Facebook「芸能ネタ」
教師を辞めて、霊園で働くことになった。
母に話した時、最初に返ってきた言葉は、「あなた正気なの?」だった。
退職届を出した日も、私はまだ赤ペンを持ってた。
朝の校庭。
子どもたちが整列して、校歌が流れてる。
前なら「今日も頑張ろう」って思えてた景色なのに、その頃の私は、何も感じなかった。
子どもが嫌いになったわけじゃない。
ただ、疲れ切ってた。
毎日夜まで仕事。
授業準備、保護者対応、報告書、行事。
夜、家でノートを見直してる時に届いた保護者LINEを、今でも覚えてる。
「うちの子が先生に嫌われてると言っています。説明してください」
返事を書こうとして、途中で手が止まった。
色々言葉を考えたのに、結局送ったのは、「明日お電話します」だけだった。
その翌日、校長に呼ばれた。
怒られたわけじゃない。
ただ静かに、「今の状態で続けられるか、自分で考えてみてください」と言われた。
その時初めて気づいた。
「うまく教えられるか」じゃなくて、「自分が壊れずに立っていられるか」の段階まで来てたんだって。
帰宅して、机の引き出しに入ってた給料明細を見た。
生活はできる。
でも、自分自身がどんどん削れていく感じがした。
夜中、誰にも言えず転職サイトを見てた時に見つけたのが、霊園の求人だった。
仕事内容は受付や案内、事務対応。
その中にあった一文で、手が止まった。
「必要なのは、忍耐力と、相手の気持ちを受け止める力です」
不思議と、「これなら分かるかもしれない」と思った。
最初は怖い場所だと思ってた。
でも実際の霊園は、静かで、風が強くて、木の音しかしない場所だった。
初日に上司から言われた言葉が、今も残ってる。
「ここは、相手の悲しみを“奪わない”仕事だから」
泣いてる人より先に泣かない。
励ましすぎない。
でも、一人にしない。
ある日、一人の男性が手続きに来た。
最後まで泣かなかった。
ただ何度も、「自分が来られない日、妻は一人になりませんか」って確認してた。
私は慰めの言葉を飲み込んで、代わりに、掃除の日程や供花の案内を、一つずつ丁寧に説明した。
帰り際、その人が小さく頭を下げて、
「ちゃんと説明してくれて、助かりました」って言った。
その時初めて、
“分かりやすく伝えること”も、人を支える優しさなんだって思った。
今でも教室を思い出すことはある。
子どもたちの声を懐かしく感じる日もある。
でも後悔はしてない。
私は逃げたんじゃなくて、壊れる前に、生き方を変えただけなんだと思ってる。
疲れすぎると、人は「頑張れない」より先に、「何も感じなくなる」。
もし今、同じように心が動かなくなってる人がいるなら、「向いてない」じゃなく、ただ限界だっただけかもしれない。
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