「10秒の約束」
10歳の女の子の耳掃除をすることになった。
すでに他の病院で治療を受けており、耳には通気管が入っていた。
しかし、その周囲には分泌物がこびりつき、耳の奥はほとんど見えない状態。
綿棒では届かず、吸引管を使うしかない。
でも、問題はそこではなかった。
女の子は、私の顔を見る前からすでに泣いていた。
診察椅子に座るなり、「痛い!」と叫び、身を固くしていた。
初診。
信頼はまだゼロ。
私は少し距離をとって、静かに聞いた。
「10秒だけ、時間を貸してくれる?」
女の子は涙をこらえながら、小さくうなずいた。
最初の10秒。
耳の外側から、そっと吸引を始めた。
彼女の体はこわばり、肩まで力が入っていた。
小さな手が、診察台の端をぎゅっと握りしめている。
10秒経った。
「すごいね、よく頑張った。」
私は微笑みながら言った。
「あと10秒だけ、お願いできる?」
彼女は一度深呼吸して、またうなずいた。
その10秒の間に、私は通気管の周りの塊を少し取り除いた。
痛みをこらえながらも、彼女は泣き声を出さなかった。
「もう10秒だけ。」
「うん。」
最後の10秒。
鼓膜のすぐ近く。
緊張で彼女の唇が震えていた。
でも——やり遂げた。
「30秒間、完璧だったよ。」
私が言うと、女の子はほっとしたように笑った。
その笑顔が、すべての努力を報ってくれる。
※医療の現場で、“子どもを励ます”というのは、口で言うほど簡単じゃない。
痛みも恐怖も、本能に近い。
それを「我慢しろ」と言っても、伝わらない。
だから私はいつも「10秒の約束」をする。
短い時間の中で、「できた」という達成感を積み重ねてもらう。
治療が終わったら、「ありがとう」と「よく頑張ったね」を必ず言う。
そして次の治療の「予告と約束」をする。
それが、子どもが医者を“信じてくれる”唯一の道だから。
この仕事は、痛みを取るだけじゃない。
怖さと向き合う勇気を、いっしょに作ることでもある。
——10秒の勇気が、あの子の未来に小さな自信の灯をともしますように。
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