〓5月1日、火曜日の深夜の 「ぷっすま」 のゲストに山田優 ちゃんが出ていました。ええ、タレントには、「バラエティ可」 というスタンスのヒトと、「バラエティ不可」 のヒトがいます。“事務所的に OKか、否か” ってコトです。
〓俳優・女優業で忙しいタレントさんは、バラエティに出る時間がないし、「あえて、バラエティに出て、イメージを崩すキケン」 をおかす必要もありません。だから、たとえば、
松嶋菜々子さん
伊東美咲さん
のような “位置” にいるヒトはバラエティに出て来ないんですね。
〓ところが、タレントさんには 「番宣」 (ばんせん) という避けて通れない仕事があります。新しいテレビドラマが始まるとき、あるいは、映画が封切りになるとき、その宣伝のためにバラエティにブッキングされるんです。
〓それでも、松嶋菜々子さんの格だと、テレビのバラエティには、まったく出てきません。伊東美咲さんの格で、年に数本です。山田優ちゃんもバラエティは少ないほうです。
〓今回、優ちゃんが 「ぷっすま」 に出てきたのは、松田龍平さんと主演をつとめる映画 『プルコギ』 の宣伝のためでした。
〓役者バタケ、モデルバタケのタレントさんが、バラエティに出る場合、その立ち位置はひじょうにビミョーですよね。ハシャギ過ぎて 「お里が知れる」 ようなことをしてしまえば、イメージダウンです。さりとて、ムッツリとして、ツマラナそうにしていれば、「タカビーで、協調性のないショッパイヤツ」 という烙印を押されてしまいます。
〓そのヘンをどのように考え、どのようにふるまうのか? このヘンは、そのヒトなりのセルフプロデュース力が見えるところで、観察していても、なかなか面白いモンです。
【 クスケ! 】
〓今回の 「ぷっすま」 の趣向は、
右折ドライブ
でした。これは 「ぷっすま」 独自の企画ですよね。タレントみずからがクルマを運転して、右折だけで目的地にたどり着く、というゲームです。
〓これは、意外に見ていて面白いです。ある地点から、ある地点まで、右折だけで移動するコースというのは、現実の道路では、ほぼ一通りしかないようなんですね。それが、グリッドで構成された仮想の二次元での数学的なモノの考え方と違うところです。
〓一ヶ所、右折するところを直進してしまうだけで、トテツもなく別のところへ行ってしまう。
〓ゲームは、さっそくの大サービスで、
山田優、ミニクーパーを運転するの図
から始まります。優ちゃん、なかなか堂に入った走りである。ふだんも運転してるんでしょう。
〓クルマの内部は、タレント4人だけで、カメラとかディレクターとかは同乗していない。4人のタレントのなりゆきで、ほったらかし、というあたりが 「ぷっすま」 らしいんです。数台のカメラが車内に固定されています。
〓運転席をとらえているカメラに、面白いものが映りました。
ハンドル握った山田優、
クシャミをするの図
です。
「クション! クスケ!」
〓ユースケ・サンタマリアがすかさずに尋ねます。「何? フクスケって?」
〓山田優ちゃんが説明するには、沖縄ではクシャミをしたら、魔除けのために 「クスケ!」 と言うんだそうです。「フクスケ」 じゃない。
〓へえええ、ですよね。英語の Bless you! みたいじゃないですか。しかし、これは、近くにいるヒトが言ってあげるんじゃなく、自分で言うらしい。
〓研究社の 『沖縄語辞典』 (那覇方言) で調べてみると、ありましたありました。
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【 クスクェー 】 [ 感嘆詞 ]
くそくらえ。くしゃみをしたときに
物の怪に魂を取られないために唱える
まじない言葉。
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〓ハワイ大学出版局の “Okinawan-English Wordbook” にもあたってみました。
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【 kusu kwee 】
Lit., eat shit; a ritual expression to banish the evil associated with sneezing.
文字通りの意味は、「ウンコを食べろ」。
クシャミにともなう災厄を避けるための
儀礼的な言い回し。
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〓なるほど、同じですね。
〓同等の表現が、周辺にもあります。
クス コラウィ kusu kora’wï 奄美大島
クス タックェー 今帰仁村 (なきじんそん)
〓クシャミをしたあとに、「クソ食らえ」 を言うことが儀礼として定着している例が、日本語本土方言にもあるんでしょうか。たとえば、アタシの知るかぎりでは東京方言には、そういった 「定形」 はないし、落語を聞くかぎり、江戸にも、そういう決まり切った言い方があった気配はありません。
〓個人的な表現として、
「ヘックショイ! んにゃろう!」
みたいなことを言うオッサンはいますが、沖縄の 「クスクェー」 は、こういう個人的・臨時的表現とは違うようです。
【 Bless you! 】
〓英語では、近くにいるヒトがクシャミをしたら、
Bless you! [ ブ ' レッシュー ]
と言ってあげる習慣です。これは、
God bless you!
「神が、あなたに加護をあたえますように」
という文章の God を略したものです。動詞 to bless に、三人称単数の -s が付いていませんね。これは、
主語 + 動詞の原形
という形式の文章で、文法用語では、「仮定法現在」 の中の 「祈願文」 などと言います。現代英語では用例は稀です。
〓この場合、現代英語では、単に 「動詞の原形」 を使っているように見えますが、これは、ドイツ語などで 「接続法第一式」 と呼ばれるものにあたり、おそらく、古い時代は英語でも活用があったのです。
〓しかし、古期英語の段階で、すでに活用語尾が擦り切れてしまって、単数と複数を区別する2つの語形しかなく、現代語では、表面上 「動詞の原形」 を使っているのと同じになってしまいました。
God damn it!
「神がそれに裁きを下されんことを!」
→「地獄に落ちろ」→「クソッ!」
God save the Queen!
「神が女王を守護せんことを!」
〓英語の God bless you! にあたるドイツ語は、
Gott segne dich!
[ ' ゴット ' ゼーグネ ' ディヒ ]
「神があなたに加護をあたえられますように」
ですが、クシャミをしたときに、このように言う習慣はありません。ドイツ語では、クシャミをしたヒトに、
(Zur) Gesundheit!
[ ツーァ ゲ ' ズンタイト ]
「健康になるよう」→「お大事に」
と言います。
〓不思議なことに、ドイツ語の Gesundheit は、英語にも借用されて、
Gesundheit! [ g ∂ ' z u n t h a i t ]
[ ガ ' ズンタイト ]
として使われます。
〓オランダ語では、
Gezondheid! [ ゲ ' ゾンテイト ] 健康
Proost! [ プ ' ロースト ] 健康(状態がよいこと)
と言います。ドイツ語と同じ発想ですね。
〓ドイツ語、オランダ語の Gesundheit, Gezondheid に相当する単語は、英語に存在しないように見えますが、そうではありません。ゲルマン語の
*sunðaz [ ' スンざズ ] 健康な
という形容詞に、強調の接頭辞 ge- の付いたものが、
*gesunðaz
です。古い時代には、英語にもありました。
ġesund [ イェ ' スンド ] 健康な。古期英語
↓
sound(e) [ ' スーンド ] 健康な。中期英語
↓
sound [ ' サウンド ] 健康な。現代英語
〓ドイツ語の -heit [ ハイト ]、オランダ語の -heid [ ヘイト ] は、英語の -hood に当たるもので、「〜な状態」 という抽象名詞をつくる接尾辞です。ところが、英語には、
× *soundhood [ ' サウンドフッド ]
という名詞が生まれていないんです。おそらく、health という語が 「健康」 の意味で常用されるようになったからでしょう。
〓以上のようなことを考えると、5世紀にアングロサクソンが、ブリテン島 (イギリス) に渡ってきたときには、「クシャミをしたヒトに “お大事に” という習慣」 はなかったことがわかります。もし、あったとしたら、現代でも両者に共通の語彙が使われるハズだからです。
〓「英語 ←→ ドイツ語・オランダ語」 の両者で、それぞれに存在しない単語や、両言語の分裂後に生まれた単語を使っているところを見ると、「クシャミに対して “お大事に”」 と言うようになったのは、両者が分裂してのちのことと考えられるのです。
〓同じように、日本の南西諸島で 「クスクェー」 と言うようになったのも、南西諸島と本土の方言が分離してのちのこと、と考えられます。
【 「クソ食らえ」 が
「クスクェー」 になるまで 】
〓最後に、「クソ食らえ」 が 「クスクェー」 になる過程を説明しておきましょう。
*kuso kuraфe [ クソ クラフェ ] 古期日本語
↓ ※ ф が消滅する。母音が3つに
*kusu kurai [ クス クライ ]
↓ ※ ai が長母音 ee に
*kusu kuree [ クス クレー ]
↓ ※ 子音 r が脱落
kusu kwee [ クス クウェー ] 那覇方言
〓 kw のような子音を合拗音 (ごうようおん) と言いますが、現代沖縄語では、w が落ち 「直音化」 する傾向にあります。なので、山田優ちゃんの言ったような、
kusu kee [ クスケー ]
になるんですね。
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