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2008年10月09日00:21

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『人間の安全保障』

アマルティア・セン『人間の安全保障』集英社新書、2006年

買ったのではなく図書館で借りたもの。センは20世紀最大と言っていいくらいの社会科学者だと個人的には思っているけれど、まだ新刊を買い集める余裕はない。でも2000年から2004年までの論文を集めたこの本も期待を裏切らず素晴らしい。「安全保障」というと軍備増強のことを連想してしまうが、著者は軍事面にとらわれず(インドの核兵器について書いた章もあるけれど)、安心して暮らせるという、生活保障も含むようなもっと広い意味で human securities という言葉を使っているようだ(ちなみに英語の securities には証券=株というような意味もあるところが面白い)。

識字率など教育が社会開発や被抑圧民の権利向上にとって重要であることは半ば常識だとは思うが、併せて「公共の論理」(ここで言う「論理」もいわゆる論理学的な論理というよりも思想とか発想というくらいの意味ではないかと思うが)という概念を持ち込んでいるところも興味深い。「公共の論理」は公の場で自由に議論できるというような意味のようで、表現の自由という法的視点では当たり前かもしれないが、双方向の対話に力点があると思われる。また彼の独自性がみられるのは、個人の選考をどのように集積して社会的な決定を出すかという方だと思うが、本書にはあまり出て来ていないようなのは残念。

インドの核開発問題(とパキスタンとの国交)について。全人類滅亡の危機に迫る決断を下すのが狂信者や独裁者だけではないという話よりも、パキスタンが核実験に踏み切ることが出来たのはインドが5回目の核実験を強行したからとか、必要度で言えば原子物理学者のほとんど居ないパキスタンの方が実験に踏み切る科学上の必要性が高かったといった冷静な分析が好きだ。是非論やあるべき論よりもこういう現実的な視点の方が参考になる。もちろん、両国の核実験を肯定しているわけではなく、インドが政治経済社会上の成長よりも軍備拡張を優先したことを批判する例として挿入されたエピソードであるが。


著者の倫理学に関する議論は時々理論的すぎるように感じてきたが、この本の人権についての章にも同じことを感じる。人権を法的でなく倫理的な要請として定義しようとする姿勢はとても興味深いのだが、法には国家権力を背景にした執行力があるが倫理にはそれがないという点について彼がどのように考えているのかがよく見えない。先述の「公共の論理」に結びつけていこうとしているらしいので私の理解力不足かもしれないが。


センの代表作と言えば今までは『合理的な愚か者』(勁草書房)か『自由と開発経済』(日本経済新聞社)辺りだったと思うが、読んだことのある前者は理論的でかなり難解。最近新書が相次いで出たようで入門にお薦め。コミュでも紹介されていた。



p.s. 2012年2月に来日公演した時の日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1819939680&owner_id=8658267
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