『生命(いのち)のバカ力』(講談社+α新書)は、村上和雄さんの著作のひとつですが、実にすてきなタイトルです……
火事場のくそ力というのは、よく知られていることばだけれど、村上さんによると、このくそ力というのは、単なる精神力ではなくて、実際に、物質的レベルにおいて眠っていた非常用の遺伝子がONとなり、タンスを持ち上げるような爆発的なパワーを生み出すタンパク質合成が行われるのだそうです。
遺伝子というのは、タンパク質の総合設計図のことであり、無数にあるそのデザインのなかから、どれかを選択してONあるいはOFFにすることによって細胞は分化し、あるものは腕になったり、あるものは内臓になったり、あるものは目になったり、あるものは爪になったりするのですが、村上さんたちの研究によって、これは遺伝子側から肉体への一方通行ではなく、例えば、ある特定の運動をくり返すとか、こころもちを変化させるとか身心のモードによって逆に遺伝子側に影響を与え、そのONとOFFとを変化させることができるということが判明しつつあります……遺伝子と身心の双方向性コミュニケーションの存在が明らかになってきたというのは朗報ですね。
いくらゲノムの解読が進んだといっても、まだまだ遺伝子の世界も謎だらけ、それはちょうど茂木さんが脳科学最前線の情報を駆使しながらも、こころの不可思議さ、非計測性を重要視するのと同じスタンスです……
脳科学の分野では茂木さん、遺伝子の分野では村上さんがおもしろい。
村上さんも世間に顔を見せている論理的で明るい科学を「デー・サイエンス」と呼ぶ一方、実際の科学的探求のプロセスの途上で起こる計測不可能な偶発的な出来事……実験の手順ミスがもたらした大発見とか、研究の突破口となる物や人との出会いのタイミングなど非合理な裏話の部分を「ナイト・サイエンス」として呼び、とりわけこの「ナイト・サイエンス」の重要性について力説されていますが、これは科学そのものも夜の側面、不合理な側面から切り離してはあり得ないことを示唆しています。
茂木さんの本と、村上さんの本を平行して読んでゆくと、脳の話なのか、遺伝子の話なのか、あまりに似過ぎていて、どちらがどちらの話なのかわからなくなるほど楽しいです。
ぼく自身の科学的知識やアプローチは、細胞レベルでの分子の営み……特に各種栄養素(ビタミン, ミネラル、アミノ酸、必須脂肪酸)と細胞との相互作用に着目する分子整合栄養医学に土台を置いているのですが、茂木さんや村上さんの著作を通して、脳や遺伝子のレベルとのつながりについてさらに知見を広げてゆける予感がしてわくわくしています。
なお、村上さんが『生命(いのち)のバカ力」で述べられているなかで特に興味を惹かれるのは、断食による生命危機のショックが細胞の眠っていた遺伝子を励起させて難病をクリアーにすることがあるという側面と、ビタミンAやビタミンD、ビタミンKなどある種のビタミン類が、直接遺伝子に作用して、そのONとOFFに関与してゆくという側面が同時に語られている部分です。
適切な栄養素の補給と断食とをうまく配合し、こころのモードを転換するこころのワークを組み合わせることができれば、けっこうやっかいな病態に対しても、かなり有効なアプローチが見出せるのではないかと空想を巡らせている私です……
脳も遺伝子も眠った状態になっているエリアが大部分ということなので、これらが目覚めてくるときには、ほんとうに何が起こることになるのか想像もつきませんね……
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