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最終回を語るぜよコミュの猿の軍団

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【原作】小松左京・豊田有恒・田中光二。
【TVドラマ】 TBS系列で1974年10月〜1975年3月放送。
【動画】
http://www.dailymotion.com/video/xdhfaz_yyyy-y26y-yyy-y-y-yyyyy_shortfilms
http://www.dailymotion.com/video/xdhfbd_yyyy-y26y-yyy-y-y-yyyyy_shortfilms

 泉先生は、低温生化学研究所で人工冬眠の研究をしていた。知り合いの次郎とユリカが見学に来ていた日、突然地震が発生し、3人はコールドスリープ装置内に避難するが、落下した瓦礫のせいでスイッチが入ってしまう。3人が冬眠から覚めると、そこははるか未来の38世紀、猿が支配する世界だった。
 人間が環境維持のため2530年に作った監視コンピュータ「ユーコム」は、戦争と環境破壊を繰り返す人間こそが元凶だと気づき、人類を絶滅させようと目論んだ。まず出産をコンピュータ制御とし、出産数を減らした。深刻な労働力不足に直面した人類は、猿に遺伝子操作して労働に従事させた。ところが奴隷的境遇に憤った猿たちは、各地で武装蜂起し、人間たちを殺し辺境に追い詰め、地球を支配するようになった。
 20世紀から来た3人は、緑山のアジトに籠っていたこの時代の人間ゴードと出会う。ゴードは両親と仲間を猿に殺され、自分が助けた小猿のペペと2人だけで暮らしていた。
 猿たちは、人間たちを「裸の猿」と呼んで好奇の目を向ける。温厚なゴリラのビップ大臣は、裸の猿の保護を訴えるが、策謀家のチンパンジーのルザー長官は、人間の存在はトラブルの種であり、皆殺しにしようと狙う。やがてゴリラ支配に不満を抱くチンパンジーたちは、政府要人を暗殺しクーデターを起こすが、ビップを慕う民衆が蜂起し、首都を目指して行進を始める。
 UFOがいつも緑山から出ることに気づいた4人は、緑山の禁断の地「神の岩」にユーコムの秘密があると察知し、ついにユーコムを発見する。人類一掃を決意するユーコムは、人類はもはや4人だけになったと告げる。そして人間と猿の共存は無理と判断し、4人に遠い未来に行くか、ほかの惑星に行くか5分以内に選べと迫った。

 泉先生は、他の惑星に行っても生存できる環境かわからないし、どんな生物がいるかも知れず、地球に留まろうと提案する。だが両親を猿に殺されたゴードは、未来に行っても猿が威張っているだけで、それなら他の星に行った方がましだ、楽園かも知れないと言う。泉は「あなたと別れるなんて嫌」とゴードの胸に飛び込み、最終回になって初めて愛情表現を見せる。時間が迫るなか、泉の決意に押されゴードは「自分も未来に行く」と言ってコールドスリープ装置に入る。
 目が覚めると、泉・ユリカ・次郎の3人は20世紀の元の時代に戻っていた。だがゴードの姿はなく、コールドスリープ装置に彼のネックレスだけが残っていた。ゴードはただ一人、誰もいない砂漠を旅していた。

 「猿の惑星」のヒットを受けて作られたSFドラマ。特撮ドラマの主流であった勧善懲悪ものとは一線を画し、人間と猿との異文化交流を中心とした。また小松左京・豊田有恒・田中光二を原作に、科学考証に力を入れ、現実に攻撃性の強いチンパンジーをタカ派、穏和なゴリラをハト派に設定したのが興味深い(類人猿は一般に小型のものほど凶暴)。1970年代に少子高齢化を警告した先見性にも驚かされる。
 配役には、ゲッターロボ・ゴレンジャー・仮面ライダーなど変身ヒーロー物でおなじみの役者が多い。主役の潮哲也は「快傑ライオン丸」の主役で、ユリカ役の斉藤浩子は「超人バロムワン」「人造人間キカイダー」などでおなじみの名子役。
 裏番組に「アルプスの少女ハイジ」があり、視聴率はふるわなかった。同時間帯には「宇宙戦艦ヤマト」もあったが、こちらも再放送されるまで人気が出なかった。

コメント(2)

 有名な「猿の惑星」は、植民地人を使役していた原作者ピエール・ブールが、太平洋戦争で日本軍の捕虜とされた経験をモチーフにしている。これに対し「猿の軍団」は、移民誘致と民族主義をモチーフにしていることは明らかだ。少子高齢化が進行すれば移民労働力を誘致することになろうが、彼らを対等に扱わず低賃金でこき使うような真似をしていると、今に取って代わられることになるかもしれない。
 人間たちと猿たちは、初めは互いを警戒した。だが時が経つにつれ、猿たちは「裸の猿」にも優しさがあることを知り、人間たちもまた猿たちが理解可能な存在だと気づいた。そもそも猿たちは人間の遺伝子を組み込まれ、人間社会を乗っ取って引き継いだのだから、彼らの社会が人間社会に酷似しているのは当然である。泉先生はビップの優しさに触れ、次郎とペペも仲良くなり、この世界に迷いこんだ3人は、猿たちと仲良くやっていけるかもしれないと期待する。そこにはコスモポリタニズムの理想が、高らかに謳いあげられている。猿社会のクーデターも民衆の蜂起によって解決し、猿の世界にも自浄作用があることを視聴者に見せつける。
 だが最終回になってユーコムは、人類一掃の決意に変わりはなく、人間はこの地から出て行けと迫る。泉は「みんなで未来の地球に行こう」と提案するが、ゴードは受け容れなかった。彼は38世紀最後の人類で、戦闘能力は抜群だが教育を受けていない。しかも泉は研究所の研究員である。猿と人間ですらわかり合えたといっても、人間同士なら必ずわかり合えるとは限らない。泉は最後の最後になって、ゴードへの思慕の念をあらわにしたが、ゴードは猿への復讐(=民族主義のモチーフ)のために戦い、人間を守っていたのだ。彼が20世紀に行けば、猿を皆殺しにして泉を悲しませることになるだろう。これは、日本人と外国人がわかり合えるからと言って、日本人同士なら必ずわかり合えるとは限らないという、冷たい現実にほかならない。
 地球を追われるのは、自ら犯した罪ゆえでなく、持って生まれた罪の性質ゆえに楽園を追われるという、神の裁きのモチーフである。コンピュータにミスはないはずなのに、未来に行くはずが元の時代に戻ってしまうのはご愛嬌だが、「元の時代に戻れ」と言ってしまうと大喜びで戻るだろうから、それでは罪の裁きにならないので、遠い未来か他の惑星に飛ばされることになる。
 この番組が放送されたとき、私は小学生だった。最後は全員が20世紀に戻り、ゴードと泉は結ばれるものと思っていたから、そんな子供の予定調和を打ち破ったラストには衝撃を受けたし、理解できなかった。
 ゴードがどこに行ったのかは、番組では明確にされていない。人間が住めないような環境に連れて行くくらいならその場で殺した方が早いから、もちろん生存できる環境だったには違いないが、楽園にはほど遠い風景である。知的生命体はいるのか、いないのか。それはどれくらい人間に近いのか。愛し合い、共感できる存在なのか。それらの答えは何もわからない。泉との新しい生活を拒否して放浪の旅に出たゴードにあるのは、哀れみを受けて暮らすよりは孤独を選ぶという、「最後のヒューロン族戦士」の矜持であろう。
 原作者は最後に語る。「すべての生き物は、それぞれの命を精一杯に生きる権利がある」。もちろんそうだが、人間にはまた持って生まれた、超えられないものがあることも事実なのだろう。この番組が安易なコスモポリタニズム礼讃では終わらず、その理想が民族主義の情熱の前に敗北する結末が、本作をより深いものにしている。

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