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シュタイナー的生活を楽しむコミュの「尊厳死?」について

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 30週

10/24〜10/30

 魂の陽光の中で
 思考の熟した果実が実る。

 すべての感情が
 自己意識の確かさを受けとる。

 喜びにみちて、私は秋の霊性の
 目覚めを感知する。

 冬は私の中に
 魂の夏をよびさますであろう。
    (Rudolf Steiner  高橋 巌訳)

……………………………

ローマ法王庁(バチカン)で生命倫理問題を担当する

生命アカデミーのカラス コ・デ・パウラ会長は

11月4日、米西部オレゴン州のブリタニー・メイナードさんが

「尊厳死」として死亡したことについて

「尊厳というのは自分の人生を終わらすことではない」

と批判した。

メイナードさんは末期の

脳腫瘍で余命わずかと宣告され、

医師から処方された薬を服用し死亡した。

カトリック教会では自殺は罪と見なされている。

会長は、自殺は「自分の人生の拒否」と指摘。

メイナードさんの行為は「不条理」で

「非難すべきことだ」と強調し、

自殺に反対の立場を明確にした。

シュタイナー的視点から考えるとどうなのであろうか。

「人智学」においては、

「〜してはいけない」などという教条主義とは異なる。

故に、「自殺」してはいけないなどとはいわない。

ただ、自殺するとどうなるのかを語るのみである。

自殺するのは自由であるが、

そのことで、真の自由を獲得できるのか?

「自由」によって「尊厳死?」したあと

魂界と霊界で「自由」を獲得できるのであろうか?

シュタイナーは、自殺について『神智学』の中で以下のように述べている。

「以上との関連で是非述べておかなければならないのは、

自殺者の問題である。

自殺者は特別の仕方で

この領域の諸体験に耐えていかなければならない。

彼は不自然な手段を用いて肉体を棄てたが、

肉体に係わる全ての感情はそのまま

彼の魂の中に残されている。

自然死の場合は、肉体の衰弱とともに、

肉体に結びついた諸感情も

部分的に消滅していく。

自殺者の場合は、

突然穴が空けられてしまったという感情が

生み出す苦悩の他に、

自殺の原因となった充たされぬ欲望と願望とが苦悩を生み出す。」
(『神智学』p122)

自殺をする人は、死んだ方が楽になれると思って死ぬか、

あるいはすべてが消えると思って死ぬのであろうが、

全く事実は逆である。

かえってむしろ苦しみが増し、

しかも今度は死ぬに死ねない苦痛が

気の遠くなるほど永い時間続くのである。

即ち、「自由」によって死を選んだにもかかわらず

限りなく「不自由」な生活をせざるを得ないのである。

しかし自殺したことを後悔したとしてももう肉体はないので、

地上には二度と戻れないのである。
 
さらにシュタイナーは『神智学』の中で以下のように語っている。

「魂は或る程度まで、以前の地上生活が自分の中に不完全な部分を

作り出したことを悟っている。

その不完全さは醜い行為や醜い思考内容に由来する。

死と生の間の時期に、この不完全さを清算しようとする、

意志に似た衝動が生じる。

それ故魂は、次の地上生活で自分を不幸に陥(おとしい)れ、

その苦しみを通して清算を済ませようとする傾向を、

自分の中に作り出しておく。

しかし肉体的存在となってこの世に生まれてくると

以前の純粋に霊的存在だった時期に、

運命の打撃をみずから自分に課していた

事実を、魂は思い出すことも予感することももはやできない。

地上生活の観点からは、全然願わしくない事柄が、

超感覚的観点からいえば、魂自身によって望まれていた事柄となる」
(『神智学』P213)
長い人生のなかでは、自分の存在を消してしまいたいような、

つらいことや、試練が待ちかまえている。

しかし、永遠なものを基準にしてみると、

それらは、私の過去にとって、

未来にとって必要なものなのである。

この部分を深く読むと人生の試練、

今の環境に「感謝」の感情が湧いてくる。

ここで

『誰も書けなかった死後世界地図』(A・ファーニス著 コスモトゥーワン発行)

という本を参考にしてみたい。

この書物は、百年前にイギリスで大反響のベストセラーになった

『スピリットランド』という本のダイジェスト版である。

現代人が読みやすいようにとてもよくまとめてあり、

最近日本でも良く売れているとのことである。

19世紀後半に生きたイタリア青年が霊媒を通して霊界の全貌を

明らかにしたものである。

全三冊のシリーズであるが、読みやすくて一挙に読み終えた。

死後の世界について書かれた何百何千冊と世には出ていて、

私も何冊か読んだが、この本には本当に驚愕し心底驚いた。

シュタイナーは、『自由の哲学』(高橋 巌訳 筑摩書房p158〜161)の中で

霊媒や降霊術等の、理性的な思考から離れて

感情に没入する“感情神秘主義”については、

「もっぱら感情の上に打ち立てられた神秘主義の立場の誤謬は、

知るべきである事柄を体験しようとし、感情という個的なものを

普遍的なものにまで引き揚げようとする点にある。」(『自由の哲学』p160)

と語り科学的ではないと警鐘を鳴らしていた。

「精神“科学”」という言葉にも表れているように、

霊的な事柄についても、理性的な思考を伴った自然科学的な態度で

探求するということを、最も重要視していた。

もちろんその方向性で私自身も

「人智学」を今後も学んで行きたいと思っているが、

この本はシュタイナーを学ぶ上での参考資料にはなるように思った。

これまで読んだシュタイナーの著作ともかなりつじつまが合う。

死を体験し、霊界を直接見てきた者だけが語れる内容が満載である。

これまでどんな霊界ものの著書にも書かれていなかった

衝撃的な事実が書かれている。

マルコポーロの『東方見聞録』ではないが、

これはまさに現代の『霊界見聞録』である。

死者が自らの体験をそのまま証言している。

しかも本人を知る人達がまだ現世で生きている間に降霊してきたので、

本人を知る人達が、彼の話や、また霊視できる人達の証言によって、

本人であることは間違いないと言っている。

今回はこの本で「自殺」に関連する部分をまとめてみた。

この本の真の作者、イタリアの青年フランチェッツォは、

死後しばらくしてから霊界巡りをしている時に、

公爵夫人との痴情のもつれからピストル自殺をした画家のベネデットと出会った。

彼は自殺をして楽になれたかというとその逆と言ってもいい状態であった。

まず肉体面においては、

彼は『崩壊する肉体が魂を解放するまでの間は

魂も自由にはなれない』というのである。

通常、自殺した魂は肉体を離脱する準備ができておらず、

魂と肉体の連結のリンクがしぼんで消え果てるまで、

その死者はずっと腐敗する肉体につきまとわれてしまうそうなのだ。

もしも肉体が鉄道自殺のようにバラバラになるような死に方を選んだり、

誰にも発見されない場所で死んだりすると、

霊魂を包む肉体の分子がすべて崩壊するまで、

その痛みにさらされねばならない。
 
しかもベネデットの場合は、ヨーロッパの習慣として土葬されたため、

ピストル自殺のショックから目を覚ました棺の中にいて、

そこで肉体がゆるやかに崩壊する間、痛みは続いたようである。

いずれにしても死後このような恐ろしい恐怖を味わうくらいなら、

死にたくなるほど辛いことがあったとしても生きてがんばった方が

良いようである。

シュタイナーも語るように、自殺した霊魂は、

肉体を離脱する準備がまだできていない。

ちょうど未熟な果実のようなもので、

まだその木から落ちるようにはなってはいない。

ようやく肉体から解放された後、徐々に感覚(記憶)が復活し、

周囲のことがわかるようになり生前の悲しみや苦悩が思い出されてきた。

死ねば楽になると思って自殺したのに、

その死に追いつめた精神的な苦痛は消え去るどころか、

肉体がある時以上にますます彼を苦しめた。

記憶は霊魂に鮮明に刻み込まれていたのである。

たとえ自殺することによって地上生から逃れても、

置き去りにした悩みや苦しみが解決するわけではない。

むしろそれを解決できるのは、地上で生きているうちなのである。

地上生で真の「自由」を獲得するためには、

まず自分のカルマを解明しなければならない。

そこで、自分のカルマを解明していくための具体的な方法を、

シュタイナーは『輪廻転生とカルマ』(シュタイナー 西川隆範訳)のなかで

次のように語っている。

「過去を振り返り、自分が何を望まなかったか、何から逃げたかったかを、

はっきりさせます。

それをはっきりさせたら、ついで、 人生のなかでもっとも気に入らなかった

事柄のイメージを持ちます。

過去の自分の人生の中で、 気に入らなかった事柄を取り出すことが

まさに問題なのです。

そして次のような考えに没頭しなければなりません。

自分が本来望みも願いもしなかった事柄を、 精力的に望み、願うのです。

・・・大切なのは、自分が望まなかったこと、あるいは自分の願望を成就できな

かった事柄を、あたかも熱心に望んでいるかのように表象することです。

こうして、感情と思考のなかに、一つの存在をつくりだすのです」
(『輪廻転生とカルマ』より)

この方法が「カルマからの自由」への最短の道のりだというのである。

さらに、シュタイナーは『いかにして前世を認識するか』
(シュタイナー 西川隆範訳)
の中で、次のように語っている。

「さて、ふたたび実験的に、次のような観点に立ってみましょう。

『わたしはこの苦悩、この苦痛を体験した。

この人生が一度かぎりのものならば、

私達の苦悩、苦痛は宿命的なものであり、

できることなら投げ出してしまいたいものだ。

だが一度、実験的に、そんなふうには考えないようにしてみよう。

私達が、なんらかの根拠から、この苦痛、苦悩、

障害を招き寄せたのだと仮定してみよう。

もし前世が存在するなら、私達は自分がかつてなしたことによって、

いまのような不完全な存在になったのだから』と、いうことができます。

・・・中略・・・

私達は、自分の行為の均衡を取らねばなりません。

何かを克服することを私達に強いるものを見出さねばなりません。

そして、この方向で、私達の苦悩と苦痛について熟考してみると、

『自分の不完全さを克服するための力を自分のものとするために、

それらの苦悩、苦痛は私に適したものである。

苦悩をとおして、私は完全になっていく』と、いうことができるのです。

通常の生活においては、私達はそのようには考えません。

通常の生活においては、私達は苦悩を退けようとします。

しかし、『苦悩、苦痛、障害は、自分のなかに自分よりも

賢い人間がいることを示している』と、いうことができるのです。

・・・・私達の魂の地下に、より賢い人間がまどろんでいます。

私達の通常の意識は苦悩、苦痛を拒絶します。

私達の中のより賢明な人間が、

私達の意に反して、私達を苦悩へと導くのです。

私達はそれらの苦悩を克服することをとおして、

何かを脱ぎ捨てることができるからです。

私達の内部に存在する、

より賢明な人間が、私達を苦悩、苦痛に導き、

その苦悩、苦痛を体験するように指示するのです。

・・・より賢明な人間が自分のなかにおり、

その人間が私達を不快なことに導くことによって、

私達は前進するのです。」
(『いかにして前世を認識するか』p67〜70より)

この内容を深く理解し、実践する中に、

地上生、魂界、霊界での

「自由」への道が潜んでいるように予感している。



コメント(9)

『神智学』の中の自殺者に関する記述、
私が、早い時期にシュタイナーの著作を読んでいてよかったとしみじみ思う最大の点がこれです。
おかげでまだ生きています。

ずいぶん前ですが、フォーラム3のニューズレターの中に、
『死は医療の敗北なのか』という興味深い記事がありました。
単に肉体を死なせまいとするだけでなく、死の向こう側にある希望をも見据えた医療、
死を超えた先も含めてトータルな人生と見る立場からの内容だったと思います。

現在は医療技術の進歩により、「延命」ということも可能になりました。
高齢になり本来なら肉体を離れる用意ができている魂も、
チューブだらけにして機械に繋ぎ、肉体を生かし続ける....これは「尊厳生」か?とも思います。

人にはその人本来の死に時があると、某シュタイナー系の講座で聞いたことがありますが、
自分自身の生を生き、自分自身の死を死ぬことが難しくなっている時代かもしれません。

あるところで、自殺者の体験として、
もし生き続けていたなら体験できたであろう
人生の輝かしい瞬間のすべてを目の前に拡げて見せられる、
という話も聞いたことがあります。
そこで「しまった」と思っても、もう戻る肉体はない....これもすさまじい苦痛ですね。

人生が1回きりではなく、人間が肉体だけの存在ではないという認識のもとでは、
人生は全く違った宇宙的拡がりをもって現れます。
そうした人生の伴侶のひとつとして人智学があってよかったと思います。

今回のトピックも響くものが多いです。ありがとうございます。
とても解りやすいです。素晴らしい。
あぁーやっぱりそうなのですね。・°°・(>_<)・°°・。自殺を考えている人に
お薦めしたいですね。読んで良かったと心からおもうことでしょうσ(^_^;)
私もそう思いますから(>人<;)ホントにありがとうございます。
生きることに積極的になりますね♪(v^_^)v
あめじすとさん
コメントありがとうございます。
ヒルフェ*ゾフィーさん
コメントありがとうございます。
とても深い内容でじっくりと読ませていただきました。

>あるところで、自殺者の体験として、
>もし生き続けていたなら体験できたであろう
>人生の輝かしい瞬間のすべてを目の前に拡げて見せられる、
>という話も聞いたことがあります。
>そこで「しまった」と思っても、もう戻る肉体はない....これもすさまじい苦痛ですね。

この話は、初めて知りました。
もし、生き続けていた場合の輝かしい人生を見せられたら
本当にショックですよね。

>人生が1回きりではなく、人間が肉体だけの存在ではないという認識のもとでは、
>人生は全く違った宇宙的拡がりをもって現れます。
>そうした人生の伴侶のひとつとして人智学があってよかったと思います。

私も全くそのように思います。
人智学は私にとっても、まさに生きる糧となっています。
ありがとうございました。

かねたかさん
コメントありがとうございます。
「人智学」って読めば読むほど本当に素晴らしいですよね。
今後ともよろしくお願いします。
ヘヨカさん
コメントありがとうございます

>読んで良かったと心からおもうことでしょうσ(^_^;)

そうですね。
本当にそう思っていただけたら嬉しいですね。

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