前回はイギリスの、前々回はアメリカのスターを見ましたが、イタリアにもスターというクルマがありました。STARではなくS.T.A.R.、長い社名の頭文字ですが。
20世紀初頭のイタリアの自動車業界を語る上でCeirano(セイラーノ)4兄弟(本稿0451参照)は外せません。多くの自動車メーカー創設に関与した兄弟でしたが(フィアットも)、長男Giovanni Battista(ジョバンニ・バチスタ)が1904年7月にイタリアのトリノで創業したSocietà Torinese Automobili Rapid (S.T.A.R.) がイタリアのスターです。
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スターの始まりはジョバンニ・バチスタが、1901年に設立した自動車会社Fratelli Ceirano & C.(フラテッリ・セイラーノ&C)です。彼はこの会社を発展的に解散し、1904年にスターとして再興しました(しかし病気のため次の年に経営を退き、1912年9月24日にボルディゲーラ村で51歳の若さで逝去しました)。
ジョバンニ・バチスタが隠居した後は、Rodolfo Chio Maggi(ロドルフォ・キオ・マッジ)がチーフ・デザイナーに任命され、彼が設計した色々な排気量のエンジン(時代的に殆んど直列4気筒でしたが10リットル超の巨大ユニットも)を積む多様なモデルが発表されました。
設立2年目の1905年のトリノ自動車ショーでの展示ブースの写真が残っています。看板にはRAPIDとありますが、社名の最後のラピッドが商標登録されていたためです(一般に受け入れ易かったのでしょう)。
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その翌1906年の7馬力モデルです。
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1907年4月22日に行われた第2回タルガ・フローリオには3台のスターがラピッド名で出場しています。
Gallina(ガリーナ)という人物(詳細不明)がドライブするゼッケン6Bは23位でフィニッシュしましたが、ゼッケン6AのErnesto Ceirano(エルネスト・セイラーノ、セイラーノ兄弟の3男)と6CのTallio Cariolato(タリオ・カリオラート)はリタイアしました。
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スターは第一次世界大戦後の不況や経営難の影響を受けて、1921年にSPA(本稿0431)に身売りしています(SPAも1925年にフィアットに買収されています)。
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