教皇選挙。
原題は、Conclave。コンクラーヴェ。
この映画が公開されて、間がないころに実際に教皇フランシスコが亡くなって、コンクラーヴェがあったものだから、話題にはなっていた。
俺はいわゆるボーン・クリスチャンというやつだ。
生まれてすぐに親に洗礼を受けさせられ、子どもの頃は教会に通ったものだった。
中学からカトリックの学校に行ったけど、大学はプロテスタント系だったし、ボーン・クリスチャンによくある話で、それほど熱心な信者ではない。家族はちがうし、もう教会にいかなくなって久しい。
それでも、教皇を選出する会議が、コンクラーヴェというくらいは知っていた。
なんとなく、半分義務的な感覚で観ておくべき映画だろうな、と思って観たんだけどさ。
退屈するかと思いきや、あにはからんや、むちゃくちゃ面白かった。
いろんな要素が入っていて、整理するのにちょっとワンクッションおきたいくらい。
ひとつの切り口としては、トップが退場したときの代替わりのドタバタ。
トップ不在を取り仕切るのは、主席枢機卿のローレンス枢機卿。演じるはレイフ・ファインズ。
会社などのトップの交代とはちがって、教会って言うと、どうしたって倫理的なものも問われるあたり、難しいだろうなぁ。
でも、まったく白の人間はいない、なんて言葉も出てくるくらいで、教会の枢機卿といえど、叩けばいろいろ出てくる、なんて話もある。
さらには、次の教皇は誰がいい、というのは単純に権力争いという話ではなく、リベラルで行くのか、保守でいくのか、という教会組織の方向にもかかわるから、話が大きくなる。
自分がやりたいわけじゃない。
でも、あいつがなるくらいなら、という懊悩がそこかしこに漏れでる。
イタリア人の教皇は長いこと出ていない。
ラテン語がヴァチカンの公用語じゃなくなって、乱れてきた。
前教皇がリベラルだったから、イスラムやほかの宗教に好きにやられるんだ。
なんていう保守派もいれば、中絶問題はどうするのか、LGBTQは?という話もある。
もう人種をこえて、白人以外の教皇が出てもいいという話もあれば、表面的にはともかく抵抗が隠せない人たちも出てくる。
組織を背負い、関わる人がいるほど、その人たちのために自分が重荷を、という決断を迫られる。
そういうのは、教会だけでなく、会社などの組織でもあるかもしれない。派閥とかって、そういうものだろう。
出てくる人たち、特にローレンス枢機卿の葛藤はドラマとして、見ごたえがあった。
教会という組織が、戦争や宗教、国家間の対立などとどう対峙すべきか、という問題を考える糸口も提示されていたと思う。
最後まで、引き込まれたな。
伝統を背負い、倫理に責任を負わされる人々の苦悩が伝わってくる映画ではあっただろう。
だからといって、決して重すぎるとか、退屈ということではない。
映像的にも、引き込まれるところが多々あった。
無言の中に、訴えかけてくるものがあるというかさ。
最近、『映画を早送りで観る人たち』という本を読みかけているんだけど、この映画は、早送りではまったく理解できないし、面白さがわからない映画だと思う。
静かな場面も退屈しないし、早送りで見たら、もったいないと思うね。その方が、時間の無駄になる。
じっくり楽しみたい映画だ。
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