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カナダの歴史と政治コミュのモーゲンタラーが「オーダー・オブ・カナダ」受勲

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 ミカエル・ジャン総督は、毎年7月1日に授与されるカナダ最高の勲章「オーダー・オブ・カナダ」を今年新たに、キム・キャンベル元首相、フランク・マッケナ前ニューブランズウィック州首相、フィリップ・オーエン元バンクーバー市長を含む75人に授与した。そして受勲者の中には、モントリオールの著名な中絶推進医ヘンリー・モーゲンタラー氏がいた。
 「オーダー・オブ・カナダ」受賞者はほとんどが満場一致で選出されるが、モーゲンタラーはそうではなかったという。総督は彼の受勲理由として「女性のヘルスケア向上と、カナダの公共政策・ヒューマニズム・市民運動への不断の努力」を挙げた。

 ヘンリー・モーゲンタラーはポーランドのウッチに生まれ、アウシュビッツ収容所で生き残った。ドイツで医学を修め、1950年カナダに移住した。
 1969年に、母体の生命が危険に晒された場合に限り、保護中絶委員会(TAC)の認可を得た妊娠中絶手術が合法化された。モーゲンタラーは1967年、委員会で全ての女性は妊娠中絶の権利を持つべきだという信念について証言した。そして1960年代終わりから違法な妊娠中絶手術を公然と行い、またこれを合法化させる運動を推進した。1973年には5000件の妊娠中絶手術を行ったと公表した。
 1970年ついに逮捕され、起訴されたが、一審では無罪となった。ところが1974年ケベック控訴裁での二審は、禁固18か月を宣告され入獄した。これを契機として連邦政府は、陪審員の無罪評決を控訴裁が覆すのを禁止する「モーゲンタラー改正」を行った。三審で無罪判決を勝ち取った彼は出獄し、それからカナダ各地で非合法の私営中絶クリニックを開業した。1983年今度はオンタリオで起訴され、一審無罪、二審有罪となり、1988年の三審でカナダ連邦最高裁は、妊娠中絶に関する全ての法は違憲と判断し、妊娠中絶が完全に合法化された。
 1992年には、トロントのハーボード・ストリートにあった彼のクリニックが爆破された。

 正式な受勲の前に、彼の受勲が内定したと公表されたため、インターネット上では中絶反対派を中心に論争の嵐が巻き起こっていた。
 保守党のアンドリュー・シェアー議員は「人々が心を一つにするべきカナダ・デーにこのような行為をすることは、信じられない。彼の受勲は、オーダー・オブ・カナダの価値を下げたと思う」と語った。また保守党のアート・ハンガー議員は「かの男がオーダー・オブ・カナダを受勲するとは、何と惨めな日だろう。彼はそれに値しない。あの男はこの国に貢献しただろうか?」と語った。
 カトリック公民権連盟代表ジョアン・マクゲーリーは「オーダー・オブ・カナダは慈善事業・教育・文化・環境などの、ポジティブで人々をまとめあげる功績を残した人物に与えられるべきだと思う。モーゲンタラーは人々の間に亀裂を生じさせる人物だということに、誰もが同意するのではないか」と語った。
 自由党の下院副幹事長マーリン・ジェニングスは「女性の選択する権利を制限したがる人々がいることは確かだが、今日はカナダの女性と女性の権利のための素晴らしい日だ」と語った。またモーゲンタラーのクリニックのためのデモに参加したことのあるNDPのオリビア・チョウ議員(レイトン党首夫人)は「私たちは、女性の権利のために長年戦い続けてきたヘンリー・モーゲンタラー氏を誇りに思う」と語った。フェミニスト作家ジュディ・レビックは「多くの女性はこれを大きな勝利と確信しただろうし、そうと認められるべきだ。妊娠中絶論議は、この国では賛成論者の勝利で終わっているし、モーゲンタラー氏はその勝利に大きく貢献した」と語った。

コメント(12)

●妊娠中絶合法化への歴史

 (1) 保護中絶委員会の認可
 カナダにおける妊娠中絶手術は、1869年に刑法第251条で完全に禁止された。だがそれでも他国と同様、違法な闇中絶は横行し、毎年何人かの女性が命を落とした。1892年には、妊娠中絶のほかその宣伝広告、避妊法の配布は違法とされた。
 カナダにおける妊娠中絶自由化運動は、1960年代に始まった。ピエール・トルドー法務大臣が1967年に提出し可決された刑法第251条改正案は、妊娠中絶を母体の生命もしくは健康に危険が生じる場合に限り、「中絶認定病院」内に設置される、三人の医師からなる「保護中絶委員会(TAC)」の認可を得た場合のみ合法と規定した。なおこの法案は、同性愛と避妊を合法化した。
トルドーはこのとき有名な言葉を残している。
「国家は、国民のベッドルームに干渉すべきでない。」
 だが、保護中絶委員会の認可が下りるのに通常1か月以上かかり、中絶手術を行う機会はしばしば逸せられた。また中絶反対派は病院が中絶手術を行わないよう、彼らの仲間を保護中絶委員に指名しようとした。
 (2) モーゲンテイラー医師の戦い
 モントリオールの医師ヘンリー・モーゲンテイラーは、1960年代終わりから違法な妊娠中絶手術を公然と行い、またその合法化を推進する運動を始めた。1973年には、彼は5000件の妊娠中絶手術を行ったと公表した。
 1970年に逮捕された彼は、一審では「違法な中絶手術を行った」と容疑を認めたにもかかわらず無罪となった。だが控訴裁で5人の裁判官は、一審の無罪評決を覆し禁固18か月の有罪判決を下した。この判決は国民の猛反発を招き、連邦政府は陪審員の無罪評決を控訴裁が覆すのを禁止する「モーゲンテイラー改正」に至った。
 三審で無罪判決を勝ち取った彼は出獄し、それからカナダ各地で非合法の私営中絶クリニックを開業した。私営中絶クリニックの存在は、多くの女性にとって福音であったが、保険が効かなかったため、裕福な女性だけが恩恵に与ることを意味した。また彼の「5000件の妊娠中絶手術を行った」という証言に基づき、ケベック税務署は1973年、彼が所得隠しをしているとして35万4799ドルの所得税の支払いを命じた。両者は後に和解し、モーゲンテイラーは10万1000ドルを支払った。
 1983年には、今度はオンタリオで起訴され、一審無罪、二審有罪となった。そして1988年の三審でカナダ連邦最高裁は、妊娠中絶に関するカナダの全ての法は違憲であるという画期的な判決を下した。ケベックでの第1審から実に12年の歳月が流れ、その間にカナダは1982年憲法を制定していたのである。
 ディクソン主席裁判官は判決でこう述べた。
 「刑法第251条の下では全ての妊婦が、自ら決定する優先順位や判断とは無関係な特定の基準を満たさない限り、当人にとって利益となる安全な医療施術を受けることができない。決定権を奪うことで、女性を肉体的に脅威に晒すだけでなく、中絶が認められるか否かを知り得ない状態におくことで、精神的ストレスをも強いており、第251条は明らかに肉体的にも精神的にも女性の高潔さを侵害している。自ら決定する優先順位や判断とは無関係な特定の基準を満たさない限り、刑事罰の脅威をもって胎児を抱え続けることを強制することは、女性の肉体に対する重大な侵害である。また法が、女性の生殖能力を彼女自身の意思によってではなく国のそれに従属すると法が規定することは、『権利と自由のカナダ憲章』に保証されている人の安全に対する権利を本質的に侵害している。」
またウィルソン裁判官は補足意見としてこうつけ加えた。
 「『権利と自由のカナダ憲章』第7条が規定する自由の権利は、全ての個人に対しその私生活に関わる重要な判断をなすにあたり、私的自治を保障していると結論づける。妊娠を中絶するか否かは、本質的に道徳の問題である。そして自由で民主的な社会において、個人の良心は国のそれに優越していなければならない。」
 判決はまた、女性が妊娠中絶を受けるべきかどうかを決定していたのがほとんど男性であった点や、認定制度がカナダ全域に整備されていない点にも言及した。なおカナダは1982年憲法制定まで違憲立法審査権を有しておらず、本件はカナダの裁判所が初めて違憲判断を下したという意味においても意義深い。
 連邦最高裁は連邦政府に対し、妊娠中絶に関する新しい法律を作成するよう促した。だが1989年に提出された法案は、母体の健康に危険がない場合に妊娠中絶を承諾した医師を懲役2年に処するもので、医師たちの猛反発を買った。この法案は下院で可決されたが、上院では賛否同数で秘訣された。連邦政府はここに至ってこの問題の困難を悟り、妊娠中絶に関する法律制定を断念することになった。こうしてカナダは、妊娠中絶に関する法律が存在しないことになった。世界の多くの国では、妊娠中絶にはカウンセリングやその他の条件を必要とするが、カナダは今日何の条件も必要とせず、最も遅い時期まで妊娠中絶を容認する国のうちの1つである。なお下院での可決と上院での否決の間には、ウォータールー大学の女学生が自ら中絶を行い出血多量で死亡する事件が起こった。
 (3)  妊娠中絶反対運動
 カナダの著名な反中絶団体としてキャンパスライフ連合、リアル・ウィミン・オブ・カナダ、ナショナル・キャンパスライフ・ネットワーク、ライフカナダ、生命倫理改革センターそしてカトリック教会が挙げられる。これらの団体は大学キャンパス等で中絶された胎児の写真を展示するキャンペーンを行い、大きな支持と批判を受けた。
 妊娠中絶手術を行う医師は、しばしばテロリストの攻撃を受けた。それらは全て11月11日のリメンバランス・デーもしくはそれに前後して起こった。リメンバランス・デーは第一次大戦終戦記念日であり、戦没者を追悼する日である。
 1992年には、トロントのハーボード・ストリートにあったモーゲンテイラーのクリニックが爆破された。爆発は夜だったので負傷者はいなかったが、近くの書店が被害に遭った。中絶指定病院はトロントの別のクリニックに切り替えられ、このテロ攻撃は妊娠中絶を阻止できなかった。
 1994年11月8日、バンクーバーの医師ガーソン・ロマリスが銃撃された。
 1995年11月10日、オンタリオ州アンカスターの医師ヒュー・ショートが自宅で銃撃された。
 1997年11月11日、ウィニペグの医師ジャック・フェインマンが銃撃された。
 (4) 主要政党の見解
 連邦議会における主要政党のうち、左派の新民主党とケベック連合は中絶容認を明確に打ち出している。二大政党の自由党と保守党は、容認派と反対派が共存しており、この問題について公式の見解がない。伝統的に、自由党は容認派優位で、保守党は反対派優位である。
 二大政党のこのような曖昧さは、しばしば党内で問題となった。保守合同によって近年結成されたカナダ保守党は、その前身である中道右派の進歩保守党と右翼のカナダ同盟との間の見解の差について、しばしば論争を呼んだ。カナダ同盟出身者は、ベリンダ・ストロナック議員が2004年の保守党党首選に立候補し、中絶容認のポリシーを掲げたことに憤った。2005年3月の党大会では、投票の結果僅差で保守党は妊娠中絶に関する法案を提出しないと決定した。ただし個々の議員は個人提案の法案を提出することはでき、その場合党議拘束なしの自由投票となる。
 中道左派の自由党では、幹部は中絶反対派が多いが、この問題についての見解をあえて公式に示そうとはしなかった。ポール・ステックル議員が2006年6月に提出した法案は、妊娠20週以降の中絶に刑事罰を科するものだったが、可決されず、中絶に関する法案はその後議会に提出されていない。
 カナダでは、クリスチャン・ヘリテージ党だけが唯一、中絶反対の綱領を公式に掲げているが、連邦議会に議員を送ったことはない。
 (5) 世論調査
 各種世論調査は、大多数のカナダ人が妊娠中絶非合法化に反対することを示したが、同時に大多数のカナダ人が妊娠中絶に対する若干の法規制を支持する可能性をも示唆した。
 2001年9月に実施されたレジェ・マーケティング社の世論調査では、46.6%が「中絶容認」、37.6%が「中絶反対」と回答した。また「女性だけが妊娠中絶の決定権を持つべきだ」という設問に54.5%が同意し、38.5%が反対した。
 2001年12月のギャラップ社の世論調査では、妊娠中絶の合法性について、32%が「いかなる状況でも合法とすべき」、52%が「限られた状況において合法とすべき」、14%が「いかなる状況でも違法とすべき」と回答した。
 2002年1月に実施されたレジェ・マーケティング社の世論調査では、妊娠中絶の道徳性について47%が「非道徳でない」、41.8%が「非道徳である」と回答した。
 2002年11月に実施されたナショナル・ポスト紙の世論調査では、「女性は妊娠中絶において完全に自由であるべきか」という設問に78%が「はい」と答えた。
 2003年10月に実施されたレジェ・マーケティング社の世論調査で、出生前の生命保護に関し63%が「出生前の生命を法的に保護すべきだ」、69%が「妊娠中絶の認可に関し法制化を支持する」と回答した。
 2005年4月に実施されたギャラップ社の世論調査では、カナダの妊娠中絶に関する法秩序について、52%が「カナダの現行法を支持する」、20%が「より緩和してほしい」、24%が「より厳しくして欲しい」と回答した。
 2005年10月に実施されたエンバイアニクス社の世論調査で、「人は発生するどの時点で法的保護を受けるべきか」という設問に、30%が「受胎から」、19%が「妊娠3か月目から」、11%が「妊娠6か月目から」、33%が「出生時から」と回答した。
 2006年4月に実施されたレジェ・マーケティング社の世論調査では、「妊娠中絶は非道徳的だ」とする回答者が34%となり、小児愛、婚外交渉、売春、アルコール乱用、16歳未満との性交渉、ポルノ映画、自慰を非道徳的とする人を下回った。
 2008年6月に実施されたアンガス・リード社の世論調査では、妊娠中絶について46%が「いかなる状況でも容認すべき」、19%が「妊娠中絶を現在より規制すべき」、22%が「強姦など限られた場合のみ容認すべき」、7%が「母体の生命を救う場合のみ容認すべき」、49%が「いかなる状況でも合法であるべき」と回答した。
 州別調査では、ブリティッシュコロンビアとケベックに最も中絶容認派が多く、中西部に最も中絶反対派が多いことが判明した。
 ハーパー首相は5月21日、いかなる種類の中絶法案にも反対すると明言した。
 保守党のロッド・ブルインヌージ議員は、女性に「強制的に」妊娠継続できないようにした者を罰する法案を、個人で提出している。首相のコメントは、これに関連するものである。
「私は通常、個人提出の議案についてコメントはしない。だが今回は明言する。私は、いかなる種類の中絶法案にも反対する。」
 党の幹部会で採択された議題には党議拘束がかかり、違反すれば罰せられる。だがたとえ幹部会で採択されなくても、議員は個人で法案を提出することができる。この場合、党議拘束はかからない。
 ハーパー政権は2008年にも、保守党のケン・エップ議員が個人提出した、妊娠した女性が殺害された場合に胎児殺害の罪をも別個に問う法案に反対している。
 プリンスエドワード島に住む彼女は、午前2時に起床し、ニューブランズウィックへと続くまだ暗い夜道のドライブを開始した。人目を避けるため早朝に着いたフレデリクトンのクリニック前には、プラカードを持った運動家たちがすでに待ち構えていた。ロザリオを持った中年女性が、クリニックに入ろうとする彼女に向かって叫んだ。
「考え直しなさい!」

 彼女は言った。
「自分の住む州で中絶手術ができないなんて、おかしいわ。」
 モントリオール・トロント・バンクーバーのような都市在住者なら、中絶手術を受けるのに何の障害もない。だが田舎町では人目もあるし、信心深い人も多い。それで彼女は、4時間のドライブをしてまで他州に行かなければならないのだ。
 カナダでは1988年、妊娠中絶に関する一切の法律が廃止された。これにより、妊娠中絶は違法ではなくなったのである。だが中絶手術を希望する女性たちは、しばしば病院で中絶を非難する医師や看護師に出くわす。さらに中絶手術を受けるには、医師の照会が要る。しかしカナダ医師会は、医師は自らの良心に反する妊娠中絶を拒否できるものとしている。このような事情から、病院ではなくモーゲンテイラーの私営クリニックの門を叩く女性も多い。そこでは医師の照会は要らないからである。
 ある女性は語る。
「それぞれの段階において、障害、障害、また障害があります。人は、カナダでは中絶は自由だと言うけれど、大きな間違いです。それは一部の人だけです。」

 6月25日からハンツビルで開催されるG8サミットでは、妊娠中絶問題が議題に挙げられている。
 8月23日から25日までノバスコシア州ハリファックスで開催された保守党党大会は、初めてハーパー前党首以外の党首を据え、彼が長年抑えつけてきた保守的政策の復活が目立った。
 第一の問題は、カナダと何の縁もない人が市民権目的でカナダで出産する、いわゆる「出産旅行」「パスポート・ベビー」を認めず、市民権を与えないと綱領に明記することである。具体的には、以下のように明記された。
「カナダで産まれる子の両親の一方がカナダ市民ないし永住者でない限り、カナダで出生することで得られた市民権を完全に剥奪する法律を制定するよう、我々は政府に働きかける。」
 採決に先立ちアリス・ウォン下院議員(中国系)は、「パスポート・ベビー」は「我々」のリソースを奪い、カナダの母親たちを危険にすると演説した。
 ディーパク・オブレイ下院議員(タンザニア系)は、現状維持を訴えた。
「これは、平等に関する基本的な問題だ。カナダで生まれた人は、法律によりカナダ人である権利がある。我々は、誰がカナダ人になり、また誰がカナダ人にならないかを選ぶことはできない。我々は世界中で、政府が好ましくないと思う人々から市民権を剥奪するのを見た。」
 アムネスティ・インターナショナル・カナダのアレックス・ネーブ事務局長は、懐疑的見解を述べた。
「市民権法の改正を正当化する、いわゆる『出産旅行』問題にカナダが直面しているという話には、根拠がない。」
 ケベックの弁護士は、この問題は、実証されてもいない噂レベルの話について過剰に取り組むことであり、無国籍の子供たちを生むことになると警告した。
 フッセン移民大臣の広報マチュー・ジュネ氏は、決定を批判した。
「これは、カナダを我が家としていた人々の市民権を剥奪しようとする、ハーパー政権によって敷かれた道に保守党が戻るのを見る恥である。」
 彼は、カナダに入国するとき妊娠しているかどうかは調査されないと指摘した。

 第二の問題は、妊娠中絶非合法化の提案が僅差で採択されなかったことである。綱領の第65条にある、保守党政権は妊娠中絶を管理するための法律制定を支持しないという規定を削除する提案は、47%対53%で否決された。だが党内右派「キャンペーン・ライフ連合」のジャック・フォンセカ氏は、「社会保守主義には勢いがある」と語った。
「次の党大会を見るがい。我々には、第65条が最終的に削除されるという確信がある。そして我々はさらに、生命・家族・信仰そして自由に関しより多くの条項を加えるだろう。」
「我々は2019年総選挙のため、より多くの妊娠中絶反対派の保守党候補を擁立し、当選させるために活動している。」

 第三の問題は、過去の政治家に対する評価、特に初代首相マクドナルドへの批判が高まり、像を撤去する運動が過熱していることについて、シーア党首が批判的に語ったことである。
「我々が、カナダ初の首相であり、連邦結成の父であり、この国をそう実現することを可能にしたビジョンを持った人物を排出した党であることを、誇りに思う。」
「我が国の誇るべき歴史を抹消しようとする過激な活動を許していることこそ、不名誉であると私は思う。」
上の投稿の「排出した党」は、「輩出した党」の誤りです。
 アメリカで連邦最高裁が、1973年に妊娠中絶を合法化した「ロー対ウェイド」判決を覆す原案を起草していることが5月2日にリークされ、カナダ政界にも影響を与えている。
 カリナ・グールド家庭・子供・社会開発大臣は3日、CBCテレビで「もしアメリカがロー対ウェイド判決を覆したら、アメリカの女性はカナダで中絶することができる」と語った。トルドー首相も同日「カナダではあらゆる女性に、安全で合法な妊娠中絶を受ける権利がある」と語った。
 だがオタワ大学で法学を教えるダフニ・ギルバート教授は、首相の発言を批判する。カナダにおける最近の判例は、1988年のモーゲンテイラー裁判で、連邦最高裁は中絶を規制する全ての法律は違憲と判断したが、これまで最高裁は「中絶する権利」について言及したことはないからである。
 トロント大学のバーナード・ディケンズ名誉教授も、これに同意する。
「それは、中絶権を真に確立するものではなかった。それは単に、刑事罰を廃止したに過ぎない。」
 だがギルバート教授は、88年以降の判例は、中絶する権利を事実上支持していると考えることができると指摘する。彼女は安楽死幇助を例に挙げ、「意思決定、管理、身体の自治、良心の自由」を中絶に当てはめれば、同じ結論になるだろうと言う。また保健は州の管轄であるから、連邦政府が刑法によって妊娠中絶を管理する試みは、違憲立法となる疑いがある。

 保守党のキャンディス・バーゲン党首は10日、連邦議会で「妊娠中絶を受ける機会は(保守党の)ハーパー政権で制限されなかった。保守党は妊娠中絶について、法案を提出しないし、議論を再燃させない」と述べ、「議論を再開しているのは自由党だけ」と批判した。
 だが彼女は知らなかったが、それより2時間早く議事堂で保守党のアーノルド・ビアセン議員が、記者たちによる囲み取材で「私は、議論は終わっていないと考えている」と語っている。

 カナダの二大政党である自由党と保守党には、伝統的に中絶賛成派と反対派が混在しており、自由党には賛成派が、保守党には反対派が多いと考えられてきた。だが自由党は、2013年にジャスティン・トルドーが党首に就任したとき「中絶反対派は公認しない」と公言したため、今では反対派はいないと思われる。
 それに対し、保守党の立場はいくぶん複雑である。カナダ保守党は、2003年に右翼のカナダ同盟と中道右派の進歩保守党が合併して成立したことから、初代党首のハーパーは分裂を回避するため、個人的信条とはうらはらに「保守党政権は、妊娠中絶を規制するいかなる法律も支持しない」という綱領を採択した。保守党は現在党首選の最中だが、本命視されているピエール・ポワリビエール議員も対抗馬と見られるジャン・シャレー元州首相も、同様のコメントをしている。だがそのいっぽうで保守党は「医師・看護士・その他の医療従事者が妊娠中絶、自殺幇助または安楽死に加担し、あるいはそれらに彼らの患者を照会することを拒否する良心の権利を支持する」「妊娠中絶は、カナダの母子保健プログラムから明確に除外されなければならない」とも盛り込んだ。

 幹部会で採択された議案には党議拘束がかかるので、違反すると党から罰せられる。だが個々の議員は中絶を規制する法案を個人提出でき、この場合党議拘束はなく自由投票となる。最近の例では2021年、保守党のキャセイ・ウェイゲントール議員が性選択的中絶を禁止する法案を提出したが、保守党議員81名と元保守党議員1名の賛成のみで、否決された。

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