6月12日、映画『マイケル』初日を観てきた。
内容は(どうせ『ボヘミアン・ラプソディ』のメンバーが作った作品だから)と全く期待せずに観たため、事実のとんでもない歪曲が少なかった分『ボヘラ』よりマシと思った。
でも、「生存している親族」のゴマスリ美化&不都合な事実の省略は、正直多かった。
ま、それはこの手の映画を作る時の「必要悪」だから、織り込み済みで観たけど…。
私はフレディもMJも「リアルタイムからの大ファン」だから、
当時の彼らを知らない一般大衆が「嘘っぱちだらけの、薄っぺらな商業映画」を見て、
その内容を「ほぼ真実」と鵜呑みにしてしまうことを非常に恐れている。
世間で大多数のニワカが嘘を信じてしまうことによって「史実が歪む」のは嫌だ!
どうせほとんどの人達はブームに乗るだけで、ちゃんと真実を調べたりしないもの。
フレディも毀誉褒貶は多かったが、芝居がかった人だったからなんとか耐えていた。
「僕はミュージカル・プロスティチュードさ」と自嘲していて気の毒だったけど…。
でも、MJは違う。若い頃から誹謗中傷され、極限まで追い詰められていた犠牲者だ。
「白人になりたがった」とか「児童虐待」とか、大嘘の噂で苦しめられ続けた人だ。
彼ほどの天才が50歳の若さで急死することになった遠因はゴシップ好きの大衆にある。
死後も親類に「金儲けの種」にされ続け、ゴシップで消費されるのは可哀想すぎ!涙
だから、もうこれ以上「マイケルの嘘話」で金儲けして欲しくない。故人が悲しむ。
この脚本では、パリスやジャネットは当然納得しなかったわな、と私は腑に落ちた。
(MJは実際10人兄弟なのに、MJの次に有名なジャネットは劇中存在しなかった)
驚いたのは、あれほど親交の深かったダイアナ・ロスも「存在しなかった」こと!
なら、ダイアナも協力しなかったのか。MJの音楽人生で最重要人物の彼女まで…。
(MJがクインシーと知り合うきっかけは、ダイアナ主演の映画『The Wiz』だった。
オール・ブラック・キャストで『オズの魔法使』をリメイクした画期的な同作で、
映画初出演のMJはカカシ役を演じ、見事な歌・ダンス・演技で主役を食っていた!)
The Wiz | You Can't Win (Full Clip)
The Wiz | "Ease On Down the Road" by Diana Ross and Michael Jackson
『The Wiz』(1978)こそが、MTVの「黒人差別の壁」を突破し、後世に残る優れたショートフィルムを次々と発表し続けたMJの、まさしく原点だった。
しかし、映画『マイケル』劇中では、少年MJがベッドの中で懐中電灯を片手にこっそり『オズの魔法使』を読む、という "匂わせ" だけで終わり、MJのキャリアの中で非常に重要な作品である『The Wiz』は完全スルーされてしまった。
私のような昔からのファンなら、あれを見ただけでも『The Wiz』を思い出せるが。
問題は、映画『マイケル』で初めてMJの人生に触れる、圧倒的多数の観客たちだ。
あんな "匂わせ" だけでは、MJのアーティスト人生において『オズの魔法使』が重要な鍵だなんて、全く分からないよね??
本当に、映画『マイケル』は、ことごとく "匂わせ" だけで話をスキップしていた。
もし、同作でMJの魅力にハマった人は、このことをよく知っておいてください。
そして、ぜひ映画を再見する前に「映画で描かれなかった事実」を調べてみてね!
話は、親父一人を悪者にするのも酷いし、悪者の露出が多すぎるのも良くなかった。
どうせストーリーは「書き割り」レベルなんだから、最低限に圧縮して、とにかく尺は
音楽シーンに最大限当てるべきだった。
MJと親父との煮え切らないグダグタ(ホンマか?)に時間をかけるのは完全にムダ。
あれを最低限まで削れば、もう1〜2曲、音楽シーンを追加できたはずだ。
ダイアナが協力を拒んだのなら「Ease On Down the Road」は無理だったとしても、
他にまだまだ重要な曲はあったのに! (劇中ではトータルで50曲くらい登場)
クインシー期(1979-1987)なら、『This Is It』のテーマ曲にもなった「Man In The Mirror」とか。ダイアナ妃とのエピソードがある「Dirty Diana」とか。大ヒットしたデュエット曲「I Just Can't Stop Loving You」とか。ポール・マッカートニーとのデュエット曲「The Girl Is Mine」もあったな。
バックコーラスまで全部自分で歌った「Rock with You」の録音風景も見たかった。
劇中で、代表曲のMV制作シーンがいくつか出てきた。
「Thriller」はジョン・ランディス監督で、「Bad」はマーティン・スコセッシ監督。
「Beat It」のMV監督は誰だったかな?と調べるうち、素敵な海外サイトを発見した。

True Micheal Jackson

Bob Giraldi on directing "Beat It"
https://truemichaeljackson.webnode.cz/true-stories/bob-giraldi-on-directing-beat-it/
以下、記事をグーグル先生に翻訳してもらった。
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ボブ・ジラルディ監督が語る映画『ビート・イット』
1983年、マイケル・ジャクソンは、大ヒットアルバム『スリラー』から「ビリー・ジーン」と「ビート・イット」の2曲で同時に全米トップ5入りを果たした。両曲のミュージックビデオは今や伝説となり、当時黎明期だったMTVにおいて、音楽的、そして人種的な壁を打ち破る上で大きな役割を果たした。
当時、ジャクソンの所属レーベルであるCBSレコードの幹部たちは、MTVの番組編成担当者が黒人アーティストやR&B音楽を排除していると非難したが、MTVはこの非難を今も否定している。いずれにせよ、「ビート・イット」と「ビリー・ジーン」はヘビーローテーションで放送され、ミュージックビデオの制作水準と振付けの基準を確立し、その影響は20年後の音楽業界崩壊まで続いた。
「ビート・イット」では、当時25歳だったポップスターのジャクソンは、対立する2つのギャングのナイフによる乱闘をダンスで鎮める仲裁役を演じた。実在のギャングメンバーが出演し、マイケル・ピーターズが振り付けを担当したこのビデオは、ボブ・ジラルディが監督を務めた。ジラルディはその後、BBDOニューヨーク制作のペプシのCM2本でジャクソンを監督することになる。
Michael Jackson - Beat It (Official 4K Video)
(このMVでMJが着ているキーボード柄Tシャツは、ジャファーも劇中で着用)
ーー「Beat It」のミュージックビデオの監督を務めることになった経緯を教えてください。
聞いた話によると、私がシカゴのWLS-TVでCMディレクターとして駆け出しの頃に監督したCMがあったそうです。それは、他の白人たちが皆逃げ出した地域から、二人の老夫婦(盲目)が離れずに住み続けるという内容でした。その地域は都会の奥地にある治安の悪い地域になっていましたが、二人はそこに留まり、近所の子供たちのためにブロックパーティーを開くことを選びました。マイケルはそのCMをとても気に入ってくれたそうです。感動的なCMで、真実に基づいていたからです。それで彼は私に会いたいと言い、私たちは会いました。
私は「ビリー・ジーン」を使いたかったのですが、彼はちょうど「ビリー・ジーン」の撮影を終えたばかりでした。しかし彼は「Beat It」という曲があるので、それを使ったアイデアを考えてみないかと提案してきました。当時は(ミュージックビデオの)競争なんてありませんでした。3社が入札するようなこともなかったし、政治的な駆け引きもほとんどありませんでした。レコード会社にコミッショナーなんていなかったし、今とは全く違うビジネスでした。まだビジネスとして確立されていなかったのです。
ーー そのコンセプトはどのようなものに基づいているのですか?
何度も目にする中で、完全に間違っていることの一つは、「Beat It」が「ウエスト・サイド・ストーリー」に影響を受けたという意見です。これは全くの誤りです。
私はニュージャージー州パターソンで育ちました。そこは常にどこか尖った雰囲気のある街でしたが、実際よりもずっとタフに見せようとする人ばかりでした。マイケルが書いたこの平和と和解の歌は、ある種の乱闘シーンにぴったりだと思いました。
マイケル・ピーターズとヴィンス・パターソンという二人の主役ダンサーが手首を縛られ、飛び出しナイフを持っているシーンは「ウエスト・サイド・ストーリー」から着想を得たという記事を読んだことがありますが、これも全く違います。それは私が夏に工場で働いていた時に聞いた話に基づいています。ニュージャージー出身のタフな少年が、手首を縛られた二人の男が飛び出しナイフを持っていたのを目撃したという話をしてくれました。そして、一人だけが無事に脱出できたそうです。この話が元になっています。
マイケルは私のアイデアを気に入って、クリップスとブラッズを登場させることに決めたのですが、私はそれが信じられないと思いました。ビデオを見れば、彼らが本物そっくりに見えるのは、実際に本物だからです。
ーー 実際のギャングメンバーをどうやってキャスティングしたのですか?
マイケルの仕業でした。彼はロサンゼルス市警のギャング対策班をかいくぐって、十分な警察の監視があれば、これは賢明で慈善的な行為だと説得したんです。つまり、彼らをそこに集めて、お互いに仲良くなって、2日間一緒に過ごしてビデオを撮影すればいい、とね。私はそのアイデアに賛成できませんでした。俳優やダンサーを演出するだけでも大変なのに、ましてや不良グループを演出するなんて無理だと思ったからです。
ーー 彼はそのビデオを使って、両者の間の和解を図ろうとしたのでしょうか?
マイケルはいつも平和を重んじていました。常に何らかの形で平和をもたらそうとしていました。それが彼の考えで、警察もそれに賛同しました。
そして歴史が示すように、初日の夜は撮影が中止になりかけました。ご存知の通り、映画の撮影現場は最初の1時間も経たないうちに退屈になってしまうからです。
クリップスとブラッズが互いにいら立ち始めたのでしょう――彼らは宿敵同士だから――そしていくつかの事件が起こり、警官2人が私のところに来て撮影を中止したいと言いました。私は何とか警官隊の1人を説得して、ダンスシーンだけは撮影させてもらうことに成功しました。
当初、ダンスシーンは撮影2日目にしようと思っていました。でも、「この状況を打開できる唯一の方法は、大音量で音楽をかけることだ。そうすればきっと落ち着くと思う。これ以上悪くなることはないだろう、チャンスをくれ」と私は言いました。
警官は冷静で、私を見て「分かった、それ以上はダメだ」と言いました。それ以上は無理でした。状況は間違いなく不安定で、恐ろしいものだったからです。
それで、私たちは倉庫にいて、予定変更でダンスをすることになりました。
マイケルをキャンピングカーから出して、さあ、始めようと。
ーー 次に何が起こったんですか?
ギャングのメンバーたちは踊れなかったので輪になって見ていました。そして、ギャングに扮装したダンサーたちがマイケル・ピーターズとヴィンス・パターソンと一緒に踊り始めたんです。マイケル・ジャクソンがステージに降りてきてパフォーマンスを始めた時、クリップスとブラッズのメンバーたちが並んで、音楽を聴きながら踊る若者たちの表情をじっと見つめていたのを覚えています。その若者たちのほとんどはゲイでした。
彼らが踊り始めた時、クリップスとブラッズのメンバーたちは「なあ、俺たちの抗争や復讐なんかよりも、これはすごい。俺たちには絶対にできないことだ」という表情を浮かべていました。それが、あの夜を特別なものにしたんです。
ーー マイケル・ジャクソンはミュージックビデオの振付を自ら行ったのでしょうか?
正直に言って、マイケル・ジャクソンが振付を担当しなかったのは、この曲だけです。
「Beat It」の振付は、マイケル・ピーターズという、今は亡き偉大な振付師が担当しました。彼は素晴らしいストリートダンサーで、この曲を振り付け、マイケル・ジャクソンは見事に踊りきりました。おそらく、この曲以降、マイケル・ジャクソンは自身の作品の振付に深く関わっていたのでしょう。「Beat It」は、世間一般の評価以上に、マイケル・ピーターズの功績が大きいと言えるでしょう。
ーー 当時、MTVには黒人アーティストのミュージックビデオを放送しないという暗黙のポリシーがありました。「Beat It」と「Billie Jean」は、リリース当時どのような影響を与えたのでしょうか?
ダンスや振付を取り入れた映像は、まさに別次元のクオリティを誇っていました。エピック・レコードとCBSレコードが、この2枚のレコードが世界で最も売れたレコードだと明言できたことは、大きな意味を持ちます。レス・ガーランドとボブ・ピットマンにとって、郊外に住む白人のティーンエイジャー向けにニューウェーブバンドを流すという当初の構想を維持するのは困難でした。マイケルは、私たちの世代で初めて真の意味でクロスオーバー・アーティストとなった人物として、そしてその才能によってMTVにプラットフォームの見直しを迫った人物として、正当に評価されています。
ーー 「ビート・イット」とマイケル・ジャクソンとの仕事は、あなたのキャリアにどのような影響を与えましたか?
私は心から尊敬する男性に出会いました。彼が私に言った言葉の中で、決して忘れられない最も印象的な言葉の一つは、私たちが口論していた時のことです。彼はあの甲高い声で私にこう言いました。「君はFワードを使いすぎだ」。その言葉は今でも私の心に深く残っています。あの時、そう言うのは賢明な判断だったと思いました。
私は、人生で見た誰よりも素晴らしいダンスを踊る男性を目の当たりにしました。そして、物静かな口調ながらも、とてつもなく大きな力を持って、自分の望むものを手に入れ、自分の思い通りに物事を進める男性を目の当たりにしました。そして25年後の今、私たちは彼が自分の思い通りに物事を進めすぎたかもしれないと知っています。しかし、それでも私は彼が自分の思い通りに物事を進めるのを、常に可能な限り穏やかで静かな方法で行っていたのを見てきました。私は彼の才能だけでなく、彼の人間性にも影響を受けました。
Source:
http://www.boardsmag.com/articles/online/20090707/giraldibeatit.html
「Beat It」MV監督インタを発見できて本当に良かった!
このエピソードひとつを読んだだけで、MJがどれほど偉大なアーティストだったかや、
人間性も非常に素晴らしかったことなどが、一目瞭然だから。
ね?これで分かったでしょう?
本当のMJは、とても勇気がある、前向きな信念を貫き通す人だったって。
「面と向かって親父に決別宣言できず、他人を頼る弱虫」なんかじゃなかったって。
映画には映画の良さがある。でも、真実を知るには多角的で丁寧な調べが必要だ。
敬愛する「推し」のため、その手間を惜しまないのはファンの基本だと私は思う。
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