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2025年12月19日20:28

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ZARDの坂井泉水が育った秦野市を中心とした旅 11月下旬から12月上旬<レンガ色の空を斜めに見上げて ―― 秦野・厚木・松田・記憶の断片を拾う旅(前編) テーマ曲「あの微笑を忘れないで>その他生田緑地

<レンガ色の空を斜めに見上げて ―― 秦野・厚木・伊勢原・、記憶の断片を拾う旅 テーマ曲 「あの微笑を忘れないで>前編

『この記事では、ZARDの楽曲の世界観を大切にしながら、筆者の旅の記録を綴っています。歌詞の一部を引用してご紹介します』

丹沢山麓秦野市を中心にめぐる旅、いよいよ最終回を迎える。舞台は第18回11月23日(日)、第19回11月24日(月・祝)、第20回12月6日(土)第21回12月7日(日)の4日間に渡る。

 11月23日、源実朝の悲劇を今に伝える「実朝祭」が静かに幕を開ける一方で、渋沢駅にはZARDのメロディが響き渡る。駅メロ採用を記念したイベント開催から2025年で10年を記録した。コロナ禍の2020年から2023年迄の中断期間を除き、毎年日時固定で開催してきた。1976年から20年間、丹沢山地から吹き降りる乾いた風を受けながら、日常的に渋沢駅を利用していた坂井泉水の足跡は、途絶えることはなかった。

今回の旅の旋律は、ファンから絶大な支持を受ける『あの微笑を忘れないで』。 「レンガ色の空を斜めに見上げて 口笛吹いてマイホームタウン」 彼女が歌詞に刻んだこのフレーズは、異国への憧憬か、あるいは丹沢の稜線に沈む夕陽が街を染め上げた、あの瞬間の記憶か。西洋のアンティークのような温かみを持つ言葉は、彼女が抱いた故郷への深い慈しみと、遠く世界を見据えた眼差しを感じずにはいられない。
2025年11月24日、冬のヒマワリが咲き誇る寒川から、私は再び彼女の「マイホームタウン」へと、記憶の断片を拾い集めるために歩き出す。

 写真=あの微笑を忘れないでのMVの一幕 掲載元 Xユーザー トシ 2020年5月16日付 https://x.com/NIGA19620526/status/1261530277739819009
フォト


第1章 旅立ちへ 2025年11月24日(月・祝)寒川町冬のひまわり 秦野市蓑毛にある古民家「緑水庵」の紅葉
・スポット1 寒川町 ふゆのひまわり
・スポット2 秦野市 震湖湖を経て、カルチャーパーク
・スポット3 秦野市 カルチャーパークのバラやモミジ
・スポット4 秦野市 古民家緑水庵
・スポット5 秦野市 はだの戸川公園内の「おおすみお茶屋」
小見出し 生田緑地 夜の古民家園でほのぼのとしたひと時を

第2章 12月6日(土)弘法山、名残の紅葉が教える「心の解像度」厚木市白山森林公園
・スポット1 秦野市弘法山公園
・スポット2 厚木市飯山
第3章 12月7日(日) 星空のパレード 夜景 イルミネーション
・スポット1 海老名市相模大堰
・スポット2 厚木市若宮公園
・スポット3 秦野市葛葉緑地、カルチャーパーク、震生湖
・スポット4 松田町西平畑公園
・スポット5 秦野市さかえ町公園と2025年の旅の総括
エピローグ 12月19日(土)東京都多摩市多摩センターイルミネーション&キャンドルナイト

 必 今回 第1章と小見出しを掲載

第1章 旅立ちへ 寒川町冬のひまわり 秦野市蓑毛にある古民家「緑水庵」の紅葉


外部リンク 寒川町観光協会 https://www.samukawa-kankou.jp/?p=we-page-entry&spot=360952&cat=23197

外部リンク 秦野市蓑毛 緑水庵 秦野市役所ホームページより
https://www.city.hadano.kanagawa.jp/www/contents/1001000000492/index.html

    
外部リンク 秦野市中央運動公園 コドモトより
 https://www.kodomoto.info/spots/142115Y76B


 スポット1 寒川町冬のひまわり 
 
2025年11月24日、前日に続き、朝早くから丹沢山麓秦野市を目指して動き出した。最初の目的地は、神奈川県高座郡寒川町である。相模川沿いの平坦地には、住宅街と工場地帯を棲み分け、昔ながらの農地も残っていた。町をあげて秋の終わりにかけて咲く『冬のひまわり』を、新たな冬の風物詩として根付かせてきた。最初に訪れた川とのふれあい公園では、ドッグランを楽しむ芝生広場の傍らで、丁寧に手入れされた花壇が静かに冬の陽光を待っていた。 背丈は小さいものの、真黄色の花はそれぞれ茎を寄せ合いながらも、競い合うように大輪を開いていた。

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川沿いに吹き抜ける風を感じると、冷たくとも、なぜかさわやかな気分になる。広場に設営されたテントの奥からちいさく富士山がのぞく。その凛とした頂を見つめていると、不意に記憶の底に沈んでいた、ある夜の情景が鮮やかに蘇ってきた。
 まだ将来未確定で成長盛りの私たちが、若さという名の無敵な盾を掲げていた頃のこと。時計の針が25時を回るのを合図に、砂の上に車を止め、寄せては返す波音を聴きながら、朝が来るまで夢を語り明かしたことがあった。
大人になるにつれて現実がわかるようになる。私が次に訪れるひまわりスポットは、寒川駅からすぐ南の畑の一角である。民家と畑の隙間に敷かれた一本の線路を駆け抜ける列車は、郷愁を呼び起こす光景だった。

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 あの日、手元にあったのは、自販機で買った、すっかりぬるくなったコーラ。決して恵まれたシチュエーションではなかったけれど、あの「ぬるいコーラ」を回し飲みしながら語った未来は、どんな宝石よりもキラキラと輝いて見えた。ただ「楽しい」という純粋な衝動だけで、私たちは繋がっていたのだ。
 寒川の風に吹かれ、冬のひまわりを見つめる今の私は、あの頃の自分が憧れた「未来」の中に立っている。けれど、もし今、この日常のどこかで何かに躓きそうになったなら……。私は迷わず、あの夜の静寂と、あの微笑みを思い出すだろう。
歌詞 「つまづいたときには、電話をしてね」
坂井泉水が歌声に込めたその優しさは、時を超えて今の私に語りかける。ぬるいコーラしかなくても夢だけで走れたあの夏の熱量は、形を変えて、今もこの丹沢の麓に流れる風の中に息づいている。私は一つ深く息を吸い込み、彼女の愛した「マイホームタウン」のさらなる深淵へと、一歩を踏み出した。
   


    
     スポット2 秦野市震生湖を経て 出雲大社相模分祀

秦野市にある史跡スポットの「震生湖」、谷底に落ち込んだ水がめは、小波が立たず静けさに包まれていた。

 写真=震生湖畔の弁天道
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鏡のような湖面に映る紅葉は、都会でいつの間にか身につけてしまった「ポーカーフェイス」を優しく剥ぎ取っていく。完璧を装い、感情を押し殺して過ごす日々。そんな都会がくれた仮面を、今はただこの深い赤の静寂のなかに、あるいは遠く相模の海へと捨て去ってしまいたい衝動に駆られる。
 「Open your heart、風を感じて」
 坂井泉水の澄み渡る歌声が、頭の中でリフレインする。震生湖を吹き抜ける風は、紅葉を揺らし、私の心の澱(おり)をもさらっていくようだ。そうだ、諦めを手にしなくていい。この鮮やかな自然の一部として、自分を解き放てばいいのだ。
 次に向かったのは、出雲大社相模分祠。境内では伝統ある「菊展」が開催されていた。丹精込めて育てられた菊の花々は、黄色やピンク、オレンジを含め色彩豊かであるものの、サイズ的にはいたって小さい。その幾重にも重なる花弁の密度と生命力に触れるうち、私の中にあった「心の冬」が、静かに溶け出していくのを感じた。

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 坂井泉水が愛した秦野市は、四季を通して、景観を彩る花が咲く。寒空に咲く黄色のロウバイから始まり、早春を告げる梅や河津桜が町を彩った。4月にはソメイヨシノが開花し、街路樹が一面ピンクに変わる。若葉が萌え出る新緑の季節を経て、梅雨時はアジサイが顔を出す。夏場はハスやヒマワリ、サルスベリが、秋口には彼岸花やコスモスへと、開花リレーが続く。そして錦を織り成す秋、この一年や過去を振り返る契機になる。これまでの人生、何度もつまずき、迷うことがあった。あの夏の25時に語り明かした情熱と、誰かの優しさを信じる心さえあれば、人生迷わず進んでいける。 「あの微笑を忘れないで。いつも輝いていたい」
 色鮮やかなモミジと、気高い菊の香りに見送られながら、「新しい明日」へ向かって走り出す。心の冬にサヨナラをして、彼女の歌声と共に。秦野の山麓に響くメロディは、どこまでも澄み渡る冬の空へと溶けていった。
  

        スポット3 カルチャーパークのバラやモミジ

 出雲大社相模分祀を経て、水無川沿いのカルチャーパーク(秦野市中央運動公園)へ。敷地内のバラ園では、11月下旬にも関わらず、多くの株がその鮮やかな色彩を絶やすことなく保っていた。その一種オレンジの「ブラスバンド」は、秋の日差しを受けて、透明度を増す。彼女にエールを送るかのように軽やかなリズムを刻んでいるようだった。陸上部時代に活躍した競技場の外周部は、黄金色に輝くイチョウと、真っ赤なモミジが等間隔で育つ。 「レンガ色の空を斜めに見上げて 口笛吹いてマイホームタウン」
 かつて彼女も、この場所で夕暮れを迎え、赤く染まった丹沢の稜線を、この「レンガ色の空」として見上げていたのだろうか。

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 陸上部としてトラックを走っていた彼女にとって、目の前のハードルは、単なる競技の障害物以上の意味を持っていたのかもしれない。若さゆえに、やりたいことも、欲しいものも、両手には抱えきれないほどあったはずである。中学2年時、秦野市内の学年別200m走において、見事優勝を勝ち取っていた。同年800m走においても3位入賞を果たしている。成人時代の身長は165cm、手足が長く、ほっそりとしたプロポーションから、長い距離でも無駄なく走り抜けるはずである。伊勢原市伊志田高校時代には、軽音楽部とソフトテニス部を兼任していた。その頃から歌手になる夢をひそかに描いていたという。厚木市森の里にある松蔭女子短期大学を経て、1987年には新宿に拠点がある不動産会社に就職した。バブル経済に支えられ、進学後の就職は平坦だった。型に嵌ったルートを辿りながらも、歌手への夢がこみ上げてきて、わずか2年で退職を決意する。2年間のモデル活動を経て、1991年にデビューにいたった。
進路を変えるたびに、期待と不安が入り混じるなか、自分自身の「切なさのハードル」を、一つひとつ跳び越えていった。
 
 「今も出来るよ」
 
そのフレーズは、時を超えて今の私にも真っ直ぐに届く。大人になり、抱えるものが増えても、あの頃の彼女が持っていた情熱を忘れてはいけないのだと、オレンジのバラが囁いている気がした。  かつての少女の足跡が刻まれたこの広大な公園で、私は彼女の「マイホームタウン」の温かさを、より一層深く噛みしめていた。
 

           スポット4 古民家緑水庵


陽が完全に落ち、秦野の街に夜の帳が下りる頃、私は古民家「緑水庵」を訪れた。歴史を刻んだ木造の空間を彩るのは、色とりどりの和傘が放つ、柔らかな光のライトアップである。

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 用意された漆塗りの机に和傘を置くと、不思議な光景が広がった。磨き抜かれた机の表面が鏡となり、極彩色の傘が上下対称に映り込む。現実と虚像が溶け合い、どこからが光でどこからが影なのかも分からなくなるような、静謐な「鏡張り」の世界。
 「レンガ色の空を斜めに見上げて 口笛吹いてマイホームタウン」
 この和傘が放つ朱色や橙色の光は、彼女が歌ったあの「レンガ色」の夕暮れを、夜の古民家の中に再現しているかのようだった。
 私たちは皆、日々の中で、やりたいことや欲しいものを抱えきれないほど持ちながら、それと同時に「選べなかった道」への切なさも抱えて生きている。一転して鏡張りの幻想的な景色を見つめていると、二度と戻らない人生の刹那を彩る、光の欠片なのだと思えてくる。

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 かつて彼女も、故郷のどこかでこうした静かな夜を過ごし、自分自身の内面をじっと見つめていたことがあったのだろうか。  「切なさのハードルを越えられたね。今も出来るよ」    鏡のように自分を映し出す空間で、独り言のように私の胸に響いた。高く跳ぼうとするほどに立ちはだかる人生のハードル。和傘の光が闇を照らすように、心の中にあの微笑みさえあれば、私たちはいつだって軽やかに、そのハードルを越えていける。 古民家の静寂のなか、揺らめく光のリフレクションを見つめながら、坂井泉水が遺した「優しさ」に、また一歩触れた気がした。
    



   スポット5 はだの戸川公園内 おおすみお茶屋のライトアップ

午後6時代 バス停大倉から水無川を挟み対岸の「おおすみお茶屋」周辺にて、ライトアップを鑑賞する。真っ暗闇の中で、鮮やかな赤色に染まる紅葉は、まさに人々の情熱を表していた。秦野の夜風は、山あいを抜けてくる分、都会よりも鋭く、肌を刺す。その冷たさが逆に、かつての彼女が感じたであろう「夢だけで楽しかった」という体温を鮮明に浮き上がらせる。ライトに当てられたモミジの葉っぱは、公園のシンボルである風のつり橋を引き立てていた。

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 都会がくれた「ポーカーフェイス」という鎧を脱ぎ捨てられる場所。音響セットが組まれたテレビスタジオやライブステージではない。暗闇に浮かぶモミジを照らす古民家は、安らぎのひと時を提供してくれる。隣に誰かがいる安心感、そして「いつでも戻ってきなよ」という優しく包み込む故郷の風景だったのではないか。
 「孤独な時間抱きしめて 人は大人になるから」

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<小見出し 生田緑地 夜の古民家園でほのぼのとしたひと時を>

外部リンク 川崎市立日本民家園 https://www.nihonminkaen.jp/
外部リンク 枡形山展望台 生田緑地公式ホームページより
https://www.ikutaryokuti.jp/shisetsu.html



秦野で彼女の感性の源泉に触れた私は、その足で少し場所を変え、同じ神奈川県内にある別の「古民家の風景」を目に焼き付けた。11月29日(土)舞台は、神奈川県川崎市多摩区生田緑地である。高低差のある丘陵地帯の最高峰、標高84mの枡形山展望台からは、東北方向を中心に視界が利く。開館時間は午前9時から午後5時まで、11月下旬から冬至の頃までの季節限定の夜景スポットだった。

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麓の住宅地の先に聳えるビル群の存在から、都市の構造がクリアに写る。北側は多摩川をはさみ軒並み低層の住宅街が広がる。天気がよければ、日光の男体山を望む。麓の小田急線向丘遊園駅周辺にビルが建つことにより、視界はやや狭くなった。代わりゆく景色は、町が発展していくことを物語っている。日暮れ時こんもりとした緑地内で、一歩遠い距離から見つめると、人々の生き様を深く感じることができた。午後5時過ぎに訪れた川崎市立日本民家園で開催する「夜の民家園」、昼にも増して、ほのぼのとした雰囲気が漂う。

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江戸時代から残る移築展示した伝統的な母屋が周辺のモミジと共に明かりが点された。宅地開発が進む中、暗闇の中、蝋燭の明かりで夜をすごした人々の姿が見えてきた。

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坂井泉水が、最先端のレコーディングスタジオにいながらも、どこか懐かしく温かい歌詞を書いた理由がここ生田緑地からも垣間見えた。こうした日本人の原風景にある『静かな夜の対話』のような感性を、心の奥底に大切にしまっていたからではないだろうか。」


 第2章へ続く。


関連日記

前回の秦野市を中心とした旅日記 2025年第13回から第17回 テーマ曲「来年の夏も)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991191298&owner_id=32437106

前年同期 2024年11月23日(土・祝)24日(日)テーマ曲「あなたを感じていたい」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988893898&owner_id=32437106

前年生田緑地夜の民家園記載日記 2024年11月30日(土)テーマ曲 「窓の外はモノクローム」主要舞台横浜市都筑区、西区と中区に跨るみなとみらいと山手地区
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988939091&owner_id=32437106



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