NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」の影響で郡山城に続き、今回は秀吉に所縁のある京都の豊国神社と方広寺と豊国廟に行って来ました。序でに寧々の終焉の地である高台寺塔頭の圓徳院にも立ち寄りました。次回は秀長に所縁のある寺院に行きますよ。
�茵々眤羯�の塔頭、圓徳院の長屋門
�蕁(�丈
北庭
高台寺は3年前に秋の夜間特別拝観で訪れて好感を持っていたので、今回は塔頭の圓徳院に訪れました。やはり国指定名勝の北庭が見応えがありました。御朱印は4種類の書き置きしかなくて「大河記念」を頂きました。
「賢庭が作庭した伏見城北政所化粧御殿前庭の池泉回遊式庭園を慶長10年(1605年)に移したものだが、その際に敷地面積が縮小したことからこれを枯池泉座視式に改めている。その後、小堀遠州によって整えられている。庭の東にある築山から枯滝を枯池に落とした2島を配置してこれを3本の石橋で結ぶという、桃山時代の典型的な枯山水の書院庭園の趣を持っている。全体に巨岩を多数配置した珍しい庭園としても知られる」
Wikipediaより。
�茵)�国神社の門前にある耳塚(鼻塚)
�蕁)�国神社の唐門
�茵)�国祭礼図屏風 左隻
�蕁)�国祭礼図屏風 右隻
「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 豊国神社 書院・宝物館
「秀吉を祀る神社で、『豊国祭礼図屏風』(重文)や『獏御枕』、秀吉の歯と伝わるものなど多くの社宝が伝わる。さらに今冬、京都国立博物館へ寄託されている『薙刀直シ刀 無銘吉光(名物骨喰藤四郎〈ほねばみとうしろう〉)』(重文)が里帰り!『斬る真似だけで骨まで砕く』という伝説をもち、源頼朝、足利家、豊臣秀吉、徳川家などが所持した名刀である【〜2月3日(火)まで展示、以降は写し(再現刀)の展示】。また皇室歴代の位牌や念持仏を祀った恭明宮の遺構である『書院』も特別公開され、秀吉の羽織『黄紗綾地菊桐紋付胴服〈きさやじきくきりもんつきどうふく〉』(重文)が展示される」
�茵(�広寺の「国家安康」の梵鐘
�蕁(�広寺の本堂
「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 方広寺
「豊臣秀吉が、奈良の東大寺にならって大仏を祀るために創建。大仏と大仏殿は失われたが、『国家安康 君臣豊楽』の銘文が『大坂冬の陣』のきっかけとなった梵鐘(重文)は今も残っている。本堂には、かつての10分の1の大きさで江戸期に造られた盧舎那仏坐像や、大仏殿の欄間に施されていた左甚五郎作の龍の彫刻(部分)などが残る。大黒堂では、秀吉が護持したという手のひら大の小さな大黒天像が特別公開される。また大黒堂の天井画として描かれた巨大な掛軸『神龍図』も特別展示」
�茵)�国廟の石段
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阿弥陀ヶ峰山頂の豊国廟五輪塔
かなり寒い思いをしながらも、流石に豊国廟は訪れるべきなのでバイクを1.2km走らせて立ち寄りました。
「豊国廟(正式名称:とよくにびょう、通称:ほうこくびょう)は、京都市東山区今熊野北日吉町にある豊国神社の飛地境内(境外地)で、豊臣秀吉の廟所。阿弥陀ヶ峰の山頂、麓から563段の石段を登ったところに石造五輪塔が建てられている」
Wikipediaより。
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