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2026年07月01日12:25

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隠岐島の一宮 & 昭和の名水百選 R08 (2026) .06.29〜30

島根県(隠岐島)の一宮 由良比女神社(西ノ島)、水若酢神社(島後)

隠岐島に渡って、これで中国地方の一宮はコンプリートです。折角の隠岐島なので他にも西ノ島では焼火神社、島後では玉若酢命神社と隠岐国分寺で御朱印を頂きました。それと昭和の名水百選に選ばれている壇鏡の滝湧水にも寄って来ました。

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�茵ゞ�港の水木しげるロードにて
�蕁,海覆�爺

道中に余裕を持たせて3時にバイクで家を出たので7時前には現地入りして、七類港からの出航時間は9:00なので1時間前に乗船券を購入するにしても1時間弱は余裕がある…という事で境港の水木しげるロードを散策して来ました。これは隠岐島まで延長された企画だったので丁度良かったです。

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�茵 ̄4�汽船のフェリーは七類港から出港
�蕁ー稽燿�西郷(島後)→(今ここ)→菱浦(中ノ島)→別府(西ノ島)

七類(発 9:00)→西郷(着 11:25 発 12:00)→菱浦(着 13:10 発 13:30)→別府(着 13:45 発 14:00)→西郷(着 15:10 発 15:40)→七類(着 18:05)

別府(着 17:10 発 17:20)→西郷(着 18:35)

隠岐島でどう過ごすのかは現地入りするまで余り考えていなくて、何処から巡るのか、4島を全部巡るのか、それに3連休ではあっても最終日は午後から雨になるし帰宅はかなり遅くなる等を考慮して、1日目は別府(着 13:45 発 17:20)→西郷(着 18:35)、2日目は西郷(発 15:40)→七類(着 18:05)という予定を立てました。よって別府(西ノ島)で過せる時間は3時間位と限られてしまいました。

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�蕁)榲造板姪�

西ノ島は魅力的な景勝地が幾つかあったのですが、御朱印巡りを優先して先ずは焼火神社を目指しました。最初は景勝地に寄る余裕があるかも、焼火山に登れるかもと思っていたのですが、何と焼火神社鳥居から続く林道へとルートを取ってしまって、かなりの酷道だったので倍の時間を費やしてしまいました。隠岐島は流石に秘境やなとその時には思っていたけど、反対側のルートは綺麗に整備されていました。

焼火神社は焼火山の8合目辺りに鎮座しているのでプチ登山ではありましたが、岩窟に半ば押し込められる様にして建つ本殿が見事でした。因みに御朱印は西ノ島町観光協会窓口で書き置きを頂きました。

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�茵 ̄4�国一宮、由良比女神社の一の鳥居と随身門
�蕁’凖�

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本殿

西ノ島では必ず御朱印を頂かなければならない隠岐国一宮の由良比女神社は、こぢんまりとした境内ながら本殿は立派でした。本殿についてはWikipediaには「明治22年(1889年)の造営。二間社春日造変態・向拝唐破風。案内板によれば、以前は『大社造変態』と称したが、現在は『春日造変態』とされると言う。また出雲では、この様式を『明神造』と呼ぶと言う。西ノ島町指定有形文化財に指定されている」と書かれています。因みにここの御朱印も西ノ島町観光協会窓口で記帳して頂きました。

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�茵々�木神社
�蕁々�木御所跡

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フェリーくにがに乗船して西郷(島後)へ

別府に戻って来ると発券時間が16:40からだったので黒木神社にも寄って来ました。その奥にある黒木御所跡は隠岐へご配流された後醍醐天皇が住まわれたとされる伝承地との事でしたが、これについては島後の隠岐国分寺とする説もある様です。よって御朱印はこれも西ノ島町観光協会窓口で書き置きが頂けたのですが、躊躇して頂きませんでした。

西郷(島後)には18:35に着くと、暗くなるまで島の周囲を時計回りに走らせて、今夜の塒としたのが白島展望台でした。

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�茵‥膰紂�白島神社の鳥居
�蕁’鯏膾訶�台

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�茵 ̄4�島最北端の白島崎と松島
�蕁_�ノ島と白島(田島)と小白島

翌朝は支度をしている間に日の出を迎えて、折角なので周辺を散策して来ました。白島埼灯台は白島展望台からも眺められていた所で、白島神社鳥居は沖ノ島に鎮座している白島神社の遥拝所の様な役割を果たしていました。ここまで来れば白島海岸までの1.7kmの遊歩道を歩かない手はありませんよ。

沖島オオミズナギドリ繁殖地 - 島根まるごとミュージアム
http://museum-database.shimane-u.ac.jp/marugoto/91
「沖ノ島は、隠岐島後の最北端の小島。オオミズナギドリの集団繁殖地となっている。毎年4月頃に島に来て、7月頃産卵、9月頃島を離れる。1940(昭和15)年2月10日、国の天然記念物に指定。オオミズナギドリの国内の繁殖地は少なく、国の指定を受けている所は5か所しかない」

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�茵 岷4瑤録緻撻汽鵑離襦璽弔任后�
�蕁〆粘鵑蠅涼翅宍�港で2時間ほど釣り

隠岐諸島にも、「ロード延長プロジェクト実行委員会」によって設置された水木しげるに関連するモニュメントが幾つかある様です。水木しげるの漫画は私も愛読しているので、今回の旅はその事でも結構楽しんでいました。境港でもメフィストとかコケカキイキイのブロンズ像を見付けては狂喜していました。

釣竿を持って来て釣りをしないのも格好が付かないので、最寄りの中村漁港で2時間ほど釣りをしていました。ガシラとベラ位しか釣れなかったけど、堤防にでかいイシガキダイやらクロダイが幾匹も張り付いているのを見れば、ここのポテンシャルは判りますね。その後は取り敢えず島を一周すると西郷に戻って来ました。

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�茵 ̄4�国一宮、水若酢神社の二の鳥居と随神門
�蕁’凖�

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本殿

島後では必ず御朱印を頂かなければならない隠岐国一宮の水若酢神社は、Wikipediaには「社殿のうち本殿は、江戸時代の寛政7年(1795年)の造営。身舎(もや)は切妻造妻入で、桁行(側面)二間、梁間(正面)三間の大規模な建築になる。屋根は茅葺で、棟には千木・鰹木を置き、身舎前面には片流れ・栃葺の庇を付す。身舎内部は前一間を外陣、後一間を内陣とし、外陣・内陣とも畳敷きで、内陣奥に神体を納める厨子が据えられている。この本殿は『隠岐造(おきづくり)』と称される独特な神社建築様式で、その造営に係る棟札・普請文書もよく残されていることから、本殿および棟札・普請文書(附指定)は国の重要文化財に指定されている」と書かれています。

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�茵ゞ娘秧殘真声劼猟撒錣� 随神門
�蕁’凖�

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本殿

玉若酢命神社は隠岐国総社を称していますが、Wikipediaによると実際の所は判らない様です。また「本殿・随神門・社家億岐家住宅が『玉若酢命神社3棟』として重要文化財に指定され、旧拝殿が附(つけたり)指定となっている」と書かれています。

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�茵 ̄4�国分寺の本堂
�蕁仝綢藐鐡傾長垪濬褊�碑

「隠岐諸島の主島の島後の最大の平野である八尾平野(やびへいや)北側の丘陵上に位置する。聖武天皇の詔で創建された国分僧寺の法燈を継ぐ寺院で、現境内と重複して旧国分僧寺の立地が推定されるほか、南東方約500メートルに旧国分尼寺跡が立地する。この国分寺付近では隠岐諸島で最大規模となる平神社古墳の築造も見られ、一帯は古くから隠岐地方の中心地であった。寺伝では、隠岐に流された後醍醐天皇の行在所でもあったといい、境内には行在所跡を記す石碑が建てられている」
Wikipediaより。

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�茵‐赦造量梢緝漢�、壇鏡の滝湧水。日本の滝百選にも選ばれている
�蕁|填世梁譴了鸞�

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�茵|填世梁譴陵座�
�蕁〕座譴鯲�側から眺める

隠岐島は島後だけでも1日ではとても回り切れませんよ。発券時間まで残り1時間弱となりその場で検索してこれはと思ったのが、昭和の名水百選に選定されている壇鏡の滝湧水でした。実は隠岐島のヤマメを釣りたくてテンカラ一式も用意して来ていたのですが、何処で釣れるのかは定かではなくて、しかしここならば生息しているのは間違いないと思われました。とは言っても境内で釣りをするのは御法度だし、そもそも釣りをする時間はなさそうでした。またもや林道を飛ばして壇鏡の滝へ。鳥居がある駐車場から渓流を覗き込みながら歩いていると、警戒心もなく優雅に泳いでいる数匹のヤマメの姿を見て、もうそれだけで満たされた気分になっていました。そして壇鏡の滝を見上げると、日本の滝百選にも選出されているだけあって、手を合わせたくなる程に敬虔な気持になっていました。この旅の最後の締め括りとして、これ程に相応しい場所はない様に思われました。

七類港には18:05に戻って来ると、暗くなるまではかっ飛ばして22時半に帰宅しました。この時期は行きも帰りもバイクとヘルメットと革ジャンは潰れた無数の虫で汚されてしまいましたが、これはバイク乗りならば分かる自由の代償ですね。

総走行距離、18993km
走行距離、836km
給油量、38.0L
燃費、22.0km/L
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