フジテレビが「サザエさん」めぐる「誤解を招く投稿」をお詫び…… 「まさかの謝罪」「難しい所」とさまざまな声
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さっきもコメントで書いたけどこれはもう時代劇なので時代考証が必要なアニメだろう。
そもそもウチの子供もこれ分かってみてんのか?と聞いてみても分からない。とりあえずアニメやっているから見ている程度だ。暇つぶしでしかないわけで(私が子供の頃も見るものが無いから環境音としてのテレビ音声)としてつけていた記憶がある。
サザエさんにはあまり良い記憶がない。サザエさん症候群というのがあったがまさにアレで日曜日が終わってしまう憂鬱さ、明日から学校という憂鬱さ、それを感じさせてしまう日曜日の終わりを思わせるこの番組は見るのもイヤだ。だから子供には録画して私が居ない時に見ろと言っている。しかもこんな時代劇みたいな昭和30年代後半みたいなものを現代のこの時間によくまだ続けてやるなと思う。誰のためにやっているのか?と思う。
ちびまる子も片足時代劇に突っ込んでいるし、くれよんしんちゃんも平成だからもう昔のものだ。いつまでも保育園、小学校を卒業しないのもおかしい。ネタそのものが古いから今の世相も織り込みにくいし。
しかし、そんなサザエさんの中で唯一目を見張る存在が三河屋だ。
これは昔の八百屋のサービスを今に伝える、これからの高齢化社会へのヒントとなるものとして見てみたい。三河屋はいわゆる「御用聞き」だ。昔は大型ショッピングモールもなく近くにコンビニもスーパーもない時代にその街の八百屋がサービスとして提供していたシステムだ。これはもっと古くからあるが、昔は車も無かったから買い物にも徒歩か自転車。大量の買い物をした時に「後で持ってきて」の人だ。この人は地元の八百屋と長年の付き合いの元荷物を運んでもらうだけでなく、使い切って買い忘れた調味料やダンナが飲むビールや酒が切れた時に急いで持ってきてもらう役割も担っている。
「悪いけど夕方にもってきてくんない?今、料理作っていて手が離せない」
と言う時に便利で助かるシステムだ。
しかし、今は車に乗って出かければものの15分くらいでスーパーがあったりするし、地元の八百屋がなくなってこういうサービスが死んでしまったというところもある。しかし、高齢化社会においてはこの「御用聞き」の存在がないといけないことに気が付く。
ここには信頼関係がないといけないということもあるが定期的に食材などを届ける彼のような存在は今、必要なサービスとも言える。古い人なら昔の「御用聞き」システムを知っている人も多く、これの復活は願ったりかなったり名部分があったりする。
しかし、ここで「ビジネス」という考え方になってしまってはいけない。あくまでも地元の小さなスーパーがサービスとして請け負わないといけない。この小さなスーパーで買い物してくれれば御用聞きが持って行く。こういう小回りの利くサービスは大型スーパーやショッピングモールでは出来ない。
困った時に助けてくれる存在は必要なサービスだと思う。これはあくまでもサービスとして行われないといけないと言ったが、昔はこのような人々を雇う余裕があった。しかし、今はギスギスしていて何でもかんでも利益利益利益だ。コストカットにコストダウン。しかし、こういう柔軟な対応が出来る人が老人福祉の一端も担うようなものだとしたらそれはコストとして切られるものとして見て良いものなのだろうか?と思う。
古いものの中にも今あれば良いのにと思うものはいくつもある。サザエさん自体は別にテレビから消えてもいいが、三河屋は今だから必要なものだと思う。
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