人は、生まれるときに自分に課題を課して生まれるという。
カルマとか因縁とか解消されない前世の思いとか、なんとか・・・かんとか・・・
姉は若かりし頃、小児ワクチンを広めるため某団体に加わり、僻地に赴いたことがあった。赤道直下の国だ。20年も前の話だ。
帰国後の彼女の感想は意外なもので、
亜熱帯気候では、食が自生しているので、食に対する危機感が全くなく、それ故全てがゆっくり。
四季が無いため環境的な変化がなく、何かを変えると言うことに、必要性を感じない。
(寒さに備える、寒さに我慢する等私達の生活は変化を強いられる。が、彼らには無い。)
生死は、「なる要にしかならない、それもあり」と根底にある。
私達が、彼らにワクチンを勧め、子どもの死を回避できるからと言っても、↑等で結局、押しつけでしかないんだよね。きっと。
ジレンマだ。(今となると、コロナワクチンを摂取するかしないかに一部類似性を感じる)
そして今、姉はホメオパシーやリフレクソロジー学んでいる。
余談だが、姉は前世で、薬草などを扱い人を癒やしていたらしい。それもあり今世、興味を引かれるのだとか。また、その前世で調合ミスで人を死なせた。その人が今の姉の旦那とのこと。 まあ〜まあ〜・・・
そして姉旦那は、糖尿病でインシュリンを投薬している。勿論、彼のために口から摂取する物に気を配っている。レメディーもその一環である。私にも、レメディーの処方がくる。勿論私のことを思ってのことだ。
どこかしら、20年前の状況と似ていると感じるのは、私だけだろう。
何を摂取して身体が改善しても、精神が癒やされない限り、堂々巡りとなるのだろう。
と、処方箋の購入手続きに手間どいながら思った今日の朝だった。
明日は、エジプト展を見に秋田まで移動する!楽しみだ。
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