一般に「天下分け目の」と形容されるのは関ケ原である事が多いと思いますが、その言葉に相応しい戦いは他にも存在しました。
ここもその一つと言って良いでしょう。
夏休み3日目は東海道線で小田原、そして箱根登山鉄道に乗り換えて入生田駅で下車。
ここからは歩きです。
道路を渡ると、すぐ先で早川を渡り、その向こうは箱根外輪山から繋がる尾根が屹立しています。
かつてこの笠懸山の上に突貫工事で建てられたのが石垣山一夜城。
もちろん一晩で出来た訳ではありません。
夜のうちに城前面の木々を切り倒した事で、小田原城からはあたかも一晩で出来たのように見えたという伝説が有りますが、高低差が有るとは言え、距離を考えればそれは如何なものか…
北条側も当然知っていたであろうと思わなくもないか( ̄▽ ̄;)
入生田駅が54mくらい、笠懸山山頂付近が260mくらいとの事で、縫うように登って行く道は意外に距離が有りました。
登りが終わりそう…と思えば、かつてヒルクライムレースで登った箱根ターンパイクを跨ぎ、やがて左手に城址の石垣などが見えてきました。
到着!
ここは急造の山城ですが、と言ってチープな訳ではなく実に立派な城。
先ずは本丸跡へ石段を登ります。
もちろん小田原城を眼下に見下ろせます。
天守閣も有ったよう。
太閤が率いていた軍勢は15万、或いはそれ以上とされ、北条氏直らが籠城する小田原城を陸からも海からも厳重に包囲しておりました。
支城を次々と失い圧倒的な力の差を思い知ったのか、ここでは本格的な戦とならずに降伏し、戦国大名としての北条氏は滅亡しましたが、当主の氏直は高野山にて謹慎の後、豊臣大名として復活します(但し知行1万石とか)。
そんな諸々を思いつつ目を閉じると千軍万馬の嘶きが聞こえる…という事は全く無く、間も無く石垣山一夜城跡を後にし、小田原市街地へ坂を下りました。
東方に見える山々は丹沢か…大山らしき姿も見えています。
市街地まで下りて東海道線を潜り左折、暫く歩くと小田原城に到着!
復元された常盤木門を抜けると天守閣が見えました。
中は資料館となっています。
もちろん入館!
太閤と対峙した時の小田原城はもっと広かったようですが、当時の威容を垣間見る思いです。
小田原城が開城した後の奥州仕置で天下統一事業は一段落します。
その後に葛西大崎一揆や九戸の戦等が有りましたが、結果的にはそれらは局地戦だったと言えるでしょう。
小説的に言えば、そこでも後に繋がるような伏線も有ったのですが…
さて
小田原では大きな戦とはならずに済みました。
ところでこの日は8/15日、言わずと知れた終戦記念日です。
帰路、渋谷で湘南新宿ラインから半蔵門線に乗り換えて九段下駅下車。
もちろん靖国神社です。
いつものように多くの人が来ており、参拝列もまた長く、1時間半近く並んでようやくお詣り。
何はともあれ今年も来れて良かったです。
その後は更に新宿京王百貨店にて開催中のアントニオ猪木展を覗き…ようやく帰宅です( ̄▽ ̄;)ナガイイチニチダッタ
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