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2026年10月25日00:24

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「人間が速すぎるからだよ」

Sさんコメント
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農耕民と狩猟採取を主として暮らす民達とは、考え方が違います。自然の中で自然と共に暮らす人々は、農耕を知らなかった非文明人ではありません。
彼等は、農耕をすれば、その土地を確保し、定住せざるを得ない事を知っていました。その結果は、良い土地を求めて争い事が起こることを知っていました。争い事が有れば、強いリーダーを求めて、より大きな集団を作り、文化を伝えることが大切なことを覚え、都市をつくっていきました。しかし、アイヌや、縄文人達は、争い事が嫌いでした。だから小さな集団で、自然の摂理に従って常により、暮らし良い環境を求めて自然の中で暮らす文化を育んで行きました。だから、その暮らしぶりは、それぞれの部族によって、神も祭事も文化も暮らしぶりも異なります。近年迄、アイヌ民族は、そうやって暮らしていました。

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水谷 和弘
投稿者
Sさん その通りです。サポートと貴重なコメントをありがとうございます。
私自身も、アイヌコタンごとの文化や祭事、言葉の違いに触れてきた経験から、一つの共通性の中に多様性が共存していたことを強く感じています。
以前、オーストラリアのアボリジニーの土地を訪ねた友人から興味深い話を聞きました。
その友人は、アボリジニーの長老と車で旅をしていた際、お昼に米のおにぎりを食べていたそうです。そして長老に、
「これはイネという作物の実から作られた食べ物ですが、ご存じですか」
と尋ねたところ、長老は
「知っている」
と答えたそうです。
そこで友人が、
「それなら、なぜ栽培しないのですか」
と聞くと、
「そんなものを育てたら旅ができなくなる。手間や時間がかかるし、土地を巡る争いも起きる。だから栽培しないのだ」
と答えたそうです。
また、ユーカリが続く大地を走る中で道路脇にはねられたカンガルーの遺体を見て、
「なぜこんな姿になっているのですか」
と尋ねたところ、
長老はただ一言、
「人間が速すぎるからだよ」
と答えたそうです。
私はこの話を聞いた時、そこには単なる生活様式の違いではなく、自然との向き合い方そのものの違いが表れているように感じました。
アイヌや縄文の人々にも、自然を征服するのではなく、自然の循環の中で生きるという思想があったのではないでしょうか。
だからこそコタンごとに独自の文化や伝承が育まれ、多様性を保ちながらも緩やかにつながる共同体が成立していたのだと私は考えています。
その姿は、私が先に示した多次元泡宇宙のイメージとも重なります。
一つでありながら多様であり、多様でありながら互いに関係し合うそのものが「自然です。」
私は、そのような世界観の中に、現代社会が忘れかけている人と人との関係、人と自然との関係、さらには国家同士の関係を見直すヒントがあるように感じています。
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