モータースポーツの最高峰であるF1にて、66レースに出場して16回優勝(表彰台24回)という群を抜く戦績を上げているのに一度もチャンピオンになっていない「無冠の帝王」Stirling Moss(スターリング・モス)。
1955年のミレ・ミリアでの超人的な記録(公道1597kmを平均157.65km/hで走破)など、サーキットの外でも出色の戦績を残している彼が、MGの速度記録挑戦車EX.181で新記録を打ち立てた直後に撮影された写真はしばしば目にします。何かを飲んでいますが、これは一体?
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FIA(国際自動車連盟)に改組される1947年以前のAIACR(国際公認自動車クラブ協会、1904年発足)が認定・管理していた頃の速度記録は、エンジンの排気量に応じて細かく分けられていました。
積極果敢に記録樹立に挑戦していたMGは、本稿0214で記したように1932年製の水冷直列6気筒OHCエンジン(K3マグネット用)を搭載するEX.135でF(1100cc超1500cc未満)・G(750cc超1100cc未満)・H(500cc超750cc未満)・I(350cc越500cc未満)の4クラスを制覇しました。さらにジャガーのエンジンに換装してクラスE(1500cc超2000cc未満)を手中にし、車体としては5階級で速度記録を打ち立てたことは驚嘆に値します。
クラスFの記録は、1951年にGoldie Gardner(ゴールディ・ガーディナー)が樹立した203.9mph(約328.08km)でしたが、20年も前のエンジン(しかも1106cc。1100cc超1500cc未満なのに)に依る記録ですから、上限(1500cc)近い排気量の最新エンジン搭載車ならば容易に記録を塗り替えられるはずだ、との目論見で1956年からMGが開発を進めたのがEX.181です。
その最新エンジンは、ボア73.025×ストローク88.9mmの水冷直列4気筒DOHC1489ccにスーパーチャージャーを付けて290馬力を絞り出していました。
https://images.app.goo.gl/izroA
なお、このエンジンはボアが73.025→75.39mmに拡げられて(ストロークは88.9mmのまま)排気量が1489→1588ccにされつつ、スーパーチャージャーが外されて290→108馬力に大幅にデチューンされ、市販用のMGAツインカム(1958〜60年に2111台生産)のパワーソースになっています。
さてEX.181は、このユニットをミドシップに搭載したアルミニウム製ボディを持ちます。
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空気抵抗が可能な限り小さくなるように水滴型にされましたので、Roaring Raindrop(轟音をたてる雨粒)と呼ばれました。
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完成したEX.181を操るドライバーとして白羽の矢が立ったのがスターリング・モスで、アメリカ・ユタ洲のBonneville Salt Flats(ボンネビル塩湖、干上がった真っ平らな塩原)にて1957年8月23日に245.64mph (約395.31km/h)の新記録を樹立しました。
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https://images.app.goo.gl/uWZAu
8月のユタ洲は灼熱です。EX.181のコクピットは、空気抵抗低減のためにキャノピーで覆われて完全に閉ざされている上、背後に熱いエンジンが搭載されているので、50℃を軽く超えていたに違いありません。
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そんな劣悪な環境から解き放たれた彼が飲んでいたのは?
なおスターリング・モスは、モータースポーツ発展への長年の貢献が認められ、2000年に英国王室からnight(ナイト)の称号と勲章が与えられました。以降、名前にSirとOBE(Order of the British Empire、大英帝国勲章の意)が付けられるようになりました。即ちSir Stirling Moss OBEです。
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残念なことに2020年4月12日に90歳で鬼籍に入ってしまいましたが、奇しくもその日はMGの創始者Cecil Kimber(セシル・キンバー)の誕生日(1888年生)でした。
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