▲ガングリオンの吸引。 ▲染色したランゲルハンス島。
〓「ガングリオン」 と言っても、ロボット・アニメか、なんぞではないのです。
〓先ほど、TBSラジオで 「土曜ワイド」 を聴いていたら、
永六輔さんが、ガングリオンの
摘出手術を受けたという
のですね。ラジオの中では、ナンだか、ハナシ半分なので、どこに何がデキて、どのような手術を受けたのか、サッパリわからない。
〓「永六輔 ガングリオン」 で検索してみたら、さすが、永六輔世代、
ネットに何の情報もない
のです。信じられませんね。当人がパソコンのパの字もわからない、のは承知していたけれども、あのラジオを聴いている人たちも、ほとんど、パの字嫌いの人たちらしい。
〓それにしても、「ガングリオン」 とは興味をグイグイと引かれる名前です。「ランゲルハンス島」 と同じように “調べてくれ〜調べてくれ〜” と単語が訴えています。
【 ガングリオン 】
〓「ガングリオン」 というのは、手足の関節にできる腫瘍 (しゅよう) のことで、たいていは良性のものらしい。
〓一般の人が、
「軟骨が出た」
と表現する 「あのコブみたいなもの」 が “ガングリオン” なのです。心当たりありますか? あたしは、確かに 「軟骨が出た」 と言って “手の甲だの、手首だの、指の関節だのにできたコブ” を見せられた経験が、何度かあります。なるほど、あれを “ガングリオン” と言うらしい。
〓発症メカニズムはわかっておらず、生命保険の手術給付の対象外であることが多いそうです。痛みがある場合は、内部に溜まっているゼリー状の物質を注射器で吸引するか、あるいは、切除手術をするそうです。
〓永六輔さんのガングリオンは痛みを伴っていたらしいです。だいたい、普段から、「オレは死んでも手術を受けない」 と言い張っている永さんが手術を受けたんだから、相当に痛かったんでしょう。
〓ところで、この 「ガングリオン」 というオモシロな名前はどこから来ているのか?
γάγγλιον ganglion [ ' ガングりオン ]
※ -γγ- は、-ŋg- と読む
〓ギリシャ語です。ビミョーな時期に生まれた単語です。古典ギリシャ語期の末期に生まれています。なので、すべての 「古典ギリシャ語辞典」 に記載されていません。この単語をつくったのは、紀元2世紀のギリシャの医者、
Γαληνός Galēnos [ ガれー ' ノス ] ガレーノス
※英語などでは Galen
という人物です。「古典ラテン語辞典」 には記載があり、ganglion [ ' ガングりオン ] で出ています。
〓語源は、どうもよくわからないんですが、どうやら、
γλοιός gloios [ グろイ ' オス ]
粘り気があるベタベタするもの。ドロドロしたもの
の頭に、強めのための 「畳音」 を付けたものではないか、と思うんですね。ギリシャ語の名詞に 「強調の畳音」 というのがあるかどうかよくわからないんですが……
γα- + γλιον ga- + glion
ものすごくドロドロしたもの。
ドロドロしたスゴイもの
〓「グロイオス」 が、なぜ、「グリオン」 になるのか、という疑問を持たれるでしょうが、いわゆる古典ギリシャ語ではない、コイネー (汎ギリシャ語圏の共通語) では、-οι- -oi- は、[ オイ ] ではなく、[ -y(:)- ] [ ユ(ー) ] のように発音されていました。
〓ギリシャ語では、本来、「畳音」 というのは、動詞の語幹の頭に、語頭の子音を含む音節を付加して 「完了」 をあらわすものです。しかし、たとえば、
γιγνώσκω gignōskō [ ギグノ ' オスコー ] 知る
のように、そうした文法の範疇とは異なる 「畳音」 もありうるようです。
【 ランゲルハンス島 】
〓先に名前を出したので、ついでに 「ランゲルハンス島」 について書いておきましょう。
〓膵臓 (すいぞう) というのは、その90%が 「消化液である膵液」 を分泌する外分泌腺でできていますが、その外分泌腺の中に、インスリンなどを分泌する内分泌腺の細胞のカタマリが、孤島のように存在しているのだそうです。
〓この内分泌腺の細胞塊を発見したのが、ドイツの病理学者
Paul Langerhans [ ' パウる ' らカ゚ァハンス ]
だったので、
Langerhans-Inseln [ ' らカ゚ァハンス ' インズるン ]
Langerhans’sche Inseln [ ' らカ゚ァハンシェ ' インズるン ]
ランガーハンスの島々
と呼ばれたんですね。
〓日本では、昔風のドイツ語読みで 「ランゲルハンス」 と呼んでいますが。
〓この 「ランガーハンス」 というのは、もちろん、発見者の姓なんですが、その意味は、
langer Hans [ ' らカ゚ァ ' ハンス ] 大きいほうのハンス
なんです。Hans 「ハンス」 というのは、Johann 「ヨハン」、Johannes 「ヨハネス」 の略称ですが、時には、単に 「ヤツ」 という意味にも使われます。ですから、「大きいほうのヤツ」 の意味だったかもしれません。
〓いずれにしても、
kleiner Hans [ ク'らイナァ 'ハンス ] 小さいほうのハンス
との対比だったでしょう。残念ながら、Kleinerhans という姓は見つかりません。Kleinhans 「クラインハンス」 (小さなハンス) は、ありますが。
〓 Langhans という姓もあり、これらは、あきらかに 「背丈の大きい/小さい」 に言及したものです。
〓実際、医学用語なぞ知らないドイツ人が Langerhans-Inseln という単語を耳で聞いたとき、最初に思い浮かべるのは、
背の高いハンスという男が
領有している島々
という光景でしょうね。日本人が 「ランゲルハンス島」 というコトバを聞いたときに思い浮かべる “ナニカ” とは、あきらかにちがうでしょう。
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