悪夢は既に始まっていた。
新宿から快速急行に飛び乗ったその時から・・・。
まだイケると思ったんだその時は。
でも俺様の体はそれを許さなかった・・・。
冷たい汗が流れ落ちる。
鳥肌が全身を覆う。
両足はガクガク小刻みに震え出し、まるで生まれたての仔馬のようだ。
産まれそうなのだ。
我が分身が。
快速急行と言う我が家への加速装置の誘惑が、新宿駅でのトイレへの誘いを拒んだ。
少しでも気を抜くと我が子は今にも飛び出てきそうだ。
一瞬の気の迷いも許さない。
我が子はそう訴えていた。
イナバウアーのように仰け反る俺の体・・・。
限界は遥かに超えていた。
あれからどれだけの時間が流れただろう?
目的地、鶴川駅にまもなく到着のアナウンスが流れる。
もうすぐ駅に着く・・・。
そう思うと口元が緩んだ。
その時、悪魔の子はその瞬間を見逃さなかった!
頭が私の子宮口を飛び出した。
「ふおおおお!」
もちろん声に出しては叫ばなかったが、口はパクパクしていた。
全身が激しく痙攣する。
少しでも力を入れると子宮口が我が子の頭をギロチンのように切り落としてしまう!
「きゃああ!」
私は心の中で悲鳴をあげた。
それだけは避けねばならない。
なんとしてもこの子の命は救わなければならない。
親としてのこの俺が。
この世の苦しみを一挙に背負ったような苦しみが私を襲う。
私は既に涙目になっていた。
時は過ぎ・・・
駅に到着すると私は誰よりも早く階段を駆け上がった。
んな訳はないだろう。
誰よりも遅く、ゆっくりと我が子の命を守る為に慎重に上った。
親切な人がいたら助けてくれるところだろうが、不親切な人間共ばかりでかえって助かった。
もうすぐトイレに着く!
トイレが眼に入ったとたん激しく我が子が暴れ回る。
「こいつ往生際が悪い!」
私は勝負に出た。
最後の力を振り絞り、小走りでトイレに飛び込んだ。
幸い誰も入っていないブルーシグナルがドアに見えた。
「勝った!」
そう思った瞬間、我が子も最後の悪あがきに出た。
ドルルルル!!
我が子はその身を半身出し始めた。
「させるかぁー!!」
コンマ何秒の勝負。
パンツを下ろすのが早いか!我が子が切り落とされるのが早いか!
我が子は空中で産み落とされ、ポチャンという産声をあげた。
私はかわいい子には旅をさせろと言う言葉を思い出し、
生まれたての我が子を異次元の世界へ送り出した。
くるくる回転しながら我が子は闇の中へと消えていった。
勝負には勝ったが、なにかやり切れない気持ちが残った。
あの子は幸せだったのだろうか?
冷たい夜風が吹く中、私は煙草に火をつけた。
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