▲セゴレーヌ・ロワイヤル。 ▲ラグラーヴの修道院跡。
〓今日は、セゴレーヌ・ロワイヤル氏のほうに行ってみましょう。
〓彼女の本名は、
Marie-Ségolène Royal
[ マリ セゴれンヌ ロワィ ' ヤる ]
マリー=セゴレーヌ・ロワイヤル
です。政治家としては、
Ségolène Royal
を名乗ってきました。Marie を省いています。なぜか?
〓これは、タレント活動をするなら、「岡部広子」 (おかべ ひろこ) より 「優香」 (ゆうか) のほうがウケがいい、というのと同じことですね。
Ségolène というのは、
フランスでは、ごく珍しい名前
なのです。いわゆる 「キャッチィ」 というヤツですね。たぶん、Marie Royal だったら、あれほど世間の注目を集めなかったかもしれません。
〓どれくらい珍しい名前か、というと、フランスでは、こういうことを調べる方法があるんです。フランスでは、第二次世界大戦中に整備された 「社会保険登録番号」 という 13ケタの個人認識番号が、すべての国民に割り振られており、この登録簿 “RNIPP” によって、
どの名前が、どの年に、何人に名付けられたか
という統計が出されているのです。
〓この制度の成立時期から、1900年以前の統計は出されていませんが、とりあえず、RNIPP の統計によると、Ségolène 「セゴレーヌ」 という名前が、初めて登録されたのは、
1929年 (昭和4年) の 4名
です。そのあとは、ずっと飛んで、1942年 (昭和17年) に 3名。あとは、以下のとおりです。
1929年 4人
1930〜1941年 0人
1942年 3人
1943〜1945年 0人
1946年 5人
1947年 0人
1948年 5人
1949年 11人
1950年 0人
1951年 0人
1952年 10人
1953年 6人 ←── セゴレーヌ・ロワイヤルの生年
1954年 8人
1955〜59年 37人
1960〜64年 63人
1965〜69年 158人
1970〜74年 439人
1975〜79年 638人
1980〜84年 733人
1985〜89年 873人
1990〜94年 1,367人
1995〜99年 656人
2000年 53人
2001年 37人
2002年 40人
〓セゴレーヌ・ロワイヤルの世代では、きわめて珍しい名前であることがわかります。この名前の流行のピークは、1992年の 336人です。2003年以降のデータが発表されていないようなので、おそらく、このあとに、この名前の趨勢は大きな変化を見せているはずです。
〓かつて、この名前が、ほとんど使われていなかった背景には、この名前のもとになった、
聖セゴレーヌ
という 「フランスのローカル聖人」 が、カトリック公認の聖人ではなかった、ということが挙げられそうです。
〓聖セゴレーヌ Sainte Ségolène は、7世紀の南仏、現在のタルン県 Tarn ラグラーヴ Lagrave にあった女子修道院の院長を務めていた女性です。この修道院は、現在では、遺跡として廃墟が残るのみです。
〓ラテン語名は、Sigolena [ スィゴ ' レーナ ]。フランス語でも、
Sainte Sigolène [ サんト スィゴ ' レンヌ ]
聖シゴレーヌ
という呼び方もあります。
〓7世紀の南仏というのは、西ゴート王国の支配下にありました。そして、この修道女の名前も、実は、ゴート語の名前です。
sigis [ ' スィギス ] 勝利
+
*lind [ ' りンド ] セイヨウボダイジュから作った盾、槍
↓
「勝利の盾」
〓この名前は、ドイツ語圏では、12〜13世紀に成立した叙事詩
『ニーベルングの歌』 Das Nibelungenlied
[ ダス ' ニーベるンゲンりート ]
あるいは、ワーグナーの楽劇
『ニーベルングの指環』 Der Ring des Nibelungen
[ デァ ' リング デス ' ニーベるンゲン ]
の登場人物で、ジークフリート Siegfried の母の 「ジークリンデ」
Sieglinde [ ズィーク ' りンデ ] に対応するものです。
〓7世紀の西ゴート王国の人名ですから、『ニーベルングの歌』 からの引用と考えるべきではありません。北欧で使用されていた *sigis-lind 「シギスリンド」 というような名前が、かの地を旅立ち、欧州の東辺を大回りして、東ローマを経由し、西ローマを通り、イベリア半島に到達したゴート人の一派により、ここまで運ばれた、と考えるべきです。
〓つまり、
Ségolène の語源
≠ Sieglinde 「ジークリンデ」
であり、
ゲルマン祖語
↓ ↓
Ségolène Sieglinde
という同源関係とみなすべきです。
〓 Ségolène 「セゴレーヌ」 という女子名が、フランスで、最近まで使われていなかった理由としては、
(1) 北仏人にとっては 「田舎」 にあたる、
ラングドック (南仏) のローカルな聖人であったこと。
というのがひとつです。先に書いたように、カトリックの正式な聖人には数えられていません。
〓そして、もうひとつの理由としては、
(2) 語中に -go- という音が出てくるのが、
フランス語としてはヘンだったこと。
が挙げられるように思います。
〓フランス語は、ラテン語から変化する際に、
語中に現れる母音間の -g- は全て消滅した
ので、フランス語本来の単語には、Ségo- などという音はありえないのです。もちろん、これは、ゴート語からの借用なので、このような 「異国語の響き」 を残しているわけです。
〓フランスでも、おそらく、第二次大戦後あたりから、「地方文化の復権」、「個性的な名前の選択」、「エグゾティックな響きの名前を好む」 などという社会変化が起こったのだと思います。
〓セゴレーヌ・ロワイヤルという人の名前は、まさに、そういうフランスの変化を先取りした名前というふうに分析してよいと思います。
〓ただ、Ségolène Royal では、あまりに唐突なので、クッションとして、アタマに、ごく一般的な Marie を付けて、
Marie-Ségolène Royal
とショックを和らげた御両親の気持ちがわかるような気さえ、するのです。
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