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2025年10月24日21:03

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Facebookから転載

笑って人生

93歳の父がICUに運ばれた日、医師に聞かれた。
「人工呼吸器をつけますか?」
私は一瞬も迷わず、「いいえ」と答えた。
――でも、そのあと医師が言った言葉に、体の芯が凍りついた。

「では、点滴も止めましょう。」

意味がわからなかった。
私は思わず声を荒げた。
「どうして? 点滴だけでも続けたら、少しは長く生きられるんじゃないんですか?」

医師は淡々と説明した。
「お父さまの呼吸機能はもう限界です。呼吸器を使わなければ、どんな点滴をしても体はもたない。むしろ苦しみを延ばすだけです。点滴を止めれば……おそらく4時間ほどで、静かに逝かれます。」

4時間――たったそれだけ。
たった4時間で、父がいなくなる。
頭の中が真っ白になった。
「父を楽にしてあげたい」と思っていたのに、いざその決断を下す瞬間、心は悲鳴を上げた。
“もう少し生きてほしい”という私のわがままと、“もう苦しませたくない”という父の願い。
どちらが本当の「愛」なんだろう。

兄に電話をかけた。
遠くの画面の向こうで、兄は泣いていた。
「父さんの言葉を思い出せ。あの人は、管につながれてまで生きたくなかったんだ。」

そうだ。
数日前、父は私の手を握りながら、かすれた声で言っていた。
「もう、管だらけになるのは嫌だ。自然に、静かに逝かせてくれ。」

だから私は、震える手で同意書にサインした。
ペン先が紙を掠めるたびに、心が裂けるようだった。

ICUの外で待つ時間は、永遠のように長かった。
モニターの音が一つ消えるたび、現実が近づいてくる。
そして4時間後、看護師が静かに言った。
「お父さま、安らかに旅立たれました。苦しむことはありませんでした。」

その瞬間、涙が止まらなかった。
けれど、不思議と後悔はなかった。
父は93年の人生を、もう十分に生きた。
最後まで自分の意思を貫き、穏やかに眠った。

人はよく言う。「できる限りのことをしたい」と。
でも、本当に大切なのは“何をしてあげないか”を選ぶ勇気かもしれない。
無理に延命することが愛じゃない。
その人の「最期の願い」を尊重することこそ、本当の愛なのだと思う。
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