所を捕まえたら
どうなるんだろうなあ。あの人はただの老女だけど、三本足とは言え、犬がついてる、
ご主人様に危害を加えるようなやつはギタギタにするだろう。
 焼け焦げたエリアまで来た、掘り返されたピラミッドの埋まっていたマウンドを通り過ぎる。
 空き地は不気味なほど静まり返っている、
ジャックは地面の上に新しい痕跡がないかチェックした。
何もない、前に見た古いやつは何回も降った雨のせいでなくなってしまった。
 二人は低い石の壁を飛び越え、巨石の裂け目から身体を押し込んだ。
ケージの床面・・・これがピラミッドだとすればだが・・・
もう水は引いていたが、砂はまだ湿っていた。
ジャックとウィージーが土曜日に来た時の足跡はみんな消えていた。
ウィージーは真ん中にある四つ足の石の柱まで行き、
六面のトップの刻み目をもう一度指でなぞった。
「もし小さなピラミッドがあって、ここにはめたら、何かが起こる」
「どんな事が?」
「多分秋分の太陽がセンターにヒットして・・・」
「何?時を遡るのか?」
ウィージーは笑った。「わかる訳ないじゃない」
「それはさておき・・・」「どこから始める?」
ウィージーは肩を竦めた。「どこからでもいける、と思う」
ジャックはセンターポストのそばの適当な場所を掘り始めた。
ウィージーも六フィートほど離れた場所を掘り始めた。
「この場所は怪しいわ」ウィージーが言った。
「もしこれが私たちの見つけた小さなピラミッドのモデルなら、底面がある筈よ。
バレンスの土壌は砂だから、水はあっという間に染み通る。
この間の土曜日の水がここに溜まっているという事は、何かが吸収を遅らせているのよ」
確かに・・・四フィート下で花崗岩にぶつかった。七つの面。
表面のどこかに七つのシンボルが彫り込まれているに違いない・・・
あのベビー・ピラミットと全く同じように。
 少し息を切らせ、大いに汗をかいて、一息入れた。
ジャックは何を掘り出しているのかあまり考えずにいた、さてよく見てみるか。
シャベルの横を使って、剃った砂の上を何度か擦って、だんだん形を表していく。
そうしているうちに、小さな骨が現れ始めた。
「ヘイ、ウィーズ、見ろよ!」
ウィージーは大急ぎで近寄ってきて幾つかを取り上げて、近くから調べた。
「骨じゃないわ。ただの欠片・・・破片ね、そう」
「で・・・?」
ジャックは掘った穴の横のもっと大きな破片を見つけた。
周りについた砂を擦り落としてみると、思ったより大きい。引っぱって・・・
足の骨の一部が現れた。
「ええっ!」ウィージーは言ってから気がついた。
「大丈夫。人間じゃないわ。鹿よ」
十八インチの長さでかなりほっそりしている。
数限りなく通ったパインズで、ジャックは頭蓋骨をつけて腐っている鹿の死体をいくつも見てきた。こっちから見ると、端が球状になっており、なんだかわかった。
「大腿骨だな。でも見ろよ。下の方は折られてる」
ウィージーが近寄ってきた。「ヘイ、まるで齧られたみたい。齧った跡が見える?
歯形がついてるようよ」
ジャックは辺りを見回した。「鹿はどうやって中に入ったんだ?」
ウィージーはジャックの腕を掴んだ。
「ジャック!檻を使うなら餌がいるわ。飼い主が餌をやったのよ。
パインズは鹿だらけよ。肉を全部齧りとって、骨だけ残したのよ」
ジャックは粉々になった骨と深い歯形を見た。「強烈な顎だ、歯も鋭い」
 こうなると疑問の余地はない・・・この建築物はケージだ。でもこの巨大さは?
 ここに飼われていたやつは何だ?
明らかに肉食獣だけどパインズにいたやつか、それとも運んできたんだろうか?
で、いつだろう?ケージは長いことここにあった筈だ。
ウィージーの目が興奮して踊っている。「もっと掘ろうよ。何か見つかるに決まってる」
 しかし半時間ほど掘り続けて、三回場所を変えてみたものの、
動物の骨が見つかっただけだった。
最後の場所を二フィートばかり掘った時、シャベルの先が何かに当たった・・・
今まで見つけた小さな骨より大きな物だ。穴を大きくして周りを掘った。
 カーヴがある物みたい、何かのアーチみたいに。
指で周りを探ると、掴む部分があったので、引っ張り上げた。
ねじりながら外に出してみると顎の骨を掴んでいたのがわかった。
 ジャックは骨を取り落とした、人間のものだとわかったのだ。
「ウィーズ!見てみろよ!」
 ウィージーが慌ててやって来て、二人で骨の前で膝をついた。
ジャックはこんな状況で、自分がそれほど不快感を感じていないのに気がついた。
考えてみればこう言うのをみるのは最初じゃない。
そうだ、そりゃあショックだったけど、
マウンドから頭蓋骨を掘り出したのと比べればなんてことない。
 おかしなことだ、ちょうど昨日の晩、
物事があの小さなピラミッドの周りを巡り回っていることを考えていた、
今、大きなピラミッドの中で同じことを考えてている。
 この頭蓋骨・・・と言うかその一部・・・また一つの輪がつながった。
「だ、誰だろう?」ウィージーが言った。
「マウンドで見つけたのより、ずいぶん古いみたい」
 ああ、そうだ。肉の破片一つ残っていない。
それに、歯が・・・茶色くなって、欠けているし、治療の跡がない。
 可哀想なコーディの事を連想した。生きたまま見つかる可能性はゼロの気がする。
パインズを掘って、ある日誰かが、あのこの小さな頭蓋骨を見つける。
ジャックの思いはさらに突き進み、目の前の骨をじっと見つめた。
「残りの部分はどこに行った?ここに何が?」
 さらに掘ってみると、一インチくらいで上の歯と口蓋部分を見つけた・・・
頭蓋骨は上下逆さに埋まっていた。上の歯にも治療の跡はない。
さらに掘って、指で頭蓋骨を引っ張り出した。
「オマイゴッド!」ウィージーが叫び、ジャックはひっくり返してみた。
 二人は頭蓋骨のてっぺんに開いた不規則な穴を見つめ、衝撃を受けた。
誰のものだかわからないけれど、この頭蓋骨は砕かれた・・・割れて穴が空いている。
ウィージーが開口部の縁を指した。「これって・・・?」
 ジャックを目を近づけ、穴の周りの噛み跡を見て、内臓が捩れた。
鹿の骨についていた歯形にそっくりだ。
 何かがこの頭蓋骨を囓りとった・・・多分脳みそのの中身も。そりゃそうだ。
さもなきゃ何で頭蓋骨をすする?今やジャックは震え上がっていた。
頭蓋骨を下の穴に取り落とし、立ち上がった。
「君・・・これは人間の生贄の類だと思う?」
ウィージーも立ち上がった、かぶりを振った。
「多分飼い主が餌の時間に近づきすぎたんじゃないかな」
 ここで何があった?間違いなく鋭い刃を持った何かがここで檻の中に入れられていた、
でも何だろう?
首筋が総毛立ち、誰かが見ているような気がして素早く振り返った。
ただの気のせい、かな?ここに囚われていた物を思っているて、神経が立ってきたのかも。
「どうかしたの?」ウィージーが言った。
「別に」
ウィージーに警告したくはなかった。
内側の縁を周りながら、裂け目の一つずつから周りを囲む木々を覗き見た。
誰かがいる気配はしない。或いは何か。
でもまだ神経は苛立っている。
 稲光が閃いた。
 ジャックは空を見上げて、日は消え、西に積乱雲が盛り上がってくるのに気がついた。
何があった?穴掘りに夢中になるあまり、注意を怠っていた。
「この間の晩追いかけてきた奴だと思う?」
ジャックはウィージーの方に向いた。「熊のこと?」
「あいつの事よ」
「ああ、そう思うな」ウィージーを檻から追い出すように両手を上げた。
「ここから出よう」
ウィージーはほっとしたようだ。
「先に言われたわね。このピラミッドはいろいろありすぎ。
今後はあの小さいのを取り返す事に集中しましょう。
そうしたら、ここに持ってきて、真ん中の柱に据え付ける・・・何が起こるか見てみるの」
ジャックはウィージーを引っ張り上げながら言った。
「誰かに、一途、って言われた事ない?」
「ええ、あるわ」二つの巨石の間に身体を押し込みながら手を出した。
「でも本当のことを言うと私は一途、じゃなくてマルチなの。
ただ最近ある場所が他のものより頻繁にヒットしてるよ」
そういう話はしてくれよ、ジャックは思った。

家に着いて間もなく嵐がやって来た。
ジャックは母親よりほんの少し早く帰り着いて、父親が帰る前に、宿題を片付けた。
 夕食を終えるまでには嵐は過ぎ去った。
ジャックは緑色のイーグルスのスウェットをひっかけると、
コーネル家まで自転車で行ってくると告げた。そう言うと、家の前からドライヴウェイを通って、
急いで外に出た。
 ジャックは嘘が嫌いだった。
 クエイカートンを下り、水溜りを避けながらUSED方向に向かった。
VFW退役軍人クラブの前に半ダースの車がとまっているのに気がついた、
ウォルトが玄関扉の前に立っているのが見える。
来たことを殊更知らせたい訳ではなかったが、そばまで行って様子を見たかった。
「ウォルト?」ぶらぶらと近寄りながら言った。
「ふう?」ウォルトは振り向くとニヤリとした。
「ヘイ、ジャック。中に入ろうとしてるんじゃないだろうな」
正面玄関の明かりに照らされたウォルトの瞳が、未だに澄んでいるのがわかった。
と言う事は、まだ「必要とされてる」の?
「まさか。おれはタバコなんて吸わないよ」
ウォルトは笑い出した。「いい子だ」
さらに車がやって来てはとまった、沢山の退役軍人が集まって来た。
もし、ミスター・ベインブリッジが来て、ジャックに気づいたら、親父にきっと話が行く。
見られない方がいい。
手を振ると、自転車の方に戻った。「またね」
通りを渡るとUSEDの店の横の影に自転車をとめた。
影の中からVFWを眺め、車の流れが止まり玄関の扉が閉まるのを待った。
それから通りを渡り、裏側に回った。
 裏庭は暗い、地下室の窓を見つけるのは簡単だった。単に明かりを探せばいい。
換気のために窓を開けた者がいて、シガーのキツい臭いが漂ってくる。
 ジャックはひざまずいて覗き込んだ途端、濡れた草の水分がジーンズに染み通るのを感じた。
クソ。わかってたはずなのに。身を乗り出すと、テレビセットを覗く位置なのがわかった。
年齢も身体つきもサイズも、いろいろなグループがいる。
五十代から六十代の前半は第二次世界大戦、
五十代は親父やミスター・ベインブリッジみたいな朝鮮戦争の帰還兵、
三十代後半から四十代前半はヴェトナムからの帰還兵だ。
共通項はただ一つ。みんな戦火をくぐり抜けてきた。その経験がみんなをつないでいる。
お互いを思いやっているように見える。
煙が立ち込める中、笑いながら立ち話をする人たち、
片手にビール、片手に葉巻、テーブルに座ってカードをシャッフルしたり、チップを数えたり。
プレイボーイたち・・・
 ミスター・ヴィヴィーノがその中にいるのが見えた。ジャックは、こいつが外で楽しんで、
自分たちを殴ったりできない事を、お母さんも娘も喜んでるに決まってる、と思った。
あいつが人混みの中を歩き回り、ニタついたり、大声で笑ったり、握手したりしてるのを見た。
公人、フリーホルダー党員のあるべき姿ってわけ。
 見てみようじゃないか。
 ミスター・ベインブリッジが現れたので、ジャックは少し下がった。
ミスター・ベインブリッジは身をかがめながら、テレビの後ろで見えなくなった。
 この角度からだとジャックには何をしてるのかはわからないが、
たぶんキャビネットの扉を開けているんだろう。三十秒後、身を起こし、皆の方を向いた。
「オーライ」そう言うと、カセットボックスを取り上げた。
「どっちにする・・・ピッツァ・ガール・・・エレクトリック・レディ?」
ジャックは窓越しに想念を送った、
エレクトリック・レディ・・・エレクトリック・レディ・・・エレクトリック・レディ・・・
「ピッツァ・ガール!」誰か叫んだ。
「イエー!」別の声が叫んだ。「ピッツァ・ガール!」
コーラスが続いた。「ピッツァ・ガール!」
違う違う違う違う!
「ピッツァ・ガールだ!」
 ミスター・ベインブリッジがケースを開けてカセットをセットするのを見て、
ジャックは唸り声を押し殺した。恐るべきミスをしでかした事がわかった。
この映画がどのくらいの長さかわからない。スモーカーの会で一本しか見なかったら?
ピッツァ・ガールのカセットもエレクトリック・レディのと一緒に隠しておけばよかったのだ。
そうすればジャックのテープをかけるしかない。
さらに、コピーがうまく行ったのかもわかってない。
何かを蹴りつけたくなった。

ジャックはUSEDの暗く狭い通路をうろうろしていた。
中に入りたかったが、明かりは消えていたのでフィルムが続く間ぶらぶらしているしかない。
二十分毎にこっそり地下室の窓を覗きに行った。いつまで経っても、変わりなし。
何人かはテレビを見ながらチャチャを入れ、何人かはカードゲーム、何人かは話に没頭している。
ミスター・ヴィヴィーノとミスター・ビショップ、地方議員、
デカいケツで得意満面のテディが頭を突き合わせているのが見えた。
まるで革命の計画でも立てているかのように見える。
テレビの画面だけが見えなかったので、みんなが何を見ているかはわからなかった。
そんなのはどうでもいい。
こいつを終わらせて、メインイヴェントに移ってくれることだけが望みだ。
 店のカウンターに寄って、ミスター・ローゼンが常備している懐中電灯を持ってきた。
時計に光を当てた。フィルムが始まってから一時間かそこら。
もう終わったのか、でも確かめなくてはならない。なんとも言えない。
たぶんテープが止まったら次のフィルムにするだろう。
 もう一度大急ぎで通りを横切ると、裏に回る。窓から覗くと、
ミスター・ベインブリッジがテレビに近づくのが見えた。
「アカデミー賞をとってもおかしくない作品だった、どうかね?」仲間たちに言った。
何人かが爆笑、何人かが手を叩いた、話し続ける人たちもいる、
カードテーブルの人間は手元から顔だけ上げた。
ミスター・ヴィヴィーノとミスター・ビショップは相変わらず部屋の後ろで談合している。
ミスター・ベインブリッジが視界から消え、再び現れた時には違うカセットテープを持っていた。
「オーケイ!」解説を始めた。
「次のオスカー候補としてお届けするのは、エレクトリック・レディ!」
会員から気のない歓声と拍手が沸き起こり、ジャックは無言で拳を振り上げた。
イエス!
もうすでに濡れている膝をついて、テープになにか映っていますように、と念を送った。
 ミスター・ベインブリッジは葉巻をくわえたまま、ラベルのないカセットを取り上げた。
しかめっ面でカセットの裏表を調べている。
機械に入れろ、ジャックは思った。さあ。入れて。それを入れて。
遂に肩を竦めるとテープを入れた。「オーケイ!エレクトリック・ガール、行ってみよーー!」
 ガヤガヤする中からまばらな拍手が起こり、ミスター・ベインブリッジは傍によけて、
画面を見つめた。ジャックにはミスター・ベインブリッジの顔だけで画面は見えない。
でもすぐわかる、ジャックのコピーが成功していれば、その顔が全てを語る。
その表情を観察した。ニコニコ顔が予想に違わず不可思議なしかめっ面に変わった。
でもこれだけじゃダメだ・・・ジャックのテープに何も映っていなくても、
こんな表情をするだろうし。
ジャックは見つめた、シワが深くなり、細めていた目が大きくなった、
口元が緩んで葉巻が床に滑り落ちた。
ジャックは拳を握りしめた。このリアクションの意味するところは一つしかない。
ビデオはダビングされていた。
その時テレビから声が聞こえた。
「うんざりだ、くそったれめーーーー!くたばりやがれ」
ミスター・ベインブリッジは喘いだ。「こりゃ一体・・・?」
「何度言ったと思ってる・・・」
「やめて、やめて、やめて!やめて!ダディ!」
間違いに気がついたのはベインブリッジだけではなかった。
真ん前に座っていた二人の男たちの顔から笑いが消えた、
その反応は、まるで静かな湖に石を落としたように周りに広がって行った。
「サリー!」
 カードゲームをしていた一人が気がついて、横の二人を突っついた。
画面に背を向けていたプレイヤーが振り返った。
それから部屋の向こうの端にいた人たちも話をやめた。
だんだんと部屋は静まって、唖然とした顔が静かな海のように並んだ。
「ぶたないで!」
ミスター・ヴィヴィーノと、ミスター・ビショップだけが後ろの壁を背に話し続けていた。
遂には何か変な事に気付かされずにはいられなかった、口をつぐみ、辺りを見回した。
「ああん・・・?クソったれ、窓に誰かいるぞ!」
ジャックはミスター・ヴィヴィーノの顔に注目した・・・
血の気が失せ、目は飛び出し、顎ががっくり下がった。
「何やってるんだ?」叫び声を上げた。
「さて、知らない方が幸いだったか」カードゲームの一人が言った。
「君がキャシーを徹底的に叩きのめしている、と言わざるを得ない」
ミスター・ヴィヴィーノは怒り狂った獣のように吠えたて、
目の前のテレビを非難するように、鉤爪のよう曲げた手を伸ばした。
「そのテープを寄越せ!そのテープを寄越せ!」
しかしテレビまで行き着けなかった。沢山の手が彼を掴むと引き留めた。
あらがい、身をよじったが、真面目な顔をした二人の退役軍人仲間が
ミスター・ヴィヴィーノを捕まえ、テレビから遠ざけた。
「誰の仕業だ?」叫んだ。「どこの覗き屋トムのクソ野郎がこんな事をした?」
「待ちたまえ!待ちたまえ!」ミスター・ビショップが前に出てきた。
「最後の部分しか見ていないが。一体どうした訳かね?」
「巻き戻してくれ、カール」誰かが言った。「俺も見逃した」
ミスター・ベインブリッジは身をかがめ手を伸ばした。
「もう一度見よう。さっき見た事が信じがたい」
「やめろ!」ミスター・ヴィヴィーノは叫ぶと、また身を振り解こうとした。
「嘘っぱちだ!フェイクだ!」
ミスター・ベインブリッジが身を起こした時には、また葉巻をくわえていた。
テレビから離れると、前の方で固まっている戦友たちの中に加わった、
テレビの前には三組のかたまりが集まって、全員の目が画面に据えられている。
ジャックが見る必要はない。このシーンは脳内で燃え上がるようだった。
声と映像が結びついている。
ミセス・Vがアームロックで痛めつけられ・・・壁に叩きつけられる・・・
退役軍人クラブのメンバーの顔色が変わった。
サリーが駆け寄ってきて・・・ぶっ飛ばされる。
メンバーの中から呻き声が上がった。
アルド・ヴィヴィーノは妻を蹴り倒した。
メンバーたちは身を固くした。
遂に窓際に座る誰かが怒りに吠えた・・・ビデオが終わり、物語が終了した。
死んだ様な沈黙の後、全員が振り向いて、ミスター・ヴィヴィーノをショックの目で見つめた。
 最後にミスター・ベインブリッジが口を開いた。
「アル・・・アル、なんて事だ、君はキャシーを蹴ったのか?彼女を蹴ったのか?
一体君の中で何が起こった?」
ミスター・ヴィヴィーノは身を振り解くと、テレビに突進し、金切り声を上げた。
「そのテープを寄越せ!クソッタレテープを寄越せ!」
ミスター・ベインブリッジは一発、腹に拳をお見舞いした。
男が二つ折りになり膝をついたのを見てジャックはたじろいだ。
「そうは行かないな」ミスター・ベインブリッジが言った。
息を整えると、ミスター・ヴィヴィーノは自分の足で立ち上がった。
顔色は青く、汗をかき、いくらか小さくなった様に見える、唇を舐めると、素早く左右を見回した。
「ヘイ、みんな、誤解だ」
「見た通りなんだと思うが」ミスター・ベインブリッジは蔑む様な声で言った。
「俺たちは兵隊だ、アル。女と子供たちは戦闘員じゃない」
この言葉は他の退役軍人達に共感のコーラスを巻き起こした。
ジャックは理解した、戦友として、外地で戦った軍人仲間として今宵はスタートした。
今は夫として父親として、気分を害し、怒っていた。
「わかってるんだろうな?」ミスター・ベインブリッツは言うと
宣戦布告と言う様にミスター・ヴィヴィーノの面前に立った。
「今晩、家には帰らないことだ。そうしたら、多分キャシーに怒りをぶちまけるだろうから。
そう言うことならイヴリンと俺が行って、必要なら一晩中ついているとしよう」
ミスター・ビショップが前に出てきた。「信じられない。アル、信じられないよ!」
「ヘイ、お前らなんかにわかるもんか」
ミスター・ビショップは顔色を変えた。
「そんな事知りたくもないわ。キャシーがお前に接近禁止令を取れる様手配する。
そしてこのテープだが、明日一番で、ダイ・フスに提出する」
ダイ・フス?ジャックは考えた。
そして、わかった。家庭福祉局調査課だ。児童虐待として訴えるんだ。
「ノー!」ミスター・ヴィヴィーノは泣き声を出した。「そんな事はさせないぞ!」
これだけ聞けば十分だ。ジャックは立ち上がり、膝と手をはらった。
何と言えばいいのかな?任務完遂。
おかしな気分だ。自分の計画がうまくいけば、幸せな気分になり満足する筈と思ってた。
うん、完璧にうまく行った。ミスター・ヴィヴィーノの暴力が暴かれ、名声は泥にまみれた。
もうサリーやマムをぶったりする事はない。
でもどうして最高の気分にならないのだろう?

ジャックは上の空のでUSEDから自転車を引き出した。
正にクエイカートンロードに向かおうとして、タイヤをきしらせ急停車した。
見上げると寸前のところにベントレーのラジエーターグリルが見えた。
ウィンドウが開いて、中からお馴染みの声がした。
「私の車を凹ませる所でした」
ジャックは窓のところまで自転車を押していった。「ごめんなさい、ミスター・ドレクスラー」
とんがった顔が浮かび出た。
「あなたが足の骨を折ったら、新たな園丁を探さなければならない、なお悪いですな」
園丁・・・何を言ってるんだろう?
「説明していただくのは心苦しいんですけど」
「庭師の事を申し上げています。あなたの仕事の請求書をお待ちしておりますのですが」
「請求書って・・・領収書みたいなもんですか?」
薄い唇がカーヴして上向きになった。「正に領収書のようなものです。実際、いわば領収書です」
「おお、オーケー」ジャックは生まれてこのかた領収書なんてものを書いたことがないが、
親父に聞けばどうすればいいか知ってるはずだ。
ウィンドウが閉まり、車は滑り去った。
見送りながらジャックは、今ならロッジが空っぽなのがわかった・・・少なくともしばらくの間は。
そして、あそこに警報装置はない筈。
そして、あのピラミッドは暖炉のあそこに戻ってる。
そして、今日のジャックは運勢鰻登りだ。
それでも、ためらった。大きな一歩を踏み出す。
ロッジに忍び込むとなれば、法を犯し、逮捕の危険がある。
でも、自分とウィージーは誰よりもあのピラミッドに正当な権利がある。
それに、取り返せたら、ウィージーを、感情のジェットコースターから下ろしてあげることができる。そうなれば一安心だ。
やる、ジャックは思った。
今じゃなきゃ、いつさ?今晩の自分は無敵な気がする。
今だ・・・今やるっきゃない。
ジャックはピッキング・キットを取りに再びUSEDに向かった。

稲妻の音が轟く中、三人はロッジの裏手に着いた。
「何で歩きなんだよ?」エディがグズグズ言った。
「神がなぜ我らに自転車を与えたもうたか・・・歩かないでもいいようにだ」
「わからないのかしら」ウィージーが言った。「外に三台も自転車を停めておけないでしょ」
「おお、イェーイ。わかりきったことだよな」
ジャックが先に立った。ちょっと前にピッキングしに来た。
殊更それについては語らなかった、この特殊技術を持っているのを周りに知られたくなかった。
忍び込んで、自分のピラミッドを取り戻す・・・まだそこにあるならだけど・・・
ただウィージーと一緒にやる。
・・・一緒にやるんだ・・・
「わかるだろ?」ジャックは言った。「明かりは消えて、車はない」
「でもどうやって入るの?」
「わからない」裏の扉を指差した。「多分あっちは閉め忘れてる。
ミスター・ドレクスラーに聞いたろ。
ここにアラームはない、こんなところに盗みに入るやつがいるか?
忍び込むのにそう心配はいらなさそうだよ。ドアから行こう」
ウィージーがドアノブを掴み回すと扉は内側にスルッと開いた。
「どう?」
ジャックは最初にウィージー、それからエディを見た。暗闇で二人の顔が判然としない。
すると稲光が閃いた。
びっくりして飛び上がったが、その光ではっきりしない二人の表情が浮かび上がった。
「ヘイ」続く雷鳴の中で言った。
「ここに来たぞ。やっとここまで来た。ピラミッドがまだ中に入ったままか素早く確認するだけだ」 
「オーケイ」ウィージーが言った、声がこわばっている。「そうしましょう」
ジャックはエディの方を向いた。「一緒に来るのか?」
長いことあって、それから答えた。
「オーケイ、白スーツのガーガメル野郎に出くわさないと保証してくれるんならな」
「ミスター・ドレクスラー?」ジャックは笑い出した。
「絶対保証するよ」
「オーライ。でもお前らと行くとして、見に行くだけだぞ、
つまり、ロッジの中に入った子供なんて、一人も知らないからな」
「でも言いふらしちゃダメよ」ウィージーが言った。
「これは不法なことなんだから。みんなに迷惑をかけることになるからね」
「言いふらしたくなんてないね。
ただ内部に入って、こうだろ・・・何か言うのは自分にだけ、オーケー?・・・中にいるときはね。
だけどいよいよ君らのベイビー・ピラミッドをかっさらう時が来たら、そこで帰らせてもらう。
そこで何かする気はないからね」
「いいわ。なんだって。一緒に入って、出て行って、うちに帰りなさいよ」
 ジャックは中に入ると、USEDの懐中電灯をつけた。
扉を押さえてウィージーとエディを通してから閉めた。
他の二人もそれぞれの懐中電灯のスイッチを入れた。
「明かりは床にむけて置いて」ジャックが言った。
「誰かに明かりに気づかれたくない」キッチンに移動している時に窓に稲光が光った。
「来た」エディが言った。「やり遂げた」
ジャックは振り返った。「なんだよ?」
「ここに来たことだ、中に入った、これで十分だ。
君らはピラミッドを取りに行けよ。一抜けた。うちで待ってるぜ」
そう言うと振り返り後ろの扉から出て行った。雨が降り始めた。
 ウィージーの声が心なしか震えているように思えた。「行こ」
 ウィージーを連れてメインルームまで来ると、懐中電灯の明かりで暖炉を指し示した、
ピラミッドを見つけたところだ。
稲光が部屋を照らし出し、ウィージーが息を呑むのが聞こえた。
「あいつらここに戻して置いたんだ!ここなのね!ここにあるのね!」
「確かに」ウィージーは立ち止まると、ただ立ちつくし暖炉を見つめていた。
「行けよ。取ってきて。君のものだろう」
ウィージーは懐中電灯を手渡し、ジャックはそれを尻のポケットにいれた。
そしてウィージーが炉の中からピラミッドを取り出し、
赤ん坊でも抱くように腕の中で揺さぶっているのを見つめた。
一瞬眼差しを下に落としてからジャックを見つめた。泣いてるのか?
「信じられない」押し殺したような声で言った、泣き出しそうだ。
「取り返した・・・取り戻したんだわ。もう二度と手放したりしない」
ジャックにしても同じ気持ちだ。とりあえずとっとと、ロッジを出た方がいい。
「行こうぜ」歓喜に満ち溢れ、ジャックは懐中電灯の明かりを裏の扉に向けウィージーを誘った。
やったんだ。間違いない。今日はジャックの日だ。
 しかしキッチンに入った時、窓から明かりが差し込んできた。
しかし今度は稲光ではない・・・車のヘッドライトがロッジの裏でゆらめいている。
「おお、ノー!」裏口に車がとまるのを見て、ウィージーは叫んだ。「誰か来たわ!」
ジャックは窓に駆け寄ると外を覗いた。ベントリーを認めると膝の力が抜けた。
ミスター・ドレクスラーが戻って来た!
エッガースが雨の中車から出てくるのを見て、ジャックはウィージーの所に駆け戻った。
「ここら出なくちゃ!」
ウィージーの腕を掴むと玄関の間に戻ったが、扉には鍵がかかっている。
ダブルキー・デッドボルトを解錠してる暇はない。
 はまった!
「ジャック!」ウィージーが半ベソで言った。「どうするの?」
 選択肢は一つしかない。
「隠れるぞ」
 ウィージーは階段の方に引っ張っていったが、二階に行くのはやめた。
正にエッガースが来そうな場所だ。
地下室に続く扉を引っ張った、いつかウィージーが開けたやつだ。
ミスター・ドレクスラーは倉庫として使っている、と言っていた。
「こっち!早く!」
二人は狭い階段を降りて後ろ手に扉を閉めた。
ウィージーはジャックの背中にしがみついていた。震えているのがわかる。
「怖いわ、ジャック」
ジャックだって怖い、でもそうは言わなかった。
「大丈夫さ」そんな言葉を信じるのはとても難しかった。
「最悪の事態は何だい?ちょっと不法侵入しただけじゃないか、強盗じゃない。
何にも壊してない。何の証拠もないんだ、誰に告発される筋合いもないよ」
強いて優しく笑って見せた。「なんか言われるようなことはしてないさ」
ウィージーはジャックの腕を握りしめた。
「わかってないの?相手にしてるのは法的な相手じゃないのよ。セプティムス・オーダーよ。あいつらにはあいつらの法があるのよ」
ジャックは裏口の開く音を聞いた。エッガースの声だとわかった、ドイツ語で話してるみたい。
いや・・・ドイツ語で毒づいてるように聞こえる。
ジャックはウィージーの耳元に口をつけていった。「たぶん階段の一番下まで行った方がいい」
 懐中電灯をつけ、一緒につま先たちで下まで降りた。一番下まで降りた。
下まで着くと、懐中電灯の光で、大きな窓のないスペースをぐるりと照らし出した、
古い家具類でいっぱいになっている。
いつかミスター・ローゼンを連れてきたらどんなに喜ぶかと考えずにはいられなかった。
「オーダーが独自のルールを持ってるってどう言う事?なんで知ってるんだよ?」
「たくさん読んでるのよ。わかる筈よ。
誰も実際にここから出てきて何か言ったりしてないわ、
でもセプティムス・オーダーが自分達の事に質問しすぎる人間について
あまり芳しくない所業に及ぶと言うのを仄めかしてるわよ」
「どういう風に?」
「騒ぎを起こした者は単に姿が見えなくなるの。どこかに行ってしまうのよ。
消え失せてしまうの」
ジャックの皮膚が粟立ったが、気を取り直した。まさかミスター・ドレクスラーが・・・
 ミスター・ドレクスラーがどんな事をするか自分はわかってない。
言葉つきは柔らかで礼儀正しいけれど、いつも冷たくて何を考えてるかわからない。
あの人はオーダーの「アクチュエーター」だ。物事を動かす係。
もしジャックとウィージーが盗みに入ってるのを見つけたら、消そうとするんだろうか?
もう一度寒気を振り払った。気狂いじみてる。ただ・・・そんな事知りたくない。
 ちょうどその時、天井を踏み鳴らす音がした。エッガース・・・が誰かが上にいる・・・
何かに怒り狂ってる。ジャックは何に怒ってるのかわかり始めた。
「誰か侵入したとおもってるんだ」囁いた。
ウィージーがジャックの腕をぎゅっと掴んだ。「どうして?」
「裏口の鍵が閉まってなかったんだ。それに多分ピラミッドがなくなってるのに気がついたな」
ウィージーがさらに強く腕を握り締めてきた。
「下まで探しにきたらどうしよう?」
ジャックも正にそれを考えていた。
「隠れる場所を探そう」
 ウィージーの懐中電灯を尻のポケットから取り出して手渡した。
二人は一緒に家具のひしめき合った間の狭い道を歩き、人目につかなさそうな場所を探した。
ジャックは大きな衣装ダンスを見つけて扉を開けた。空っぽの中を懐中電灯でぐるりと照らし出す。
「ナルニアの気配はないな」ジャックは言った。
「だといいけどね」
ジャックはチラリとウィージーを見た。「二人入るに十分だな」
ウィージーは首を振った。「こんなところにいられないわ。ここはあんまり・・・」
「閉所恐怖症なのはエディだと思ってた」
「そうよ。でも、よりにもよってロッジの暗い穴蔵に隠れるなんて・・・
隠しおおせるとは思えない。音が聞こえて周りが見えるところに隠れたいわ」
 ジャックは焦りながら懐中電灯の光をさらにあたりに巡らせた。
衣装ダンスの後ろに背が低く横に広がった文机が置いてある、四角に漢字が描かれている。
後ろ側は革製のソファ、反対側は事務机にくっついており、一方の側だけが開いている。
下のスペースに光を当てた。
「ここの下はどう?膝を折って後ろ向きに座れば、なかなか見つからないと思うけど」
ウィージーは心臓が二つ打つ間考えて、頷いた。
「オーケー、でも先に入って」
いいとも。
 でもわかる・・・レディファーストの筈なんだけどな・・・蜘蛛でもいない限り。
膝をついて素早く点検した。黒後家蜘蛛が垂れ下がって来たりはしてない、
ただ埃の層が厚く積もり、蜘蛛の巣がある。ジャックが這って進み、ウィージーが続いた。
ジャックは懐中電灯を消し、ウィージーもそれに倣った。
間にピラミッドを置いて並んで座った、ひんやりした暗闇の中でぎゅうぎゅう詰めだ。
ウィージーは囁いた。「どう思う・・・?」
明かりがついた。
ウィージーはジャックの手を掴んで握りしめた。

待った。さらに待った。我慢の限界が近づいてきた・・・肉体的にも、精神的にも。
肉体的、と言うのは、ウィージーがあまりに強くジャックの手を握りしめているので、
指が痺れて来てしまったのだ。精神的には電気がついて、
そのまま明るいのに誰も降りてこないからだ。
 エッガースかミスター・ドレクスラーが階段の上に立って耳を澄ませているのか?
ジャックはウィージーに手を緩めてくれと言いたかったが、勇気が出なかった。
息もしたくないくらいだったが、そう言うわけにはいかない。
 ついに階段から足音が聞こえた。
誰かの重たい足音・・・エッガースだ・・・下までドスドスと降りて来て、通路をやってくる。
足音が近づくと、ウィージーはさらにきつく握りしめて来た。
ジャックは黒い靴と黒いズボンの折り返しがちょうどテーブルの真前で立ち止まるのを見た。
 エッガース。ミスター・ドレクスラーはいつも白いスーツだ、ジャックが最後に見た時も・・・
一時間にもならない。
 頭を動かすこともできず、ジャックは目の隅でウィージーを盗み見た。
顔色を無くし、目をぎゅっと閉じている。息もしていない。いや、ジャックだってそうだ。
脇の下に汗が湧き出すのを感じた。
 靴が動き出しても、ジャックは、部屋の反対側に靴が消えて行くまで、
止めていた呼吸をすることが出来なかった。それからゆっくり、本当にゆっくりと呼吸を再開した。
ウィージーも同じ事をしているのに気がついた。ウィージーは恐ろしい顔でジャックを見た。
 見つかったらオーダーにやられると本気で信じてるのか?
 そうなんだ。
 遂に、ほとんど永遠とも思える時間の後、足音は階段の上に戻っていった。
電気が消え、扉がバタンと閉まった。
 ジャックはウィージーがほっとしたように動くのに気づいた。
暗闇の中で素早くウィージーの顔に触り、唇を見つけると指を押し当てた。
わかったと言うようにウィージーが頷いた。ウィージーの手から指をそっと抜き去った。
それから、ウィージーの耳に唇を押し当てて、可能な限り小さな声で囁いた。
「喋らないで、動かないで」
ウィージーはまた頷いた。
 また永遠とも思える時間が経ち・・・多分十分くらいだったけど・・・思い切って囁いた。
「オーケー。本当に行ったと思う」
ウィージーが緊張するのを感じた。「どうしてよ」
「そうだな、おれだったら、中から明かりを消して扉を閉める。
それからじっとして、下で誰かの動きがないか聞き耳を立てるね」
ウィージーは息を吐き出した。「あなたみたいな相手じゃなくてよかった。
でもこれからどうする?」
「待つよ」
「いつまで?あいつがいなくなった、ってどうしたらわかるの?」
ジャックは言いそうになった、君は、いなくなったら、と言うけど、もう少し建設的な事を考えろよ。
「本当に静寂がおとずれて、裏口の扉の閉まる音が聞こえたらだよ」
 そんな音が聞こえるのかわからなかったけど。
壁は厚いし・・・雷鳴だってやっと聞こえるくらいだ。ジャックはじっと身を潜めていた。
ウィージーの方は震え上がっていた。

 ジャックには二十分以上と思える時間が経った。もしこんな緊張に満ちた状況でなかったら、
ウィージーとこんな風にくっついているのはいい感じだったかも。
向こうの方角からさらにいくらか足音がして、それからさらに十分して、
裏口の扉が閉まるらしい音がした。そして全ての音がしなくなった。
車が発車する音は聞こえなかったが、だからと言ってなんと言うことはない、
裏のドライヴウェイとこの場所を隔てるものを考えれば。やることは一つ。
 懐中電灯をつけた。
「待ってて。上を見てくる」
「だめよ、ジャック。まだいるかもしれないわ」
「そうだね、いるかも。でもずっとここにいる訳にはいかない」
テーブルの下から這い出すと、ウィージーに手を差し伸べた。「出てきていいよ」
ウィージーは懐中電灯をつけたが首を振った。「あなたが帰ってくるまでここで待ってるわ」
「オーケー。通りすがりにスイッチをつけていくよ」
「そうすべきだと思うの?」
肩を竦めた。「下には窓もない、外から誰に見られもしない。誰もここには来ない。
少し待ってて」
 希望的観測。
階段の一番上でスイッチを見つけたが、つけなかった。
まだだ。その前に一回の様子を覗かないと。
 床の高さまで屈んだ。扉の下から漏れ出る光はない。外は暗い。
 よし。
 ノブをつかみ出来る限りゆっくりと、いっぱいまで回した。
それから蝶番が音を立てないのを祈りつつ、扉を押し始めた・・・やはりゆっくりと・・・
端から扉の枠が見え始めた。
 やはり明かりの気配はない、では・・・
 左手から白い光が閃いて、ジャックは飛び上がった、すぐ後から雷鳴が轟いた。
外に滑り出る前に地下室の明かりをつけ、後ろ手に扉を閉めた。
ウィージーを下に一人残していくのは最悪だ、下になんて、でも少なくとも暗闇ではない。
 周りを見回した。人がつけた明かりの気配はないが、たびたび稲妻が閃いた。
土砂降りの雨が窓に当たっている。嵐の真っ盛りだ。一階は無人だが、二階についての保証はない。
暗い階段を覗き見た。上からも音や光はない。
 スニーカーを脱いで、靴下で裏口まで忍んで行った。
ベントレーがなくなってるのを見て安堵の溜息をついた。
 ミスター・ドレクスラーとエッガースは行ってしまった。
 だけど確実を期すため・・・バカみたいだけど、ジャックは階段をゆっくりと登り、
素早く注意深く、二階をひと回りした。稲光がチカチカするホールを彷徨いながら、
ホラー映画のいろんなシーン・・・特に暗い廊下から誰かが飛びかかってくるようなシーン・・・
が頭の中をぐるぐるした。しかし捜索しても・・・望んだ通り、何もなかった。
 もうコソコソする必要はない、一階まで駆け降り、地下室の扉を開けた。
「ヘイ!ウィーズ」呼びかけた。「何にもなし!」
答えがない。
「ウィーズ?」
やはり答えがない。
おお、神さま、おお、ノー。
 血が血管の中で固まってしまったような気がして、スニーカーを履き直すと、
明りのともった地下室へ滑り降りた。
「ウィーズ?」
二人で隠れていたテーブルに駆け寄ると下を覗いた。懐中電灯とピラミッドはあったが、
ウィージーの姿はない。
「おお、ゴッド・・・ウィーズ!」
「ここよ」後ろから声がした。
 振り返るとテーブルの反対側からウィージーの頭が飛び出している。
「やめてくれよ!」
 ウィージーは不思議そうな顔をした。
「何もしてないじゃない」這い出てくると埃まみれの手をはらった。
立ち上がり、今出てきたところを指し示した。「何を見つけたか見てよ!」
ジャックは膝をつき、鉄で縁取られた分厚い半円がコンクリートからつきだしているのをみた。
「なんだこれ?」
「待ってる時に見つけたの。ハンドルみたいね」
ジャックはウィージーを見上げた。「ハンドル?何の・・・?」
「テーブルを動かすの手伝って」
ジャックは立ち上がると、二人でそこから家具をどかし、通路に並べた。
場所が空くと、ジャックは床の上の長細い溝を見つけた。
埃を拭き払いハンドルの反対側に継ぎ目があり、蝶番が嵌め込まれていた。
それが何かはっきりわかった。
「落とし戸だ!」
ウィージーは頷いた。「そう思ってたとこ。叩いたらわかったわ」
ジャックが表面を拳でトントンすると、深く恐ろしげな音が響き渡った。「鉄だ」
「そう」ウィージーは興奮で震える声で言った。「コンクリートみたいに見える様にしてるのね」
ジャックは身を屈め、確かめた。
埃が山盛り、溝には汚れた砂が入り込んでおり、もう長いこと開けられていない。
輪っかを掴んで引っ張った。扉は動かない。背中を押しつけてみたが同じだった。
「手を貸してよ」
ウィージーも一緒に引っ張ってみたが、ダメだった。
「鍵がかかってるだと思う」ウィージーが言った。
ジャックは汚い表面を調べた。
「そうだとしても、向こう側からってことになるぞ、だって鍵穴がないもの」
「絶対開けなきゃ、ジャック。明らかに秘密の空間よ、
どのくらい開けられずにいたかわからないくらいの。何か隠されているとしか考えられない。
古代の書物、とんでもない装置とか、秘密とか!」
ジャックは目を輝かせるウィージーを見つめた、その気持ちが現されている。
「オーケー・・・どうする?」
「わかんない、でも・・・ヘイ、何かあるわ」
ウィージーは落とし戸の上の浅い窪みの上の泥を払い落とし始めた。浅くははなかった。
泥が限りなく出てくる。落としきると、窪みのきわがわかるようになった。
「ジャック、六面よ!一点に向かってつぼまってるんだと思うわ!」
ウィージーの手が震え始めた、ジャックは手を貸した、そして・・・
「その通りだ・・・大きさも形も同じ・・・だと思う?」
ウィージーは既にこっそりピラミッドを握っていた。
「そうよ!ハマるはずよ!そうよ!」
 ジャックは六角形の窪みから残りの泥を吹き飛ばし、ウィージーからピラミッドを受け取った。
尖った方を下にしてくぼみにはめると、身を起こした。
「まずまず完璧にはまった」
「ジャック・・・」聞こえるか聞こえないかの声だ。「鍵なんだと思う」
 ピラミッドの上部四分の三がくぼみにはまり、基部の六角形が突き出した形になった。
ジャックはそばに寄り、窪みの周りにぐるりと溝が走っているのに気がついた、
鍵穴に差し込んだ時と同じだ。
「君が正しいらしい」
ジャックは基部を掴み回そうとしたが動こうとしない・・・
時計回り、逆時計回り、うまくない、ウィージーに頼んでもダメだ。
「固まっちゃってんだ」周りを見回した。「もう行った方がいい。
ここにいる間ラッキーが続いたけど・・・」
「ふざけてるの?」ウィージーが言った、声が一オクターヴ跳ね上がった。
「あいつらは行っちゃったの、わかる?」
「まあ、そうだね」
「だからこの扉を開けるまでどこにも行きません」
議論しても無駄だと悟った。
「オーケー、ただ・・・」
「ちょっと待って」そう言って懐中電灯をつかんだ。
「内側に何か見えたの、きれいにしてる時に」
ピラミッドを外すと、くぼみに光を当てた。平でない場所が現れ、
ウィージーの手の中で懐中電灯が震えた。「見覚えない?」
ジャックは身を屈めて見ると、すぐに気がついた。
「ピラミッドにあったシンボルだ。なら、ここにはまるんだね」
「そう、でもたぶん決まった向きがあるのよ・・・記号を合わせるの」
という訳でやってみた。ピラミッドの六つの面の記号とくぼみの面の記号と。
しかしジャックがもう一度試しても回ろうとしなかった。
「これでいいのに!」ウィージーが叫んだ、ヒステリックな声になっている。
「こびりついてるのよ!」
ウィージーは立ち上がりピラミッドの底をスニーカーで踏みつけた。
「ヘイ!」蹴り続けているので、ジャックが言った。「何してるんだよ?」
「何かこびりついてると、うちのパパはこうするのよ。そしたら・・・」
もう二、三発蹴って、ウィージーはジャックの横に膝をつき、二人でピラミッドを回してみた。
 時計回りに動いた。
「感じた?」ウィージーが叫んだ。
ジャックは頷き、さらに力を込めた。さらに動いた。それからさらに。
ジャックとウィージーは唸り声を上げた、歯の間から息が漏れた。
カチ、と言って何かのメカニズムがはずれ、ピラミッドは急に九十度回った。
それからさらに九十度。その後は最後までどんどん回せた。
「いったんじゃないかな」ジャックが言った。「それで?開けるのかい?」
ウィージーは頷いた。目が輝いている。「冗談でしょ」
 ジャックはマウンドの事を思った、あそこから全てのトラブルが掘り起こされたんだ。
今度はこれだ。オーダーは一体どんな秘密を隠してるんだろう、
この落とし戸、ピラミッドの持ち主だけが開けることができるのだろうか?
それを知りたいのかどうか、ジャックにはわからなかった。
この戸の後ろに何があるか見極めるまでは、ここを立ち去ることはできないのも確かだ。
「オーケー。三つ数えるぜ」二人一緒にハンドルの輪を掴んだ。「いち・・・に・・・さん!」
十一
「信じられない」
ウィージーがこう言うまで、ジャックはここに立って、
どのくらいの間、この暗いホールを見つめていたか分からなかった。
溜め息をついた。「ああ。この地下のホールを見たら、何もかもどうでもよくなる」
しゃがみ込んで細長い空っぽの空間を見た。「よくならないかもしれないけど」
 懐中電灯を掴むと、開口部に向けた。十フィート下に、石だか泥だかの広がりがある。
ウィージーはジャックの傍らで背伸びして辺りを見回した。
「地下二階ってとこね」ウィージーが言った。「でも階段がないわ」
さらに懐中電灯の光を開口部に当て、ジャックはあたりをぐるりと照らし出し、何かを見つけた。
「ヘイ。階段だ。それ的なのがあるよ」
ウィージーの足元に石の壁があった。
表面に深い刻み目が掘り込まれていて、はしごのような機能を果たしているようだ。
「見に行って来る」ジャックが言った。
「安全だと思う?」
ジャックはウィージーを見た。
「つまり、誰か、あるいは何かが下にいる、って事?扉を見たろう。長年開けられてないぜ」
肩を竦めた。「そうは思うけど。その・・・暗いって事よ」
ジャックはにっこりして懐中電灯を掲げた。「だから持ってきたんだろ」
 下に降りたいのか、自分でもはっきりしなかった。多分単に、そこにそれがあるから。
こんなチャンスは二度とない、と思えるのもあるかもしれない」
理由がどうであれ、この暗闇に引き寄せられる気がした。
 尻のポケットに懐中電灯を突っ込み、スニーカーが刻み目を捉えるまで、そろそろと足を伸ばした。それはまるでクライミングで梯子を降りていくような感じだった。
 下まで降り切ると、スニーカーの下で少し水飛沫があがった。
最初思っていたより、下には水がある。古いコンヴァースで来てよかった。
「何か見える?」
 ウィージーは段の一番上に膝をついて、ジャックの方を覗き込んでいた。
ジャックは周りを見回した。正面は石の壁、背後も石の壁、左右に暗闇が広がっている。
「何か、通路みたいにみえるな」
 懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れて右に向けた。
それほど遠くないところに三番目の壁があった。
ひび割れて剥がれ落ちており、水が染みて割れ目から染み出している。

 目を閉じて、ロッジの中の自分の立ち位置を探った、
西の壁の下を越えたあたりにいるのがわかった。その壁は湖の土手のすぐそばにある。いつもなら、ちょうど水面の高さだと踏んだ。でも今は水位が高くなっているから水面より低くなっているに違いない。これは湖の水が染み出しているんだ。
後ろに戻って、ウィージーが残してきた場所で自分の方を見下ろしているのを見つけた。
「この後ろは行き止まりで何もない。あっちをチェックしてみるよ」
 二十フィートも歩いたか、光線が壁に立てかけてあるものを捉えた。一瞬、その形状が何だかわからなかったが、わかった時、ウィージーに見せるべきだと思った。
 シャフトからロッジの地下室からの明かりが照らす場所まで戻った。
「ウィーズ!なんか見つけた!」
「何?本、巻物?何?」
「見に来るべきだ。保証する」
一瞬だけ躊躇い「行くわ」懐中電灯を掴んだ。「受け止めてね」
懐中電灯を受け止めると、見る間に、何千回もしてるみたいに
ウィージーはするすると壁を降りてきた。
「うまいねえ」
ウィージーはにっこりした。「あのすごいジャングルジム・・・覚えてる?」
ジャックは頷いた。ウィージーは小さい時、ものすごく体が柔らかく、敏捷だった。
男子たちは殆どついて行くことができなかったっけ。
懐中電灯を受け取りスイッチを入れた。
「さて、私が見るべきものはどこ?」
「こっちに来て」
十一
「信じられない」
ウィージーがこう言うまで、ジャックはここに立って、どのくらいの間、
この暗いホールを見つめていたか分からなかった。
溜め息をついた。「ああ。この地下のホールを見たら、何もかもどうでもよくなる」
しゃがみ込んで細長い空っぽの空間を見た。「よくならないかもしれないけど」
 懐中電灯を掴むと、開口部に向けた。十フィート下に、石だか泥だかの広がりがある。
ウィージーはジャックの傍らで背伸びして辺りを見回した。
「地下二階ってとこね」ウィージーが言った。「でも階段がないわ」
さらに懐中電灯の光を開口部に当て、ジャックはあたりをぐるりと照らし出し、何かを見つけた。
「ヘイ。階段だ。それ的なのがあるよ」
ウィージーの足元に石の壁があった。表面に深い刻み目が掘り込まれていて、
はしごのような機能を果たしているようだ。
「見に行って来る」ジャックが言った。
「安全だと思う?」
ジャックはウィージーを見た。「つまり、誰か、あるいは何かが下にいる、って事?扉を見たろう。
長年開けられてないぜ」
肩を竦めた。「そうは思うけど。その・・・暗いって事よ」
ジャックはにっこりして懐中電灯を掲げた。「だから持ってきたんだろ」
 下に降りたいのか、自分でもはっきりしなかった。
多分単に、そこにそれがあるから。こんなチャンスは二度とない、と思うのもあるかもしれない」
理由がどうであれ、この暗闇に引き寄せられる気がした。
 尻のポケットに懐中電灯を突っ込み、スニーカーが刻み目を捉えるまで、そろそろと足を伸ばした。それはまるでクライミングで梯子を降りていくような感じだった。
 下まで降り切ると、スニーカーの下で少し水飛沫があがった。
最初思っていたより、下には水がある。古いコンヴァースで来てよかった。
「何か見える?」
 ウィージーは段の一番上に膝をついて、ジャックの方を覗き込んでいた。
ジャックは周りを見回した。正面は石の壁、背後も石の壁、左右に暗闇が広がっている。
「何か、通路みたいにみえるな」
 懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れて右に向けた。
それほど遠くないところに三番目の壁があった。
ひび割れて剥がれ落ちており、水が染みて割れ目から染み出している。
 目を閉じて、ロッジの中の自分の立ち位置を探った、
西の壁の下を越えたあたりにいるのがわかった。その壁は湖の土手のすぐそばにある。
いつもなら、ちょうど水面の高さだと踏んだ。
でも今は水位が高くなっているから水面より低くなっているに違いない。
これは湖の水が染み出しているんだ。
後ろに戻って、ウィージーが残してきた場所で自分の方を見下ろしているのを見つけた。
「この後ろは行き止まりで何もない。あっちをチェックしてみるよ」
 二十フィートも歩いたか、光線が壁に立てかけてあるものを捉えた。
一瞬、その形状が何だかわからなかったが、わかった時、ウィージーに見せるべきだと思った。
 シャフトからロッジの地下室の明かりが照らす場所まで戻った。
「ウィーズ!なんか見つけた!」
「何?本、巻物?何?」
「見に来るべきだ。保証する」
一瞬だけ躊躇い「行くわ」懐中電灯を掴んだ。「受け止めてね」
懐中電灯を受け止めると、見る間に、何千回もしてるみたいに
ウィージーはするすると壁を降りてきた。
「うまいねえ」
ウィージーはにっこりした。「あのすごいジャングルジム・・・覚えてる?」
ジャックは頷いた。ウィージーは小さい時、ものすごく体が柔らかく、敏捷だった。
男子たちは殆どついて行くことができなかったっけ。
懐中電灯を受け取りスイッチを入れた。
「さて、私が見るべきものはどこ?」
「こっちに来て」
懐中電灯を遠くに向けて、ウィージーに通路の先を示した。光がすぐに目的物を捉えた。
「あれだ。あれがなんだかもうわかったろ?」
それがなんだかわかる前に、すでにそこに立っていたのだ。
ウィージーの歩みがだんだん遅くなり、数フィート手前で立ち止まった。
「セプディムスの印章みたいね」
「そう。あの印章さ。でもこんなのは初めて見たよ」
他の印章は円形の基盤の上に彫り込まれたり、型にはめこまりたりしてあった。
これは印章だけだ・・・六フィートの高さ、ジャックの目算では・・・通常の石や石膏とは違う。
ウィージーは前に進むと、埃の積もった表面を指でなぞった。
「これは・・・」
ジャックも同じことをして、ウィージーの考えている事がわかった。
埃の下の表面は滑らかで黒光りしている。
畏敬の念に囚われウィージーの声がかすれた。
「私たちのピラミッドと同じよ!」角の部分のざらついた面を指でなぞった。
「でも、下の部分は全部壊されてるわ」
「上のところだけは別だ」ジャックは懐中電灯で照らしてみた、
残っている部分にある文字列がすぐにわかった。「ヘイ、ウィーズ・・・」
「わかってる。ピラミッドと同じ七つの象形文字・・・なんの意味かしら?
なんて言葉?玄関にあるみたいな他の印章にはどうしてないのかしら?」
「たくさんの問題提起だね、ウィーズ。もう少しある。
例えば、他の部分には何が書いてあったんだろう?
そして、ミスター・ドレクスラーはどうして自分の杖に、そのうちの一つを記してるんだろう?」
ウィージーはジャックを見つめた。
「この印章、扉のロック機能からして、このピラミッドの真の持ち主が誰かについて、
疑問の余地はないわね」
ジャックはため息をつくと渋々頷いた。「ああ。ロッジの持ち物だ」
 最悪。
「ここに置いていけ、って思ってるんじゃないよね?ありえない。発見者が所有者よ、
見つけたのは私だし」ウィージーの表情は凶暴になり、声が高くなった。
「絶対に、もう、二度と手放さないわ!」
「オーケー、でも・・・」
「それにしてもここは何なの?」そう言うとあたりを照らし出した・・・急に態度が変わった。
持っている懐中電灯と同じに、すぐ方向が変わるようだ。
「壊れた印章を保管するためだけにこれだけのものを作ったとは信じられないわ。私・・・」
口をつぐんだ、懐中電灯の光が通路の左の彼方にある暗い長方形を捉えたのだ。
「まさかあれって・・・」
「ああ」ジャックはそっちに向かいながら言った。「戸口だ。見に行こう」
そうだ、石の壁に戸口がある、扉はない。
その少し右にもう一つの開口部がある、少し小さめで胸の高さにある。
「なんか、窓みたいに見えるね」
「そんなバカな」ウィージーが言った。「誰が地下室に窓なんか作る?」
ジャックは中を照らした、さらに壁があり、別の戸口のようなものがある。
中に入るとところどころ壊れた石の天井があった。石の瓦礫があたりに散乱している。
二つ目の戸口を通り抜けると、また別の部屋があった、そこはさらに多くの瓦礫でいっぱいだった。
「わかるかしら・・・」ウィージーがすぐうしろからいった。「まるで家みたいね」
「まさにそう思ってた。とっても小さいけど、家だ」通路に戻ってさらに進んだ。
何かが壊れたらしい、瓦礫と泥でいっぱいの場所を通り過ぎた。
すると右手に別の小さな家に続く戸口が現れた。
さらに進むと大きな通りと交差するところに出た。
ジャックは交差点の中央に立ってグルリを見回し、四方を明かりで照らした。
後ろは、来たところ、落とし戸から明かりの差し込んでいる。
他の三方は暗いが、まだ戸口や窓があるようだ。
「オマイゴッド」ウィージーが言って、ジャックの方に向き直った。
「これが何だかわかる?」
「これは・・・これは、まるで街だね」
「そうよ!ジャック、私たち、埋もれた街を発見したのよ!」
「誰が街を埋めたんだろう?」
「埋めた、と言うより、上に建物を建てたの。古代都市トロイを考えてみて。
考古学者達は街が八層になっている、と思ってるわ、
一つの都市の上に、時代が変わると別の都市、また別の時代に別の都市と言う風に。
レイヤー・ケーキね。
イギリスのヨークは古代ローマの都市の上にあるわ、
ローマとロンドンは前時代の市街地の上に建てられているのよ」
ジャックは辺りを見回した。
「それじゃ、おれたちは、君がいつも話していた、パインズの失われた都市にいるって言うんだね?」
「イエスでもあり、ノーでもあるわ。ここは古代初期の居住地だと思う。
多分この人たちがパインズのはずれにある巨石のピラミッドを建てたのだわ。
そのうちいつかの時代に、オリジナルのクエイカートン・・・オールドタウンって呼んでる所ね・・・がその上に建設されたのよ」
ウィージーはスヌーピーがハッピーダンスでもするようにぴょんぴょんした。
「すごいわ!すごい!隠された歴史の一部だわ!」
 ジャックはここがどんな風に建築されているかと見回した・・・
通路は皆、石造りの屋根で覆われている。
「さて、この通りをその人たちが行き来してたなら、なんで屋根をつけたんだ?
つまり、古代の商店街みたいなもんだろう」
「多分、誰か、もしくは何かから隠れてたんじゃないかしら」
「例えば?」
ウィージーは肩を竦めた。「わかる訳ないじゃない?」
「こういう事はなんでも知ってると思ったんだ」
「パインズについて書かれた本にあったことばかりよ、
失われた都市について書かれてたわ、でもこんなもののことはなかった。
ヒントもなかったわ。全然よ。おお、神さま、ホントにすごいわ!」
二人はしばらく黙って立ち尽くしていたが、方向を変えて通りの先を照らし出した。
「それじゃ」ジャックは最後に自分の明かりをウィージーに向けて言った。「どうしたい?」
「探検したい・・・そうなの。こんなチャンスは二度とないわ」唇を噛んだ。
「でも震え上がってるし、ものすごく怖い・・・」
「なにが?」
「誰かが地下に降りてきて、戸口が開いてるのを見て、閉めちゃうかも」
ジャックの下腹が捩れた。
たどってきた元々の道を振り返り、暖かな光が天井から射し込んでいるのをみて胸を撫で下ろした。
「どうしてそんな事を言うんだよ?なんで言うかな?
そしたら、その事を考えない訳にいかなくなるじゃん」
「ごめん、私のただの最悪の悪夢なだけよ」
「そうなんだ、どうもね、君がおれに吹き込んだんだぞ。ここから出よう」
ウィージーが答える前に、ジャックの耳に甲高い音が聞こえた。
ジャックはウィージーの腕を掴んだ。
「聞いた?」
ウィージーはこくり、と頷いて、彫像のように立ち尽くした、
心臓が一つか二つ打つ間に、音の高さとヴォリュームが上がったり下がったりした。
ウィージーは目を閉じた、まるでうっとりしてるかのように見えた。
「これはツアーの時に聞いた音よ。声だと思う」
そう言われると、声のように聞こえてくる。
突然喘ぎ声をあげ、ウィージーは目をパッチリと開けた。
「ジャック、あれは子供の声よ!」
十二
もうしばらくの間、集中して耳を傾け、ジャックは同意した。猫の声じゃない。
「そうだね。子供の声みたいに聞こえる」小さな子供がひどく怖がっている。「コーディ!」
「おお、ノー!」ウィージーは言った。
「ドレクスラーが誘拐してここに閉じ込めたって言いたいの?」
ミスター・ドレクスラーは変わってて気味が悪いけど、ジャックはそうは思わなかった。
「考えてごらんよ、おれたちが通った入り口・・・
長い時間があって、開けたのはおれたちが最初だった」
「オーケー。じゃああの人じゃないんでしょう。
でもコーディだとして、どうやってここに降りてきたの?」
「わからないさ。たぶん、どこかから落ちて出られなくなったんだよ。
その事はあとで考えよう」ジャックは口の周りに手を当てて叫んだ。「コーディ!」
二人はしばらく立ちつくし、口を閉じて、待った。
すると聞こえてきた・・・かすかに、遠くから、さらに高いピッチで、しかし間違いなく。
「ハロー?誰かいるの?ハロー?」
ジャックは快哉をさけびそうになった。生きてた!コーディは生きてた、二人が見つけたんだ。
「聞いてるよ。コーディ!」ジャックが呼びかけた。「助けに来たぞ!喋り続けてくれ!」
しかし話し続けるのをやめてしまった。
コーディは泣き始めた、その声の中の安堵と恐怖がジャックを切り裂いた。
ウィージーの腕を掴んだ。「行こう」
 しかし握り返してこなかった、そして肩越しに振り返った。
ジャックはその視線を追った、そして落とし戸から差し込む光を見た。
誰かがあそこを閉めてここに閉じ込められる恐怖の事を思い出した。
・・・私の最悪の悪夢・・・
 そうだ、でもコーディを置いて行く訳には行かない。こんな酷い目に遭って来たんだ。
ウィージーに懐中電灯を渡して、言った。「ここにいて」
落とし戸に駆け戻った。行く道すがら予想外の水に遭遇した。
染み出し、溜まり、最初のドア口まで迫って来ている。
落とし戸の梯子部分の下まで来ると足首の深さになって、スニーカーが浸って冷たくなった。
向こうの石垣からさらに雨漏りしたのか、それとも元々の雨漏りが増えたのか。
 地下室まで急いで梯子を登り、落とし戸をチェックした。
戸を持ち上げた例のピラミッドははずれて落ちていた。
椅子を引っ張って来て、戸を持ち上げで端を椅子に引っ掛けた。
それから刻み目にもう一度ピラミッドをはめて、回し始めた。ほんの少しの力で開けることが出来た。
回しながら三つのラッチを観察する・・・上、下、横・・・滑って開く。
ここしかないんだろうな、と思った。
メーン、この下の通路に人が入らないようにしておきたかったんだな。
 それから思いついた。それとも下にいる何かが上がって来られないようにしたかったのか?
 そんなこと考えるな、自分に言い聞かせた。
 刻み目からピラミッドを外した、
戸を元に戻し、自分の細工をチェックする。ラッチが飛び出していれば、戸を閉める事は出来ない。
そしてピラミッドがなければ・・・ジャックが持ち歩くつもりだから・・・
ラッチを元に戻す事はできない。
 少なくとも、もちろん、もう一つ別のピラミッドがなければだけど。
 そんな風に考えるな、ジャックは思った。
 戸口をくぐり抜け、通路へと梯子を降った・・・
・・・今や水は足首の上一インチまで来ている。
よろしくない。石垣からの水の染み出しは激しくなってる。それがどんどん進んで・・・
 一番考えちゃいけない事だ。
 コーディを見つけ出して、一刻も早く連れて出る。
助けを呼んでくることも考えたが、時間がかかりそうだ。
二人でコーディを探すのにどのくらいかかる?五分かな。
その後の五分で梯子まで連れてくる。かわいそうなあの子は待ちすぎるくらい待っただろう。
 水飛沫を上げてウィージーの元に戻り、ピラミッドを見せた。
「もうこれで誰にも閉じ込めることは出来ないぜ」交差点の真ん中にピラミッドを置いた。
「それから戻ってくる時の目印にもなる」
「どこにいるの?」遠くからかすかな声が叫んでいる。「まだそこにいる?」
「行くぜ、コーディ!」ジャックが呼びかけた。
「その場所で、ハロー、と声を出しててくれ。見つけるから」ウィージーを見た。
「オーケー、行って、あいつをつかまえよう」
 ウィージーは頷いて、左を指差した。「あっちみたい」
ジャックもそう思ったので、二人で左の道をとった。
 早足で百フィートほど進むと次の別れ道に出た。
T字路になっていて、右に道がのびている。コーディの声はそっちの方からするようだ。
ジャックは指差して、そっちに向かい、立ち止まった。
振り返ってきた道を見ると暗闇に包まれている。
「ヘイ、道に迷うぜ」
「私は迷わないわ」ウィージーが言った。
「あなただって、私と一緒にいる限りは大丈夫よ」
その通り。ウィージーは道に迷うことがない。
パインズのどの抜け道でも必ず帰り道を探しだす。でもここは違う。
「ほんとに?ここはバレンスとは違うぞ。空は見えない。太陽も星も君を導いてくれない。
あかりさえないんだぞ」
ウィージーは額をトントンと叩いた。
「どう言った訳だかわからないけど、ここにアップされるのよ。
一度通った道は覚えてるの。いつも来た道を帰る事ができるのよ」
記憶についてはそれだけではなかった。
この写真を撮るような記憶力で、一度読んだ本は忘れない。ジャックはそれが羨ましかった。
「オーケー。頼りにしてるよ」
二人は道を急いだ、天井から落ちてきた石や泥のせいで手間取った。乗り越えながら先に進んだ。
「心配な事がまだあるんだけど」ウィージーが言った。「もしコーディじゃなかったら?」
「他の誰かって事がある?行方不明になってるのはあの子だけだよ」
「でも、もし子供じゃなかったら?何か別のものだったら?」
「おお、ジーズ。そう言うのやめてくれる?何か別のものって何だよ?」
「あのね、何かがパインズにいるのは知ってるでしょ、人を追いかけてくる何か・・・
個人的にも体験したじゃない」
「オーケー、まさにね。でもあれは熊だよ」
「あなたは熊だって言うけど、はっきり見たわけじゃないのよ」
「熊だったよ、ウィーズ」
 そうだよ。
「でももしも別のものだったら・・・
怖がってる子供の真似をしてあなたを誘導する能力がある何かだったら?」
「ウィーズ。おれたちに話しかけて、るんだぜ。聞けよ」
「どこか前方から子供の声が繰り返し聞こえる。「ハロー?・・・ハロー?・・・ハロー?」
「わかってるわ、わかってる、ただ・・・」
また交差点に来た、ウィージーは立ち止まってぐるりと回った。
「何だかわかる?」ウィージーが言った。
ジャックはなんのことだかよくわからなかった。「何が?」
「覚えてるかな、ピラミッドの入ってた黒い箱、中に交差するパターンが刻まれてたでしょ?」
「うんうん。なぞって、うつしてたよね」
「あれね、何を表してるのかって、ずっと考えてたの。
言いたいのは、ランダムについてるんじゃなかったのよ。
何かの形の格子柄なの。これは街の地図じゃないかって考え始めたわ」
「ここの?」
頷いた。「そう。確信はなかったけど、でも・・・ヘイ!」足を噛まれかのように飛び上がった。「何・・・?」
ジャックは懐中電灯を下に向け、水がスニーカーの周りで渦巻いているのを眺めた。
気がつかなかった、スニーカーはずっと前から水に濡れていたから。
「よくないな」ジャックは言った。「ともかくもよくない」
「何が起こってるの?」
「湖だ・・・染み出してるんだよ」
ウィージーの声が一オクターヴ高くなった。「これが染み出してるって言う?」
「オーケー。決壊し始めてるんだ」
「でもジャック、気がついてた?少し上り坂になってたのよ。
と言うことは、入ってきたところはもう、もっと深くなってるのよ」
「ハロー」小さな声が聞こえた。「まだそこにいる?」
「今行くよ、コーディ!」ジャックは呼びかけると、ウィージーを見た。「急いだ方がいいね」
ウィージーが言った。
「ありがとう、キャプテン。明らかにね」だが調子に、いつものキレがなかった。
 心配してるから。ジャックは思った。
 懐中電灯を前に向け、小走りになった。
屋根が崩れているエリアに突入し、スピードが落ちたが、進み続けた。
 交差点まで来ると、さらにはっきりした声が右から聞こえて来たので、そっちに方向転換した。
しかし、二十フィート進んで・・・
「うええ!」ウィージーが言った。「何この臭い?」
鼻の穴に腐ったような臭いが飛び込んで来て、二人は立ち止まった。
二人とも鼻と口を手で覆った。昨晩パインズで嗅いだのとは違う臭いだった。
「何かが死んでるみたいな臭いだ」ジャックが言った。
ウィージーは探るように一歩踏み出し、左側の戸口を指差した。
「あそ・・・あそこから臭ってくるみたい」ジャックを見た。「何だか見て来てよ」
ジャックは最初、なんで君が行かないんだよ、と言おうとしたが、思いとどまった。知りたい。
もしコーディがこの廃墟を彷徨っているなら、
同じように何物かが同じように彷徨っていたのかもしれない。
ここで悪臭を放っているものは、出られなくなって飢えて死んだんだろう。
コーディだって、自分達が連れ出さなければ、同じ運命を辿っていた。
ジャックは戸口に懐中電灯をあてながら、近づいたが、剥き出しの床と壁しかない。
戸口まで来ると、顔にパンチを食らったような臭いがして来た。鼻を覆うくらいじゃだめだ・・・
臭いが口中に広がり、猿轡をはめられたようだ。
 恐る恐る中に足を踏み入れる、光を左に・・・何もない・・・右に・・・
 ジャックはショックのあまり凍りついた、片隅に積まれた骨の山・・・
古い骨、新しい骨、まだ肉片のこびりついたひと組み、動物の骨、人間の骨、
おお、そうだ、それが人間の骨だと確信があった、
写真で見たこともあったし、学校の生物教室に、実物大のプラスチックの頭蓋骨もあるのを見ている、見間違える筈がない、目の前にある二つの頭蓋骨は人間のものだ、
そして、パインズのピラミッドの檻の中で見つけたものと全く同じ、
頭の上に齧り取られた穴が空いていた。
十三
ジャックは後ろ向きに転がり出ると、ウィージーにぶちあたり、
危うくノックダウンするところだった。
「ジャック!一体・・・?」
「骨だ!」ジャックは喘ぎながらなんとか息を整えようとした。
「百・・・百万もある!食われたやつ・・・
何かが動物や人間を殺して、ここに運んで来て食ったんだ!」
マーシー・クレークの名前が頭をよぎった。彼の骨もここにあるんだろうか?
「人間の?」ウィージーは後退りして水溜りに突っ込んだ。「おお、ノー!」
水が追いかけて来ている。
「ハロー?」コーディの声が聞こえた、さらに近い、
二人の右手のどこか、ちょうど骨がうずたかく積まれた山の向こうのほう。「まだそこにいるの?」
ジャックは答えようと口を開けたが、ウィージーが言っていた、
子供の声で誘う何ものか、の事を思い出した。
アンコウがくねるルアーを見せびらかして、無防備な獲物を鋭い歯の生えた巨大な口の前に
引き寄せていく、だんだん近く、だんだん近く、そして・・・
「コーディ!」呼びかけた。「君の苗字は?」
「ボックマン!どこにいるの?」
ジャックはウィージーの方をチラリと見た、自分と同じようにホッとしているみたいだ。
「喋り続けるんだ、コーディ!」ジャックは叫んだ。
 二人は岩と泥が積み重なっている場所を越えていった、すると戸口が現れ、
小さな男の子が、泥まみれで、ほおには涙の跡がある、懐中電灯の光の中で目をぱちくりさせていた。ジャックが最後に見た時とは違って見えた。
金髪はかたまり、顔色は真っ青、目は落ちくぼんでいたが間違いない。コーディ・ボックマンだ。
「だ、誰なの?」啜り泣きながら、奥に引っ込んだ。
ジャックは理解した、顔に真っ直ぐ懐中電灯の光を当てたので、子供には光しか見えなかったのだ。
ジャックは懐中電灯をおろしウィージーと一緒に戸口から滑り込んだ。
「ヘイ、コード。おれだよ・・・ジャックさ!」
「ジャック?」駆け寄って来た。「ジャック?」
コーディはジャックの足に両手を投げかけ、まるで溺れた船員みたいに絡みついた。
 中は臭かったが、後ろの通路に骨の山みたいなものはなかった。
光を走らせると、りんごの芯とか、食べ物の滓・・・
それと、ジャックのフリスビー、エディのスタートレックのエフェクター、
ヴィヴィーノ家の裏庭で見たピンクのビーチボール、その他たくさんのおもちゃが転がっていた。
 何でここに?
「お家に連れて帰って欲しい?」ウィージーがコーディの前にしゃがんだ。
「とっても」ウィージーに抱きつくと啜り泣いた。
「大丈夫よ、大丈夫よ」ウィージーはなだめるように言うと傍のジャックを見たが、
ジャックは見ていなかった。「家族のところへ連れて帰ってあげるわね」
「あいつはそうさせてくれる?」
ジャックの内臓が途端にゴルディアスの結び目と化した。「あいつ?」
「ぼくをつかまえたやつ」啜り泣き始めた。
「おお、ジーズ、どんなやつなの?」
「みたことない。くさいのしかわからないの。
じてんしゃにのって、もりにはいったら、なにかになぐられて、ここで目がさめたの」
「でも食べ物も水もなくて、どうやって生き延びたの・・・」
「あいつがごはんと水をもってきたの。ときどきフルーツも、
ときどきは、ふるくておいしくなかったけど」
ジャックには納得いかなかった。「見た事がない?」
「ここくらいんだもの。くらくて見えないよ!」
確かに。バカな質問だった。だが、明らかに、この子を捕まえた奴は暗くても問題ないらしい。
ジャックは懐中電灯をおもちゃの上にチカチカさせた。「これも持って来たのかい?」
「もってくるんだ、ぼくがあそびたいみたいに、でも、ぼくはう、う、うちにかえりたいんだ!」
また啜り泣きが始まったので、ウィージーはコーディを腕に抱き上げた。
「今おうちに連れて帰ってあげる」ジャックを心配そうな顔で見つめた。
「出来る限り早くね」
「出来るより早くだな」ジャックは言うと戸口への道に向かった・・・水の中を。
「急がば回れかな」ジャックは言った。「さもないとうちまで泳ぐ羽目になる」
瓦礫の山を登り始めた。「おれが先に行く、コーディ。ピッタリついてこい、手助けするから・・・」
「ジャック!」ウィージーが囁き声で言った。「聞いて!」
どこからか離れた所、瓦礫の山の違う側から、ジャックに遠い唸り声が聞こえた。
「来るよ!」コーディが金切り声を上げた。「あいつが来るよ!」
十四
ジャックの腹の中の結び目はますます固くなり、まわりの空気はどうどん薄くなり、
息をするのも大変になって来た。
コーディをさらって来たやつは、さっきの骨の肉を食らったやつ、
おれたちの逃亡ルートを追いかけてくる。
「静かに、コーディ」ウィージーが囁き声で言って、コーディを引っ張ると山から遠ざけた。
「こっちの道にしよう」
「でもこっちから来たんじゃないぞ」ジャックは言った、ウィージーと同じくらい声を低くてして。「迷うぞ」
「違うルートからでも案内できると思う・・・実際、別のルートが二つあるわ」
「どうやって案内する?」
ウィージーは肩越しに振り返りながら、頭をトントンと叩いた。「地図がね・・・ここにあるの。
クランケン・ハウスの下あたりにいると思うわ。
ロッジにみんなを連れ帰るには大いに自信があるわよ。信用する?」
「するとも」
選択の余地がないとは言え、ジャックは信用した・・・自分にはどうしようもない。
でもとっとと移動しなければならない、コーディを従えているせいで、遅くなってしまう。
「ちょい待ち、ウィーズ」懐中電灯をポケットにしまい、コーディの腕を握ると傍にしゃがみ込んだ。「飛び乗れよ、おぶってってやるよ」
コーディは何も言わずにジャックの背中に乗って、両腕をジャックの首に回した。
肘を子供の足首に引っ掛けると、ジャックは立ち上がって、ウィージーの方を向いた。
「オーケー。役割交代だ。好きなだけ急いでくれ。後をくっついて行く」
懐中電灯を前方に向け、ウィージーは注意深くも急ぎ足で出発した。
クランケン・ハウスの下・・・あそこでティムが何か臭うと言ってた・・・
骨の部屋から臭いが上に染み出してたのか?
 その事は後だ。今は水の事に集中、水深は脛の部分まで来て、スピードを鈍らせる。
方向転換して、小さな瓦礫の山を避けようとした時、怒りの吠え声があたりにこだました。
コーディが体を固くして、息を飲むのがわかった。ジャックは首を回して囁いた。
「音を立てるな、見つかるぞ!」
啜り泣きを堪えるコーディの胸がひくついていたが、かすかな息遣い以外はしずかになった。
もう一度沈黙を切り裂く叫びが聞こえたが、コーディは静かにしている。
また違う荒廃した大きな広場に出た。
コーディを背負って瓦礫や泥を踏み越えて行くのはなかなか大変だった・・・
子供とは言えかっちりしている・・・だがジャックは何とか踏み越えた。
 水は腰まで来た、よろしくない、さらにスピードは落ちる、いい事はだんだんゴールに近づている。また別の言い方をすると湖の氾濫も加速している。
 ウィージーが立ち止まり、ジャックの方を掴んだ。耳元に唇を寄せた。「あれ、聞こえる?」
 耳を澄ませた。どこか前方、右側から水が激しく動くような音がする・・・
湖に小さな滝の水が降り注いでいるような。石にかなりの大きさの穴が開いてるに違いない。
悪い知らせだが、近づいている、と言う事だ。
 再び進み始める、冷たい水に抗って。ジャックはわかった、
こんな風に動いていなければ、凍えてしまう。
ウィージーは通路からまた別の通路に導いた、
今あとにしたばかりの通路から激しく水の飛び散る音が聞こえて来た。
そのあとに連続していくつもの小さな水飛沫の音が聞こえた。
「あいつ」はこの道を追いかけてくる。
ジャックは空っぽの戸口を指差した。
「ここだ!」ジャックが囁いた。「懐中電灯を消して!」
ウィージーは明かりを消し、一行は背を低くして戸口をくぐり、水浸しの場所に踏み込んだ、
炭鉱の地底部より暗い。水の音はどんどん大きくなり、近くなった。
ジャックは水が首のあたりに来るまでしゃがみ込んだ・・・今や凍えていた。
ウィージーを自分の隣にしゃがませた、それからコーディを背中から下ろして二人の間に置いた。
「水の中で息を止められる?」子供に囁いた。「水泳教室でならった?」
頷くのがわかったので、ジャックは二人に近づいて言った。
「合図したら水に潜って、出来るだけがまんしてくれ」
 そいつの嗅覚についてはわからないが、視覚と同じくらいだとして・・・暗闇でも見通せる目?・・・水が蓋をしてくれる筈だ。そうすれば助かるかもしれない。
水音がどんどん大きく近づいて来る・・・あいつは水をガシガシかきわけて来るらしい。
近くに・・・
音が大きくなって・・・
さらに近くに・・・
 コーディの耳の横に唇を寄せ、ジャックは囁いた。「オーケー、今だ、深く息を吸って、潜れ!」
 ウィージーを引っ張り、コーディを抱え込んだ、潜るのが早すぎなかったといい。
ジャックは潜水の呼吸をコントロール出来る、ウィージーもオーケーだ、
でもコーディは・・・どのくらい潜っていられるだろうか。
すぐ空気が足りなくなり出てしまったら・・・例えば追跡者が戸口のすぐ外にいた時に・・・
そうなったら一巻の終わりだ。
 水上でも途方もない暗闇は、水面下ではさらに暗い。
まだ水音が聞こえるがくぐもった音だ。コーディがもじもじし始めたのがわかった・・・
息が苦しいのではなくて、恐怖のためだ、ジャックは願った・・・まだ早すぎる。
水音はほんの数フィート先だ。戸口を通り過ぎる際、水の流れが渦を巻くのを感じた。
 コーディはもがき始めて、浮き上がろうとしている。
ジャックはこれ以上押さえつけておきたくなかった、
喘ぎ声をあげ、水を吐き、水の上に出たら、バレてしまう。
ジャックはウィージーを突いて、三人で浮き上がった。
「息を吸ったら沈むぞ」水の上に出るとコーディに囁いた。
 コーディは二度息を吸うと、ジャックとウィージーと一緒にまた潜った。
 外の水音が止まった。聞かれたのか?
自分の立てる水音でこっちの音は紛れた筈だが、何か聞こえたのか・・・何か思ったのか。
どうして止まった?
ジャックはオビワンケノビに倣って念を送った、そのまま行け・・・ここには何もない・・・
そのまま行け・・・
 永遠とも思える時間が続き、コーディが再びもぞもぞし始める頃、
また水音が聞こえ始め・・・遠ざかって行く。
 ジャックはウィージーとコーディを突き、水面へ、三人はなるべく静かに息を吸い込んだ。
 水音はかすかになって行く。
「おれたちが行こうとしてる道だ」ジャックが囁いた。
「違う道を行くわ」ウィージーが歯をカチカチさせながら言った。
「大丈夫かよ?」
「かなりね」
ジャックは、完全に、とか、絶対に、とか言うのが好きだったが、手に入るもので我慢する事にした。
 水音が消え去るまで待って、もう一度コーディを背負った。
ウィージーは懐中電灯をつけたが、何も起こらなかった。振ってみたが明かりはつかない。
「ジャック?」
おお、ノー!ノーノーノー!懐中電灯がショートする可能性を思いもしなかった。
明かりなしとは運の尽きだ。
 自分のポケット、ミスター・ローゼンに借りたものを握りしめた。
絶縁体のゴムでカバーされている。耐水性に祈りを込めて、スイッチを押した。部屋が明るくなった。
「神よ感謝します!」ウィージーは言うと懐中電灯を受け取ってから、スイッチを切った。
「つけるのは時々だけにしましょう。その方が注意を引きつけないから」
「名案だな」
 注意はなるべく引かない方がいい。
 ウィージーのリードで、方向を見極める間だけ明かりをつけながら、再び動き始めた、
帰る道をたどり、以前来た交差点で右に曲がった。
水はジャックのベルトまで来ていた、現在の潮の流れを検証した・・・
わずかだが少しゆるやかになっている。
良い面を考えると、水が崩れた壁の中を流れているすれば、流されていけば落し戸まで辿り着ける。
 二回目にウィージーが懐中電灯をつけた時、
ジャックは、前は澄んでいた水が今は濁っているのに気がついた。
削り取られた場所の泥を運んできているのに違いない。
角からちょうど前方右に、渦を巻いているのが見えた。
と言うことは、この道を行けばいいんだ。それを伝えようとして一所懸命水をかき分けていると、
ウィージーがその方向に曲がって、明かりを消した。
 ウィージーも同じ結論に達したのか、それとも並外れた方向感覚に従ったのか。
角を曲がって、一瞬遅くウィージーの後ろにたどり着いた。
「何か?」ジャックは囁いた。
「前方に明かりが見えるの」
ジャックは様子を見ようと前に出た。
快哉を叫びたくなった、多分二百フィートくらい先の左横から、明かりが漏れ出ている。
 覚悟を決めてはいたが、今や予想以上に水流は強くなっている。
コーディはお荷物だったが、ジャックは前屈みに水を切って進んだ。
前方にぼんやりとしたシルエットで、ウィージーが先頭を走り続け、振り上げた腕は空中をかき、
そのしなやかな身体は水を切り裂くように見えた・・・水はジャックの脇腹の下まで来た。
コーディを背負っていてよかった。小さな身体は完全に水没していただろう。
最後の交差点に向かいながら、あの小さなピラミッドはまだ交差点の真ん中にあるんだろうか、
と、ジャックは思った。間違いなく、洪水で流されてしまっただろうな。
 最後の角を曲がる頃には水流はさらに強くなった。
ジャックの耳に、明かりの差し込む落とし戸の向こうから水の流れる音が聞こえてきた。
あの明かりの中に戻っても美しい家具は見られなくなっているに違いない。
ジャックの中から力がほとばしった、水は脇の下まできていたし、
コーディはさらに重たく感じたが、スピードを上げた。
足元を何かがかすめたような気がして飛び上がった。湖から魚が流れ込んできたのかな?
 ウィージーは歩くのを諦め、滑らかな力強いストロークで泳ぎ始めた。
洪水に逆らって遅くはあったが、着実に石の梯子をとらえ、掴み取ると、息をついた。
ウィージーが戸口に向かって顔を上げた時、ジャックは背後に大波が迫るのを感じた。
気をつけろ、とも、警告の叫びを上げる暇もなく、大波が通路を一杯にして襲いかかり、
ジャックは頭皮がもぎ取られる痛みを感じ、コーディが背中から引き剥がされた。
ウィージーが悲鳴を上げ、ジャックは顔から先に曲がり角に突っ込んだ。
やっと立ち上がり振り返ると、水が波立つだけだ。
 コーディはいなくなってしまった。
十五
「オマイゴッド!」ウィージーが梯子段から叫んだ。「オマイゴッド!」
ジャックは水中を歩こうと頑張ったが首まで迫る水で泳がざるを得なかった。
「何があったの?見てた?コーディはどこに行ったの?」
ウィージーは震える手で暗い通路を指した。「何かがあの子を攫ったのよ!
そいつの叫び声を聞いたわ、見てたら、コーディはそいつと一緒に水の中に飲まれていったのよ」
「懐中電灯!」ジャックは言うと手を出した。「くれ!」
ウィージーは取り出し渡しながら言った。
「頭が変なの?追いかけるなんて無理よ。絶対見つからないし、あいつに殺されるわ」
だがここにとどまって、何にもしないなんて、ジャックには出来なかった。
「どんなふうに見えた?」
ウィージーは首を振った。「見たのは濡れた黒い毛皮と鉤爪だけ、それからいなくなったわ。
でも大きかった、ジャック。あなたより大きいくらいよ。だから行っちゃダメ」
「だが・・・」
「今コーディにとって最良の方法は、私たちが助けを呼んで、警官か消防士をここに連れて来る事よ」
ウィージーは正しい・・・完全に正しい事がジャックにはわかった・・・
でもまるで、あのチビスケを見捨てたみたいじゃないか。
「いいよ。でも一秒も無駄には出来ない。上で電話が見つけられるか調べよう」
コーディの声を最初に聞いた時にそうすればよかったんだ。でもどうしてわかる?
こんな事想像出来るか?
「わたし・・・」ウィージーは喘ぎながらジャックの頭を指差した。
「ジャック、あなた血が出てるわ」
ジャックは頭の後ろを触った、傷ついていて、指が赤く染まった。
「あいつがコーディを引っ掴んだ時だな」
だから痛かったんだ、だがもっと気にかけなければいけない事がある。水流で指を洗い指差した。
「来いよ。行くぞ」
 ウィージーは水から身体を引き上げ、登り始めた。ジャックはその後ろから続いて登っていった。
しかしジャック最初の一歩を段にかけた時何かが足を掴み、梯子から引き摺り下ろすと、
水の中に引っ張り込んだ。
息する暇がなかった。空気がない。腕に鉤爪のある手を感じた、
水の中に、光から反対に連れて行く。窒息して水を飲みそうになるのに抗った。
 溺れさせようとしてる!
 突然そいつはジャックを水から引き上げ、顔から横の壁に押しつけた。
叩きつけられ喉から水が漏れた、むせて、喘ぎながら、空気を飲み込んだ、素晴らしき空気を。
 ウィージーが金切り声で名前を呼ぶ声が遠くから聞こえたが、
ほっぺたを冷たいザラザラの壁に押しつけられた暗闇では何も見えない、
ただその生き物の熱い吐息が喉にかかるのと、近くで聞こえる唸り声だけが聞こえた。
その声の中から怒りと空腹感が伝わってきて、自分が殺されようとしているのがわかった。
滑らかな厚ぼったい湿ったロープが蛇のように喉に巻きつき、締め上げてきた。
締め殺そうと言うのか?
キツく締め付けながら、温かくザラザラしたものが・・・舌しかあり得ない・・・
ジャックの首で蠢き、頭皮から滴り落ちた血を舐め回した。
 その生き物は身を固くして、何インチか身を引いたが、それでもジャックを放そうとはしない。
ものすごく長く思える時間が過ぎて、水はジャックの頬の辺りまでになり、
またもや舌がジャックを舐めた。
 突然首のロープが解け、鉤爪の手もジャックを放した。自由になった。
背後に水飛沫の上がる音がして、水が渦巻いたが何も見えない。一人きりになった、
すてきにすばらしい。
 水を蹴り、全力で明かりとウィージーの呼ぶ声の方に向かって泳いだ。
「ジャック!」ジャックを見つけたウィージーが叫んだ。泣きそうな声だ。
「早く、ジャック、早く!」
 膨れ上がる洪水に逆らって泳ぐのは筆舌に尽くし難かった。とうとうはしご段に辿り着き、掴んだ。上を見ると、ウィージーの涙に汚れた顔が見下ろしていた。
「おお、ジャック、あなたを永遠に失ったかと思った」
そうなるところだった。実際のところ、何で自分が生きていて、逃げ延びたのかわからない。
一つ思い当たるのは自分の血の味だ、あれでジャックに興味を無くした。
自分に何か欠陥があるんだろうか?血に?
そうだな、だとしても、喜ばしいじゃないか。
しばらくここで思いを巡らせ不思議がるのは楽しかったが、息を整え、登り出した、
コーディのために一秒一秒が惜しい。
 水の中を足で探って梯子を見つけ、登り始めようとした途端、
右側から大きくひび割れの音が響いた。見ると、水の壁がこっちに向かって迫ってくる。
湖が失われた街になだれ込んでくる。
 津波から脱出しなければ、と言う恐怖がジャックの足のスピードに火をつけたが、
落とし戸まであと半分のところで、津波がジャックにうちつけられた。
梯子から引き剥がされ、足ごともっていかれそうになり、ジャックは喘いだ。
ウィージーがジャックの腕を掴み、引き上げてくれなかったら、
激しい流れに飲み込まれてしまったかも。
「どうしたの?」水を滴らせ、床の上でぜいぜいしているジャックに言った。
「堤防がやられたんだ」
落とし戸の開口部を見上げ、泡立つ水が縁を洗っているのをみた。
膝で這い上がり、疾走するトラックのように打ち寄せていることを理解した。
「コーディ・・・だめだ」
ウィージーは首を振った。「そんなこと言わないで!電話を見つけて、そしたら・・・」
 開口部に飛沫が上がって何か動いた。
ジャックは転がって離れた、さっきの生き物が現れたのかと思ったのだ。
しかし、現れたのはコーディ、で泡立つ水の中から押し上げられてきた。
 押し上げられて来た。
ジャックは一対の黒い毛皮に覆われた手がコーディを水の上に押し出すのを見た。
鋭い黄色の鉤爪がついた前足が必死に床を引っ掻いて掴もうとしているのを見たが、
掴むことは出来なかった。ゆっくりと開口部から滑り落ちながら、コンクリートを削っている。
蛇か、鰻か、なめらかな触手が水から飛び出して、何かを掴もうとするように揺れていた。
そして遂に鉤爪がコンクリートを引っ掻きながらも、開口部を前足が滑り落ち、
鰻のような何かもろとも消えていった。
 ジャックはショックであんぐり口を開け見守った。コーディを助けた・・・水から押し出した。
鉤爪にやられるのを待ったが、やられなかった。
ウィージーの方を振り返った。「君・・・?」
「ジャック!」ウィージーが叫び声をあげコーディを指差した。「息をしてないの!」
子供の上に覆いかぶさると、ウィージーの言う通りなのがわかった。顔色は真っ白で唇は真っ青だ。
コーディ・ボックマンは死んだ。
十六
 死んでないかもしれない、混乱する頭を解きほぐして、ライフ・セイヴィングのクラスで習った、
溺れて息のない相手にする事を思い出そうとした。
脈・・・脈を測るんだ!
コーディの喉に二本指を、正中線から一インチ離れた血管の上に押し付けた。
動脈がかすかに打っているのを感じた。「コーディは生きてる!」
「でも息をしてないわ!」ウィージーが言った。「CPR(心肺蘇生)しなくちゃ!」
 わかった・・・だめだ!水を吸い込んだ肺に空気は送れない、そうだった。
先にハイムリッヒ法をしなければ!
ジャックはコーディの身体を抱えて座らせ、後ろに回った。
胸骨の下に拳を当て、それをもう片方の手で覆い、突き上げた。
「何してるの、ジャック?」ウィージーが泣き声で言った。
「CPRしなくちゃ!」
 違う、おれのやってるのが正しいんだ。
突然力強い手が、ジャックをコーディから引き剥がした。
見上げると怒りに震えるドレクスラーの顔があった。
「連れて行きなさい、エッガース」運転手にそう言うと、ジャック、そしてウィージーを見た。
「あなたたち・・・二人は大事を引き起こしてくれました」
 ジャックはエッガースが空っぽの袋のようにコーディを肩に担ぎ上げ、
小さな身体を激しく揺すぶり始めるのを見た。
「あの人何してるの?」ジャックが言った。
ミスター・ドレクスラーは手で制し、二人を見回した。
「あなたたちは下でこの子を見つけたのですか?一体どうしたらそんな事が・・・?」
「生き物がこの子を連れてきたんです」ジャックが言った。
ミスター・ドレクスラーは痺れ光線を照てられたかのように凍りついた。しばらくしてから言った。「生き物?何の生き物です?」
「ある変わった種類の熊です」ジャックは言った。
「あんな黒い毛皮と鉤爪を持った他のものは見た事がないです。
おお、何かミミズみたいなものが、最後に水から突き出してました」
「私も見たわ」ウィージーは言って、チラとジャックを見た。
「触手みたいだったけどそんな筈ないわよね、でしょ?」
ミスター・ドレクスラーは自分のスーツと同じくらい真っ白になって、杖に寄りかかった。
「ノー・・・あり得ない」
「大丈夫ですか?」ウィージーが言った。
答える代わりに質問してきた。「この子供をその動物が地下に連れてきた、と言いましたね。
どうしてそんな事をしたんでしょうか?」
「食べようとしたんです」ジャックは言った。「太らせてからかも?」
「違うわ」ウィージーが言った。「おもちゃも持ってきたのよ・・・プレゼントみたいに。
多分寂しかったのよ。まるで自分の子供みたいにコーディを扱ってたわ。
子供が欲しかったけど、授からなかったのかも」
「自分の子供みたいに」ミスター・ドレクスラーが静かに繰り返した。
ウィージーは付け加えた。
「そうです。つまり、まずコーディを守ろうとして、それから救えなかった。何かあるわ」
ミスター・ドレクスラーは茫然としたように首を振った。
「信じられない。しかし、事情があったとしても君たちの不法侵入とロッジの財産を破壊した事が
見過ごされるわけではありません。警察に通報しなければならないでしょう」
 ジャックは胸が苦しくなった。家族に殺されるだろう。プラス、何かの前科がついてしまう。
ウィージーの方をチラと見ると、同じ事を思っているようだった。
あげられちまった、ジャックは思った。高熱で揚げられ、いいようにやられてしまうだろう。
「でもコーディを見つけました」ジャックは言った。「だから無駄じゃなかった」
ミスター・ドレクスラーを見た。「おれたちを通報するんですか?」
うんざりしたような顔でジャックを見たが、それから少し顔色を和らげた。
「おそらく、何らかの解決方法があるでしょう」
「何?」ウィージーが言って姿勢を正した。「何かあるのね」
ジャックは希望の光が差し込み、少し気が軽くなった、だがこの男を警戒していた。
「ロッジとオーダーを全ての案件から除外して貰いたいですな」ミスター・ドレクスラーが言った。「いずれにせよ、ここが開かれるのはおそらく一世紀ぶりです、
私は知られたくありません、建物の地下部分の落とし戸が地下につながっているなどと言うことは」
ジャックは言った。「でもコーディは・・・」
「この子は地下にいたしばらくの間意識が混濁していました。
地下で危うく溺れかけ、上の通りに上がってきた。ロッジにいた事はわかってないでしょう。
でもあなたたち二人についてはそうはいかない」
「私たちはここにいた事はない、って言って欲しいのね」ウィージーが言った。
「でも地下で私たちに会ったのよ。覚えてるでしょうね」
「むろん覚えているでしょう」
ジャックは両手を上げた。それじゃ理屈が通らない。
「じゃあおれたちがどうして地下に行ったのかの説明は?」
ミスター・ドレクスラーは立ち止まると、前庭にある建物の隣の扉を指差した。
「あそこから落ちたと言えばよろしい」
ジャックはそっちを見たが、何の事を言ってるのかわからなかった。
 突然コーディが足をもつれさせながら、二人の方に駆け出してきた。
泣きながら「コーディ!」ウィージーが駆け寄ると、コーディは腕の中に飛び込んだ。
「ジャック!」そう言うとコーディを抱き上げた。「見て!」
 ジャックは見た、芝生の真ん中の六フィートの幅くらいの穴・・・
ミスター・ドレクスラーが言ってたやつだ。
「行く途中で湖の水位が下がっているのに気がつきました」ミスター・ドレクスラーは言った。
「あの崩落した穴を見た時、何が起こったのかすぐにわかりました。しかしどうしようもなく・・・」その言葉は漂って消えた、コーディの方を見つめた。
「どうして戻って来たんですか?」
「んん?」見ていたものからこちらに注意を戻した。
「最初はそう言うつもりはありませんでした。
一口食べに立ち寄って、忘れ物をして来たことに気がついたのです」
「ピラミッド」
「違います」ジャックをジロリと見た。
「あれはここのものですよ。今となっては永遠に失われました、
あなたとガールフレンドの方に御礼申し上げます」
ジャックはこの言葉を聞き流すつもりはなかった。
「おれたちがパインズで見つけなかったら、失われてたのに変わりはないでしょ」
ミスター・ドレクスラーはジャックを睨めつけ、ジャックも同じく睨み返した。
「それからこの人はおれのガールフレンドじゃないですよ」付け加えた。
しばし黙ってからミスター・ドレクスラーは言った。
「そんな訳で、エッガースを戻らせたら、鍵が開いているのに気がつきました。
彼は私のところに戻って来てピラミッドが無くなっているのを報告しました、
誰の仕業かはっきりわかりました。
しかし、あなたとコーネルのお嬢さんのご両親をお訪ねする前に、
自分の目で確かめたかったのでね。
帰ってくると、地下室の電気がついているのがわかりました。あとはご存知の通り」
ジャックは飛び上がった、崩れ落ちる大きな音が右手から聞こえて来たのだ。
見ると十三フィートも離れていないアスファルトの道路だ。
また崩落した。
「夜の明ける前にオールドタウンで更なる崩落がある事でしょうな。
失われた都市は我々の下で崩れ落ちるのです」
「何か残らないでしょうか?」
「疑わしいですな」
ジャックは最初の穴を指差した。
「つまり・・・おれたちはここから落ちて、コーディを見つけた。こう言う事ですね?」
「洪水があなたたちを上に登って来られるまで押し上げた。
修正後の話も本質的には真実です。あなた達は入口と出口の場所を書き換えればよろしい。
修正後は私からは何も言う事はありません」見下したように微かに笑った。
「この出来事であなた方二人はこちらのちっぽけな世界のビッグ・ヒーローにおなりでしょうな」
ジャックはヒーローになどなりたくなかった、どこでいつ何が起こったかについて、
実際より抑えて話を作る事は、今までもやってきた事だ。
本当のヒーローは・・・少なくとも結果から言えば・・・あの動物だ。
あいつがコーディを死から救った。
もちろん、あの場所に一人取り残されるなら、コーディは助けてなんか欲しくなかったろうけど。
 あの動物・・・ジャックは、ミスター・ドレクスラーが何か知ってるように感じた。
「下にいた動物についてはどう言うんですか?」
ミスター・ドレクスラーは千マイル遠くの物を見つめていった。「好きなように言えばよろしい」
「二人とも見ていないからあまり言うことはありません」
「なら多分言わない方がよろしいのでは。この子の話は混乱し、歪曲されているでしょう、
次から次へと色々言い出すでしょう。
既に死んだ筈の生き物について過度な警戒心を持たせるのは如何なものでしょうか」
「あれは何だったんですか?」
ミスター・ドレクスラーは目を逸らした。「私にはわかりかねます」
「いや、知ってるでしょ。おれたちが話をしたら反応しましたよ」
ついにジャックのことを見た。
「それが何だかわからない、と申し上げます。どのような物であったか考えもつきませんが・・・」
「が?」
「それらしき物は遥か遥か昔に死に絶えた筈です。それほど長い間生き永らえている事は不可能です」
ジャックはもどかしさを感じた。ミスター・ドレクスラーはそれが何かについて言及しない。
「でも、それはなに、かも、しれないんですか?」
「ただ熊類としか・・・よくある普通の熊類です」
ジャックが見た生き物は熊っぽく見えた・・・あの触手みたいなのを別とすれば・・・
モンタント・ベアかそんな感じだった。
「マウンドの外にある石のピラミッドで祖先たちの誰かがそいつを閉じ込めていたりしましたか?」
ミスター・ドレクスラーはしばらくの間ジャックを凝視した。「あのあたりを彷徨いていましたね」
 夜の闇を切ってサイレンの響きが聞こえてきた。
ジャックがクエイカートン・ロードを見下ろすと点滅する赤いライトがこっちにむかってくる。
「取引は成立ですな?」ミスター・ドレクスラーが言った。
ジャックは頷いた。
「成立です。ウィージーにも含めておきます。それで、たぶん、おれはクビですね?」
濃い茶色の眉毛が上がった。「クビ?なぜクビにするのです?」
「ええと、思うに・・・」
「おお、ノー。あなたの事は目の届く所に置いておかなければなりません」

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