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アナタが作る物語コミュの【ファンタジー】神話夜行 8(3−1) 白い夜

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 こちらはシリーズ作品です。これだけでもわかるように書いたつもりですが、できましたら1話を読んでいただけると設定がわかりやすいかもしれません。

 神話夜行1はこちらから↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73750993&comm_id=3656165

 写真は私が撮ったもの。またまた、変形バージョンです。
 17000文字ぐらいなので、3回に分けました。では。

 1回目 約5500文字。初出 09/04/25 

                        

 川村俊彦(かわむら としひこ)40才。
 雑文を書いて生計を立てている。ペンネームは無い。本名を使っている。
 人気作家ではないし、本名でも困らなかった。むしろ、名前を言ってもだれも知らなかったろう。
 片田舎に住んで、中学3年生の長女、美香(みか)と、小学3年生の次女、有香(ゆか)と3人で暮らしている。

 作家としての俊彦の紹介文などはこのぐらいで終わってしまう。
 作家というより、物書き。雑文屋。自身が書いた小説が本になった事はない。
 それでもなんでも書いていたから普通の生活はできた。
 しかし、2年前、妻の香都子(かつこ)が死んでからは、その物書きもほとんどしていない。

「おはよう、お父さん」

 眠そうに有香が起きて来た。

「おはよう。有香。
 あ、おはよう美香」

 有香の後ろから姉の美香が顔を出し小さな声で「おはよう…」と言った。

「美香。今日は弁当が要る日だったよな。
 作っておいたぞ」

「いいなぁ。お姉ちゃん…。お弁当。
 なにが入っているの? お父さん」

「悪いなぁ。朝ごはんとあんまり変わらないんだ。
 だけど、厚焼き玉子が入ってる。ほら、有香の前にもあるぞ」

「あ、ほんとだ。
 お父さんの厚焼き玉子、おいしくなったよね」

「ああ。お母さんの味に似てきたろう?」

 自慢げに俊彦は言った。美香が箸(はし)を置いて立ち上がった。

「ご馳走様…」

「美香、弁当。忘れてるぞ」

「要らない」

「でも…」

「要らないっ!」

 美香は走り出すように家を出て、玄関前で立ち止まりほほに手をあてた。
 自分が泣いているかと思ったのだが、泣いていなかった。
 乾いた手のひらを見ながら美香は不思議に思った。
 泣いているはずだと思ってほほに手をあてて、泣いていなかった事が何回もある。
 いや、もうずいぶんと長い間泣いていない気がする。

 多分母が死んだあの日からだ。
 妹の有香が母にしがみついて泣きだして、美香は父の事が心配になった。

 父と同じ歳の母は体が弱くて、はかない少女のような印象があった。
 なにもかも父に頼りきっていた。
 父が香都子と呼び捨てにして、母が俊彦さんと呼び、手をつなぎ合って歩いていた。
 その事を友達にからかわれても、美香は平気だった。むしろ誇りにしていた。

 美香が見上げたら、父はぼんやりと死んだ母を見ていた。
 父がいつ泣くのかと美香は見ていたが、いつまでも父は泣かなかった。
 それで、自分も泣いてはいけないような気がした。

 なんだか目の前に薄いカーテンがあるように感じて。
 その薄いカーテンの向こう側で有香が母に取りすがって泣いていた。
 カーテンのこちら側には父と自分が居た。

 ふと、父の手に自分の手を重ねた。
 父が美香を見下ろし、微笑んだ。美香はその微笑みに違和感を持った。
 母の死が悲しいというよりも、父のその笑顔のほうが怖かった。

 その日から父が母の代わりをするようになった。

「今日から父さんが主夫だぞ」

 父はおどけてそう言った。

 玉子焼きを焦がしたり、洗濯物を縮ませたり。
 失敗だらけだったが、だんだんと家事の腕をあげていき、おだやかに日々が過ぎていくようになった。
 妹の有香が泣かなくなり、父とふたりで母の思い出を口にするようになった。

『でも』と美香は思う。『何かが違う』

 美香にはそれがなにかわからないが恐れていた。
 おだやかな光に包まれた日常は、まるで白い闇に包まれているかのように美香には感じられた。


 俊彦はふたりを送り出した後、ひととおり家事を終わらせてから、家の裏山に登った。
 山というほどのものではない。
 丘。昔は古墳だったといううわさもある。その証拠となるものは無い。
 丘のてっぺんにぽっかりと木の無いところがある。小さな広場になっている。
 ただの雑草の茂る原っぱだが、その神秘的な感じが、古墳という連想を生んだのかもしれない。

 結婚前、よくその場所で俊彦と香都子は会った。
 めったに人の来ないその場所で、ふたりは抱き合った。

 結婚した後、香都子はその裏山で、季節季節の実をつんでジャムを作った。
 今の季節ならイチゴ。野生のイチゴが思ったよりもたくさん実をつけていた。
 酸っぱいが香り高いその野生のイチゴのジャムを家族みんなが気に入っていた。
 香都子が死んだ後、たくさんのジャムのビンが残された。
 一ビン、また一ビンとカラになっていくたびに、俊彦には香都子が遠くなっていく気がした。
 カラになったビンを丁寧に洗い、捨てられず、元の場所に戻す。戸棚には、カラのビンが増えていく。

『今年は自分で作ってみよう。
 香都子がレシピを丁寧に手書きしたノートが残されている。
 あれを見ながらやってみよう』

 そう思って俊彦はカゴを手に山を登った。

 カゴが半分ほど埋まり、山のてっぺんの広場についた。
 俊彦の胸に香都子との思い出が突き刺さる。ならば来なければ良いのに。

『傷ついたりはしていない。自分はだいじょうぶだ』
 そう自分に言い聞かせるために俊彦は来たのだろう。

 風と木漏れ日に軽いめまいを感じる。
 その俊彦の目のはじで、白い影が揺れた。
 香都子の好きだった白いワンピースが、俊彦の目の前にせまる。
 頭を振り、幻を振り払って、目をこらして見た。

 草の間から2本の手が伸びていた。ひらひらと動き、草の間に隠れた。
 しばらく見ていたら、17・8歳の若者が起き上がった。
 ぼうっと自分の両手を見て、また草の中に倒れた。
 さっきの白い影は、若者の着ていた白いTシャツだったのだろう。

 近づく俊彦の足音に若者が起き上がり、振り返った。

 男? 女? おかっぱのようなボブのような肩まで届く髪をした、線の細い若者はどちらにも見えた。美しかった。

「きみは?」俊彦は聞いた。

「ぼく?」

 男か…。俊彦は残念に思う。若者は昔の香都子に似ていた。
 髪型も。どこか遠くを見るような目も。白い服が似合うところも。

 若者が答える前に俊彦は気がついた。
 左胸、心臓の少し下あたりにべっとりと血がついている。
 乾き始めて茶色に変色していたが、確かに血だった。

「ぼくは…」ぼんやりと若者が答えた。

「…ぼくはだれ?」


 連れ帰り、まずは風呂のスイッチを入れた。
 沸くのをリビングで待った。
 警察に…という発想は浮かばなかった。

『血で汚れた服を脱がしたい。ともあれ風呂に入れよう』
 漠然と俊彦はそう思った。

「ただいま〜」

 有香の声がした。ドサッと音がして、また出て行った。
 毎日、廊下にランドセルを投げ捨てて、すぐに遊びに行ってしまう。

「うるさくて、すまないね」若者に声をかけ、いれたお茶を出した。

 背を伸ばし、不思議そうに湯飲みを見て、ゆっくりと飲んだ。
 そのしぐさのどこかに香都子の匂いがした。

『ぼくはただ香都子の思い出を求めているだけだろうか』浮かんだ疑問を俊彦は振り払った。

 湯が沸いて、風呂場に案内した。
 俊彦が脱衣所を出てドアを閉めるのとほぼ同時に美香が帰って来た。
 美香が帰って来たのが若者の血で汚れたTシャツを洗濯機に放り込んだ後だという事に、なぜかほっとした。

 美香に手短かに説明をしながら着替えを用意した。
 美香は黙ったまま聞いていた。
 なんと言ったらよいのかわからなかったのだろう。

 脱衣所に着替えを届けるとまだ若者は裸のままで、洗面所のシンクに手をついて、鏡を見ていた。

「そんなかっこうをしていると風邪をひくぞ。早く…」

 言いかけて、俊彦は言葉を失った。

「…ちょっと、待て。ケガが無いか、胸を見せてくれ」

 わざわざひざをついて、胸を見た。胸を見るふりをして、股間に視線を落とした。

「だいじょうぶそうだね。あの血はなんだったんだろう?」

 言いながら立ち上がった。若者は首を振った。

「いや、いいんだ。無理に思い出さなくても。
 さあ、入っていいよ。よく温まるんだ」

 うなずいて、ガラス戸を開け、入っていった。
 持って来た着替えの中から男物の下着をそっと抜き取り、俊彦も脱衣所を後にした。


「美香。すまないが頼みがある」

「?」

「彼の…いや、彼女のために下着を用意してくれないか?
 新しいのがあるだろう?」

 どうしようかと迷ったが、中学生だ。はっきりと話してしまおう。俊彦はそう判断した。

「彼女はリョウセイグユウのようだ」

「リョウ…?」

「両性具有。男と女の両方の遺伝子を持っている…という事だと思っていいよ。
 で、彼女は女の要素のほうが強いようだ。
 どうして、ぼくと言っているかはわからないが…」

『ぼくと言っているのだ。きっと男として育ってきたんだ。男でいいじゃないか…』

 俊彦はそう言う自分の心の声に耳をふさいだ。

『香都子によく似たあの若者は…女だ』


「お父さん。それは…?」

 脱衣所に下着を届け、戻ってきた美香が、ぼんやりと椅子に座っていた俊彦に声をかけた。
 美香の差す指の先、テーブルのはしに若者が使った湯飲みとサイフが置いてあった。サイフには二重のチェーンがついていた。

「あの人のでしょう?」

「ああ…そうだ」

 俊彦は答えながら不審に思った。
 森の中で見た時は、もっと太いチェーンだったような気がした。
 最近の若い男がパンツのポケットに無造作に突っ込んだサイフと、腰のベルトをつなぎ、じゃらじゃらさせている太いチェーンだ。
 今見るとかなり細い。繊細な光を放っていた。サイフそのものも一回り小さくなったような気がした。
 勘違いかもしれない。森の中だったし、はっきり見たわけじゃない。

「ほら、お父さん、ここ。Kって彫ってある。あの人のイニシャルじゃないかしら?」

 サイフの表に、無造作にKと刻んであった。
 K…。香都子…。

「ほ…本当だ」一瞬、俊彦は答えにつまった。

「名前が無いのは不便だわ。今だけでも…。ケイ…圭さんじゃ、だめ?」

「ああ。お風呂から出てきたら、それでいいか聞いてみよう。
 あ、あと、この事は有香には内緒にしておこう。有香はまだ小さいから。
 知り合いの娘さんが遊びに来た。そういう事にしよう。
 父さんと美香だけの秘密だ」

 秘密。お父さんと自分のふたりだけの秘密。美香の胸の中が暖かくなった。

「圭でいいです」彼女が答え、有香には初めから圭と紹介した。

 4人での夕食は久しぶりだった。香都子の座っていた椅子に圭が座った。
 自分にもやらせて欲しいと圭が言い、ふたりで用意した。
 4人ともがそれぞれに緊張をしていたが、華やかだった。

 時おり手を止めて、俊彦は圭を見た。『やはり香都子に似ている…』
 俊彦のTシャツとズボンを着ていても、圭は香都子に似ていた。
 体が弱く、初めから長くは生きられないとわかっていた香都子。

『子供をふたりも授かったわ。それだけで幸せだわ』と香都子は言っていた。
『いつかは自分を置いて消えてしまう』俊彦は香都子と暮らしている間、心のどこかで常にそう思っていた。香都子には常にはかない印象があった。

 その香都子に圭は似ている。
 その俊彦を美香は見ていた。

『お父さんが泣いているような目で圭さんを見ている。
 お母さんが死んだ時には泣かなかったのに。
 お父さんはお母さんを見ていた時のような目をして圭さんを見ている。

 お父さんはお母さんを愛していたのではなかったのだろうか。
 お母さんが死んだ後、ほほ笑むお父さんにうそを感じたのに。
 優しい目をしてお母さんを見ていたお父さんが、うそだったのだろうか』

 有香が照れくさそうに圭に「おかわり」と言ってお茶碗を差し出した。
 圭がニッコリと笑って、両手で、その茶碗を受け取った。
 俊彦はそれを見て、思う。『やはり、香都子に似ている』


 夜の森の上空で、羽鳥(はどり)は待っていた。

 敵の最後の一撃を胸に受け、コウは落ちていった。
 落ちていきながら、伸びた髪はくるくるとコウを包み赤い繭(まゆ)になった。
 コウが戦う事ができなくなった時には、髪は繭となり自動的にコウを守る。
 髪は強く、例えば煮えたぎる溶岩の中に放り込まれたとしても、繭の中のコウにはキズひとつつかないだろう。
 繭の中でコウは眠り回復する。

 大ケガではあった。コウは気を失っていた。しかし、回復にそれほど時間がかかるケガとは思えなかった。1時間。あるいは2時間。そのぐらいで復帰できると羽鳥は思っていた。

 繭は敵に見つからないようにフェイクをかける。
 羽鳥であっても気配だけで探しだすのは難しい。

 コウはまだ、繭の中なのだろうか。
 それとも、なにかがあって戻れないのだろうか。
 何度もコウの気配を探したがみつからなかった。

 朝まで森の上空で羽鳥は待った。だがコウは戻って来なかった。

 …続く


 神話夜行8(3−2)はこちらから、このコミュ内です。
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74353262&comm_id=3656165

コメント(1)

阿並木氏さん
 コメント、ありがとうございました。たらーっ(汗)
 書き直して、UPをし直しました。
 名前って本当に苦手なんですよね…。
 登場人物の名前が途中から変わっちゃってた、とか。
 忘れて、前のほうを探した、とか。
 いろいろ、やってます。

 この作品。書いてる途中で何度も入れ替わって。
 いっそ下の子を男の子にしちゃおうか、とも思ったのですが。
 女の子がふたりってほうが、俊彦っぽいと思って。
 しくしくしく。

 阿並木氏さんのコメント(↓)一緒に消えちゃうのでコピペしました。

 読んでみて、ちょっと気になった部分があったのでここに書き込みます。

『有香に手短かに説明をしながら着替えを用意した。
 有香は黙ったまま聞いていた。
 なんと言ったらよいのかわからなかったのだろう。』

 の文の所ですが、ここの場面では有香は遊びに出かけてしまっているので、名前は美香になるのではないでしょうか?
 自分の勘違いだったらすみません;;

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