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2026年02月20日07:09

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クルマ0520 フィアットなのに(SUPER FIAT520)

本稿では過去に多数のフィアット車を採り上げてきました。車名を聞いてその姿が想起できるよく知られたモデルに加え、0368回にて501、0379回で 503といった何の変哲もない1920年代の大衆車も見てきました。第一次世界大戦後の庶民生活を支えたこれら2車種および続く505・507はサイドバルブの4気筒エンジンを搭載する安価でいささか「どんくさい」クルマでした。
しかし、1921年1月登場の520はフィアットらしからぬ車重2トン以上の超高級車で、ボア85×ストローク100mmの6805ccのV型12気筒エンジン(81馬力)を搭載していました。そう、フィアットなのにV12です(長いクルマの歴史上、V12エンジンを搭載したモデルは数えるほどしかありません)。

ホイールベース3860mmの長大な梯子型シャシーを持つ520は"SUPER FIAT(スーペル・フィアット)"と呼ばれ、エンジン以外も当時の最先端技術を導入した野心的なモデルでした。
例えばブレーキ。アメリカのMalcolm Lockheed(マルコム・ロッキード)が1917年に特許を取得した油圧ブレーキをいち早く採用していました。

https://share.google/BSloeuYji1w7hJMaY

520は独立したシャシーを持ちますから様々な形態のボディを架装することができましたが、ほとんどはtorpedo(トルピード=魚雷)と呼ばれた4座モデルでした。

https://share.google/SL2tGr0VmrqTaYoQp

https://share.google/images/qHgwO3hTknm0n4Tv3

これらのどこが魚雷なの?と言いたくなりますが、「トルピード」は単なる呼び名ですから気にしないことにしましょう。同じく魚雷を意味する戦後イタリア車のsiluro(シルーロ)は葉巻型でいかにも「魚雷」です。本稿0414【GIANNINI】・0465【BANDINI】をご参照ください。

さて、520スーペル・フィアットは技術的には先進的でしたが極めて高価であったために商業的には失敗で、1921〜1924年に僅かな台数(6台とも30台とも)が作られたのみです。

ややこしいことは、スーペリア・フィアットの後3年ほど経って同じコードナンバー(520)のモデルが出されていることです。

https://share.google/ldJREgf7WblfS8gAo

コードナンバーは同じでも直列6気筒2244ccを搭載する「普通の」モデルで、1927〜29年に2000台以上が生産されました。「フィアット520」と言えばこのモデルを指すことがほとんどです。
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