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2026年10月08日22:30

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ビーイングのボス・長戸大幸

「ビーイングのボス」と言えば長戸大幸です。彼がいなかったら90年代のビーイングブームは無かったし、坂井泉水も上杉昇も大黒摩季もスターにはなれなかったかもしれない。

ただ、メディアに殆ど出なかったんで、意外と知らない人も多いかも。オレは長戸大幸の名前は当時から知ってたけど、お顔を拝見したのは数年前です。

長戸さんは1948年生まれだから、いわゆる「団塊の世代」ですね。ビートルズや吉田拓郎が大好きだったそうです。もともとはミュージシャンで、70年代にはレコードも出してたというのにビックリ!ただ売れなかったようで、音楽業界の裏方に転身。1978年に「ビーイング」を設立。

元時代劇スターでやはり裏方に転じて芸能プロダクションを経営していた山前五十洋(やまさき・いそみ)とこの頃仲良くなり、山前さんはビーイングの女性社員と結婚。1982年に女の子が生まれます。それが後の倉木麻衣。倉木さんはお母さんのお腹の中にいた時から「ビーイング系」だったんだね(笑)

80年代にはLOUDNESS、TUBE、浜田麻里をブレイクさせ、90年にB.B.クィーンズの「おどるポンポコリン」が大ヒット。そしてB'z、Mi-Ke、T-BOLAN、ZARD、KIX-S、MANISH、WANDS、大黒摩季、DEEN、REV、ZYYG、BAAD、PAMELAH、FIELD OF VIEWなどが次々とブレイクして、いよいよビーイングブームが始まります。

ところがビーイングブーム全盛期の1993年、長戸さんはもともとの出身地である関西に活動拠点を移しちゃうんだよね。どうもこの頃、中山美穂&WANDS「世界中の誰よりきっと」の原盤権を巡って大手芸能プロダクションのバーニングとトラブってたようで…。西麻布で長戸さんが何者かに襲撃された、みたいな話もあるし、この辺りの事情は色々と闇が深い感じです。

長戸さんはビジネスマンとして本当に優秀だったんだろうけど、リスナーやミュージシャンの視点も忘れてなかったような気がします。金儲けは大事だっただろうけど、それだけを考えていたら、やっぱり人の心を打つような良い音楽は創れないと思うんだよね。

話せないこともたくさんあるんだろうけど、長戸さんはもう78歳なので、ご存命中に本でも書いて欲しいですね。90年代ビーイングブームや当時の芸能界の裏話を色々知りたいです。
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