書類をもらいにいかなくてはいけない、というのもあり、仕事を抜けて、父の病院を見舞う。
夏休みに入ったshu-2とshu-3も、連れてね。
脳出血の影響もあるのか、父がしゃべることはあまりない。
「あぁ」とか「おぉ」というくらい。
ただ先週に比べると意識ははっきりしていて、話しかけている内容はよくわかっている。
W杯でスペインが優勝したことを伝えたとき、のことだ。
知り合いの神父さんがスペイン人で、その甥御さんがたしかレアル・マドリードの選手だったという話があって、そのことを交えて、
「ジョルディ神父さんも、うれしいだろうね」
というと、
「あぁ」
にっこり笑って、うなずいた。
その笑顔は、元気でよくしゃべっていたときと変わらないなぁと思ったものだ。
あとどれくらいこういう時間が残されているのかは、わからない。
俺は20年前に父のカイシャのあとを継いでいるから、10年くらいは父の下で仕事をしていた。たいていの親子より、会話は多かったかもしれない。
とゆっても、引退した後、元気だったときは、一週間に一度実家に行くのが億劫だった面もある。
子どもというのは、勝手なものだ。
いずれ、立場をかえて、俺と息子たちもそんな風になっていくこともあるだろう。
まぁ息子のどちらかが、後を継ぐとはまったく思っていないが。
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