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2007年05月29日06:43

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「チョウザメ」 御三家。

  ▲ベルーガ。      ▲オセトラ。      ▲セブルーガ。



〓日曜日の 「世界の果てまでイッテQ!」 がなかなか面白うござんした。
キャビアは、買ったほうが得か、自分で獲ったほうが得か、という疑問でした。イランというような “近代化を拒否するのか、受け入れるのか、どうもハッキリしない”国の、カスピ海沿岸の小さな町でも、チョウザメ漁が、ひじょうに厳しく国家統制されていて、国家認定の 「チョウザメ加工無菌工場」 があったりするのがツボに来ましたね。こういうレポートはドキュメンタリーでは見たことがない。

〓カスピ海のチョウザメの漁獲高は、ソ連邦が消滅した当時の 1/40 にまで落ち込んでいるそうです。ある意味で、ソ連邦という独裁体制がチョウザメを守っていたと言えそうです。
〓その後の密漁の横行で、チョウザメは、現在の 「絶滅危惧」 状態にいたっています。

〓きのうのイッテQは、イラン側からの漁でした。現在、ロシアとイランは国境を接していないのですけれど、カスピ海を挟んでは、となりどうしの国である、というのは、なかなか気づかないことです。

〓チョウザメというのは、今のところ、全世界で 30種が確認されています。そのなかで、キャビアと呼ばれるものは、主としてカスピ海に棲息する、次の3種のチョウザメの卵で、全世界の消費量のほぼ9割を占めます。

  ベルーガ
  オセトラ
  セブルーガ


〓卵の大きさは、ベルーガ→オセトラ→セブルーガの順で、値段もこの順番です。味の甲乙がこのとおりかどうかは、アタシの関知するところではありません。

〓2006年には、ワシントン条約により、カスピ海周辺5ヶ国──ロシア、イラン、カザフスタン、トゥルクメニスタン、アゼルバイジャン──の産するキャビアの国際取引が禁止になりましたが、密漁によるヤミ取引が正規の取引量を超えているそうで、けっきょく、キャビアの高騰を招いただけだったようです。
〓2007年5月現在の日本での時価を調べてみますと、こんな感じです。

   ベルーガ 100g 27,000〜70,000円
   オセトラ 100g 23,000〜63,000円
   セブルーガ 100g 15,000〜56,000円
   カルーガ 100g 17,900円

〓なぜに、こんなに値段の幅があるのかフシギですが、ベルーガ→オセトラ→セブルーガという価格帯の順番は、ちゃんと揃っているが面白いですね。


     フォト

 ◆チョウザメ目の分類。ベルーガは、Huso (フーソ) 属、
  オセトラとセブルーガは、Acipenser (アキペーンセル)
  属に入る。




  【 チョウザメ御三家はロシア語 】

〓「ベルーガ」、「オセトラ」、「セブルーガ」 というキャビア界のチョウザメ御三家の名前は、いずれもロシア語です。

  【 белуга 】
    bjeluga [ ビェ ' るーガ ] 「ベルーガ」

〓「ベルーガ」 の和名は “オオチョウザメ”、英名は “great sturgeon” と言い、チョウザメの中でも最も大きくなる種です。学名を、

   Huso huso [ ' フーソ ' フーソ ]

と言います。ヘンテコな名前ですよね。学名の父、リンネの命名になるものなんですが、マコトに奇妙なことに、ラテン語でもギリシャ語でもなく、こりゃ、

   古期高地ドイツ語

という大昔のドイツ語を引っぱり出してきたものらしいんです。
〓その昔は、黒海のベルーガがドナウ川を遡上して、ドイツ語圏までやって来ていたらしく、古いドイツ語による呼び名がありました。

   hūso [ ' フーソ ] ベルーガ

という単語です。リンネは、この単語を2つ重ねて学名としたんですね。意味は、「オオチョウザメにして、オオチョウザメ」 という名詞の並立になります。古ノルド語 (北欧語) からの借用語で、「頭蓋骨」 を意味します。ベルーガの頭部が 「頭蓋骨」 にでも見えたんでしょうか。現代ドイツ語では、まるで、Haus [ ' ハウス ] 「家」 という単語から派生でもしたかのような、

   Hausen [ ' ハウズン ] ベルーガ

という語形に姿を変えています。huso という単語は、現代では、学名の中にしか存在しません。

белуга 「ベルーガ」 という語がロシア語に登場したのは、16〜17世紀ごろです。語源は、

   белый bjelyj [ ' ビェーるイ ] 白い

で、この単語の語根 бел- bjel- [ ' ビェる ] に、愛称語尾 -уга -uga [ - ' ウーガ ] の付いた語形が 「ベルーガ」 です。
〓やっかいなことに、やはり、бел- bjel- に、多少ニュアンスの異なる愛称語尾 -уха -ukha [ - ' ウーは ] の付いた単語もあり、こちらは、水族館が大好きなヒトならよくご存じの 「シロイルカの “ベルーガ”」 を指します。

   бел- bjel- [ ' ビェる ] 「白い」 を意味する語根

    + -уга -uga [ - ' ウーガ ] 指大辞に近い愛称語尾の1つ
      → белуга bjeluga [ ビェ ' るーガ ] オオチョウザメ

    + -уха -ukha [ - ' ウーは ] 愛称語尾の1つ
      → белуха bjelukha [ ビェ ' るーは ] シロイルカ

〓「オオチョウザメ」 が白い、というのは、腹を言うようです。船に上げると、真っ白な腹が目立つのですね。「シロイルカ」 は全身真っ白です。
〓この両語は、ロシア語でも混同されたらしく、慣用句に、

   реветь белугой
   rjevjet' bjelugoj  [ リェ ' ヴィェッチ ビェ ' るーガイ ]
   「“ベルーガ” のようにわめく」

というものがあるのですが、シロイルカをよくご存じのヒトなら、これが 「チョウザメ」 ではなく、「シロイルカ」 の間違いであることに気づくはずです。「シロイルカ」 は、別名 「海のカナリア」 “Sea Canary” と呼ばれているくらいですから。
〓ロシア語の混乱を反映したものか、英語では、

  【 beluga 】 [ バ ' るーガ ]
    (1) オオチョウザメ、ベルーガ。1591年初出
    (2) シロイルカ、ベルーガ。1817年初出

と、まったく違う生物が、同じ名前で呼ばれる事態になっています。



  【 「オセトラ」 がそもそもチョウザメ 】

〓「オセトラ」 と呼ばれるチョウザメは、日本語の表記が安定していません。

   オセトラ  2,560件 ※英語式
   オショトラ 1,010件
   オショートル 303件 ※もっとも正統な表記
   アセトラ  271件
   オショトール 11件 ※完全な間違い
   オセットラ  9件
   オショトル  8件
   アショートル 4件 ※ロシア語の発音をカナにしたもの

〓実は、「オセトラ」 という表記は、まったく奇妙なんです。

   осётр osjotr [ ア ' ショートル ] オショートル

というのが、ロシア語の正しい綴りと発音です。
〓「オセトラ」 というのは英語名です。古い辞書には出ていないので、比較的最近、定着した単語でしょう。

   osetra, ossetra [ , オゥ ' セトラ ] オセトラ

〓おそらく、この単語のもとになったのは、ロシア語 осётр 「オショートル」 の 「属格」、「対格」 の語形、

   осетра osjetra [ アシェト ' ラー ] アセトラー

に基づくものです。仲買人が、ロシア人が盛んに使う対格形 「チョウザメを、チョウザメを」 を主格とカン違いしたとしか思えません。
〓最近では、ロシアが輸出する 「オセトラ」 のキャビア缶にまで、

   OSETRA

と印刷されています。和名は、「ロシアチョウザメ」 です。

〓この осётр osjotr [ ア ' ショートル ] という単語は、ロシア語では、実は、特定のチョウザメを指すのではなく、「チョウザメ全般」 を指す単語です。つまり、

  「ベルーガ」 も 「セブルーガ」 も
  「オショートル」 の一種


ということです。そして、海外で 「オセトラ」 “osetra” と呼ばれているチョウザメは、ロシア語では、

   русский осётр
   russkij osjotr  [ ' ルースキイ ア ' ショートル ]
   「ロシアのチョウザメ」

と呼びます。他の名前はありません。和名は、これに準じたものですね。

осётр 「オショートル」 という単語の歴史は古く、スラヴ祖語では、

   *jesetrъ [ イェセトル ] チョウザメ

というような語形だったと考えられています。そのため、ロシア語内部で造語された 「ベルーガ」 と違って、他のスラヴ語にも対応する単語があります。

   осетер oseter [ オセ ' テール ] ウクライナ語
   асетр asetr [ ア ' セートル ] ベラルーシ語
   есетра esetra [ エ ' セートラ ] ブルガリア語
   јесетра jesetra [ ' イェセトラ ] セルビア語、クロアチア語
   јесетар jesetar [ ' イェセタル ] セルビア語、クロアチア語
   jeseter スロヴェニア語
   jeseter [ ' イェセテル ] チェコ語
   jesiotr [ ' イェショトル ] ポーランド語
   осетръ osetrŭ 古ロシア語。12世紀

〓このスラヴ語彙と近縁関係があると考えられるのが古期高地ドイツ語の

   stur(i)o [ ス ' トゥリオ、ス ' トゥロ ]
            チョウザメ。古期高地ドイツ語

です。現代ドイツ語では、

   Stör [ シュ ' テール ] チョウザメ。現代ドイツ語

となっています。
〓これと同源の単語が 「フランク語」──フランク王国を建設したベルギーあたりを故地とするゲルマン人 “フランク族” の言語──にもあったと思われ、

   *sturjōn [ ストゥリオーン ] チョウザメ。古フランク語

と推定されています。この単語は、アングロサクソンといっしょに海を渡り、古期英語

   styrġa [ ス ' テュリヤ ] チョウザメ。古期英語

となっています。
〓いっぽう、フランク族がガリア (フランス) に持ち込んだ単語は、ラテン語彙となり、

   *sturion [ ス ' トゥリオーン ] チョウザメ。ガリアのラテン語

を生んでいます。このガリアのラテン語は、ロマンス語世界に伝播しました。

   sturgeon, esturgeon
       [ (エ)ステュル ' ジョん ] 古フランス語
     esturgeon 現代フランス語
   storione [ ストリ ' オーネ ] イタリア語
   esturión [ エストゥリ ' オン ] スペイン語
   esturió [ エストゥリ ' オー ] カタルーニャ語
   esturjão [ エストゥル ' ジャウん ] ポルトガル語

〓そして、フランス語形はノルマン・コンクエストとともにイギリスに渡り、

   sturgeon [ ス ' ターヂョン ] 英語。1274年ごろ初出

となりました。もとからあった同源の styrġa 「ステュリヤ」 を駆逐したことになります。つまり、遠くたどって行けば、ロシア語の осётр 「オショートル」 と、英語の sturgeon 「スタージョン」 は、同源ということです。



  【 セブルーガ 】

〓最後に 「セブルーガ」 ですが、ロシア語では、正しくは、

   севрюга sjevrjuga [ シェヴ ' リューガ ] セヴリューガ

です。和名は 「ホシチョウザメ」。「星蝶鮫」 の意です。
〓語源はハッキリしませんが、「ベルーガ」 同様に、語末に、指大辞に近い愛称語尾 -уга -uga 「ウーガ」 が付いています。つまり、語根は、

   севрь- sjevr'- [ シェヴリ ]

となります。
〓カスピ海から黒海のあたりといえば、古くはチュルク系の民族が往来した土地ですが、「セヴルーガ」 を指すトルコ語に、

   sivrişka [ スィヴリシュ ' カ ] セブルーガ
   sivruşka [ スィヴルシュ ' カ ] セブルーガ

という単語があります。なんとなくロシア語っぽいですが、ロシア語には、

   сивришка, сиврушка,
   севришка, севрушка,
   сиврюшка, севрюшка


という単語はありません。どうやら、sivrişka [ スィヴリシュ ' カ ]、sivruşka [ スィヴルシュ ' カ ] というトルコ語の単語は、

   sivri [ スヴ ' リ ] 鋭い、先の尖った

という形容詞からできているのではないか、と思えるフシがあります。
〓もっとも、トルコ語の -işka, -uşka は、いったい、こういう接尾辞なんだ? と問われると非常に困ってしまうんですが。


〓ここで、トルコ語を出したのには、ある理由があります。チョウザメにトルコ人が関わってくる、というハナシですが、お長くなりますので、また、明日ということで。
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