<丹沢山麓 秦野市を中心とした旅 第7回4月20日(日)第8回4月27日(日)テーマ曲 「君がいたから」他川崎市多摩区生田緑地の日本民家園>
前回6回目 4月5日テーマ曲「星の輝きよ」
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前年同期 2024年4月28日と29日 テーマ曲「MIND GAME」
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2023年4月9日(日)16日(日)八重桜の時期訪問 テーマ曲「君がいない」
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4月中旬からGW前半にかけて、遅咲きの八重桜からツツジの季節への変わり目となる。からっとした空気に覆われる中、さわやかなポップナンバーの「君がいたから」の歌詞を中心に進めていく。ZARDの坂井泉水が作詞した同曲は、1995年5月15日に4人組のロックバンドとしてデビューした「FIELD OF VIEW」の1stシングルとしてリリースされた。オリコン週間チャートでは最高位3位、CD売上85万枚に達した。ZARDの坂井泉水による同曲のセルフカバー版は、1996年7月8日に7thアルバムとして発売した「TO DAYS ANOTHER DAY」に収録された。ゆったりとしたテンポにアレンジされ、坂井泉水の伸びやかで透明感のある歌声がより発揮される。2022年2月4日と2月10日に開催されたZARDのフィルムコンサートにおいて、ヴォーカルの浅岡雄也とスクリーン上の坂井泉水がデュエットで披露している。彼女の故郷である秦野市を中心に周辺地域の花巡りを紹介する。
目次
・第1章 遅咲きの桜巡り Aメロの歌詞
・第2章 渋沢丘陵 頭高山へのハイキング
第3章 新緑とつつじの季節 Bメロの歌詞
第4章 新緑の古民家 生田緑地へ 夜景稲城市みはららし緑地へ Cメロのサビ
舞台 4月20日、秦野市中心。
4月27日、座間市、厚木市、伊勢原市、秦野市、足柄上郡松田町、開成町。
4月29日、川崎市多摩区生田緑地、宮前区等覚院、東高根森林公園、稲城市みはらし緑地
第1章 遅咲きの桜巡り Aメロの歌詞
4月20日(日)
朝方、薄い雲が覆う中、秦野市では丹沢祭2日目が開催される。見頃を迎えたピンクの八重桜は、ソメイヨシノよりも、花びらの厚みがあり、枚数も多い。ソメイヨシノは5枚、対して八重桜は10枚以上。一輪一輪が大きく、重なって咲く様子から「八重」の名がついた。一方もう一つ同じ時期に咲くウコン桜とギョイコウ桜は、共に薄緑色である。写真を比較すると、ウコン桜の方が、花弁の厚みがなく、反り返りも少なかった。
参考リンク 奈良大和路〜悠〜遊〜 2014年4月26日付
http://pinbokejun.blog93.fc2.com/blog-entry-663.html

園内の主役は、八重桜。高低差のある斜面にまとまって咲くと、花びら同士が重なり合い、沸きあがっているように見える。日差しがない影響により、純粋にそれぞれの花びらの色を確認できる。花言葉は「理知」「しとやか」「豊かな教養」「善良な教育」「理知に富んだ教育」と学問に関する言葉が並ぶ。それもそのはず、春の新入学を迎えた矢先に、咲き出す性質に由来する。歌詞「君がいたから」は、旅立つ若者へ応援メッセージが込められている。爽やかなポップチューンに仕上がった原曲のFIELD OF VIEW版と比べて、ZARDの坂井泉水によるセルフカバー版は、アコスティックギターの音色に、キーボードのメロディーが程よく合わさっている。同曲のMV(ミュージックビデオ)において、坂井泉水は、マイクを口元に近づけながら、言葉をかみ締めるように歌った。
全詞掲載 「」で表示。
「抑えきれない想いや 人が泣いたり悩んだりする事は、生きている証拠だね。」
桜の季節、爽やかな空気感に包まれながら、新しい環境に身を置き、一抹の不安を抱く。人々を慰めるかのように、足元にはチューリップが咲き出す。戸川公園においては、八重桜並木の下で、遅咲きのチューリップが花開いてくれた。
「笑いたい奴には 笑わせておけばいいさ 僕らは風に吹かれよう」

丹沢山地からの風が吹き下す戸川公園は、花びらがこすれあい、枝から離れていく。入学時や入社のタイミングにあわせて開花する桜は、スピリチュアル的に新しい出発と再生を象徴する。長い冬を耐え、柔らかい日差しが降り注ぐ、春先に休眠打破によって、いっせいに開花する。気温の上昇に伴い、蕾が膨らみ、平均1週間で満開、次第に風と共に、枝から離れ、次の週には葉桜と化す。桜吹雪は、一瞬一瞬の大切さを伝えている。物事に執着せず、新しい自分へ生まれ変わる機運となる。
サビの歌詞へ
「感じあえばすべてがわかる 言葉はなくても 何度もくじけそうになって ここまできたんだ」
新年度に先駆けて開花したソメイヨシノから、八重桜やウコン桜、ギョイコウ桜へとバトンがつながった。園内の茶室「おおすみ山居」の敷地に咲くモミジはすっかり芽吹いていた。瑞々しい青葉に覆われる中、川のせせらぎに耳を澄ませながら、お茶を戴く。優雅なひと時を来園者に提供してくれた。
「Oh!今僕らの心は一つになる 振り向けば いつも君がいたから」
空は曇っているものの、幸い雨が降る気配はなかった。太陽の光が遮られ、純粋に若葉や花が持つエネルギーを感じられた。
<Aメロ終わり>
第2章 渋沢丘陵 頭高山へのハイキング
午前10時30分から12時30分にかけて、渋沢駅南口から、標高303mの頭高山をめぐる2時間のハイキングコースをスタートする。出発点の渋沢駅は、坂井泉水のゆかりの地。北口には、上り線のプラットホームに流れる「負けないで」の駅メロ記念プレートが設置されている。南口の方は、下り線のプラットホームの採用曲「揺れる想い」の記念プレートが置かれていた。丁度4月中旬以降、サークルベンチの中心に聳え立つギョイコウ桜が花を咲かせた。
毎年11月23日に開催される「えびす溝祭」では、ZARDを慕うバンドによる「駅メロライブ」を開催する。時を経てもなお、坂井泉水の功績を伝える取り組みが、ここ秦野市でも続いていた。南口からアップダウンのある渋沢丘陵に位置する千村へと入る。日本の自治体において、八重桜の生産量がトップに達する。既に17日から18日にかけて、収穫されたという。駅からおよそ2km、頭高山の入り口に鎮座する由緒ある泉蔵寺は、敷地の内外に問わず、オランダ産のチューリップを育てていた。沢沿いに位置するお寺は、朝夕は直射日光が避けられ、幾分涼しくなる。敷居ごとに、色をきれいに揃えることにより、可憐で清楚感が伝わってきた。

不易流行の言葉が示す通り、住職は代々受け継ぐ仏様の教えを守りながら、西欧から持ち込まれたチューリップを育て、参拝客をもてなしていた。頭高山への道程は、しっかり舗装され、下草も刈られていた。山頂直前の広場の南斜面では、日の光を受けて、八重桜が林立する。淡い空気に包まれる中、ハイキング客はベンチに腰を落ち着けた。薄い雲によって、光は確かに遮られていた。白っぽい空の下で聳え立つ八重桜は、控えめで実に謙虚な人物のように、優しい香りを漂わせていた。

帰り道、麓の家々の庭には、所々藤の花が育っている。花びらが幾本も垂れ下がるフジは、日本古来の花木と言われ、万葉集にも歌われる。蔓植物であるがゆえ、物体へ絡みつきながら、成長していく。庭先で育てるうえで、予め木の柱を立てて、屋根を作る。物体に巻き付く性質から、蔓を通して伝い、天井から花を吊り下げる。団地や公園、学校を含め教育施設にも設けられた藤棚は、初夏を象徴する風景だった。
午後には、秦野駅南口から徒歩5分の距離に位置する「今泉名水桜公園」で小休憩する。八重桜やギョイコウ桜、ウコン桜を初め、サトザクラやアマノガワ、ショウゲツ、イチヨウなど遅咲きの複数の品種が育つ。イチヨウとショウゲツ、フゲンソウを含む3種で、八重桜という。オオシマザクラとヤマザクラの種間雑種として誕生したサトザクラ群に属する。早咲きから遅咲きまで揃う園内は、幅広い品種の桜の見本市となっていた。
品種アマノガワ 品種ショウゲツ

渋沢丘陵へ向う途中、白笹稲荷神社では、ウコン桜とギョイコウ桜が接しあう。金櫻(かねざくら)として、商売繁盛に繋がるとの所以がある。由緒ある神社は、住宅街の中の緑に覆われ、神妙な空気に包まれていた
品種ギョイコウ桜 品種ウコン桜

そのまま起伏のある道を登り、秦野桜道を挟み、標高190mの渋沢丘陵へ向う。震生湖に面した尾根沿いに、八重桜が咲きそろう。湖畔にかけての斜面沿いに緑が続く中、桜の中で花に厚みがあるとはいえ、小さな房のように見える。

方向を180度変えて、元来た道を戻ること、秦野の町をバックに、真黄色の菜の花がそよ風に揺らめく。花いっぱい運動の一環として、休耕田を利用して、丁寧に種付けを行い、水やりを怠らず、成長を見守ってきた。
植物の生育を通して、ストレスを緩和し、精神状況を平常に保つ。心理学者は、植物による心理ケアを「バイオフィリア効果」という。我々人は、原点である自然を求める傾向にあり、森林や花のセラピー効果によって、心身リフレッシュさせる。
詳細 バイオフィリア効果について 心と植物の絆 2023年7月6日付
https://freebillsltd.com/gardening-column/3210/
小田急線で秦野から上り方面に一駅先「東海大学前」から東南方向へおよそ1km未満、大根公園では、子供たちの遊び場と自然観察を一体化する空間が設けられている。園内には、ギョイコウ桜とウコン桜が、花を咲かせている。やすらぎの池の辺では、密度が一段と高い。

夕方5時を回り、薄い雲がとれて、陽も差してきた。遊具を使う子供たちを、春風に揺れる桜がささやきかけているようだった。
写真=大根川沿いの八重桜
夕方6時から戸川公園の風のつり橋と八重桜がライトアップされる。午後6時30分を回ると、青みを帯びた空の下で、淡い桜の花びらが作り出す耽美な世界へ誘ってくれる。あくまでも菜の花やチューリップは脇役にとどまり、桜を引き立てた。風のつり橋を渡ること、暖色系のナトリウム光が、壁面にランプのように点灯する。

主塔部分は、光を反射し、黄金色に染まった。背後には、暗闇に包まれた丹沢山地、登山客を出迎える公園は、多様でユニークな光のショーを繰り広げていた。
第3章 新緑とつつじの季節 Bメロの歌詞
4月27日(日)1週間後、再び同じ丹沢山地の麓へと向った。朝早く向ったのは、座間市のかにが沢公園と谷戸山公園である。かにが沢公園の尾根部の花壇では、育てられたネモフィラに光と影の部分が出来る。ラジオ体操する住民を横目で見ながら、打ち上げられたコイノボリの下を潜ると、あっという間に抜けてしまった。

次の谷戸山公園を経て、座間駅から小田急線に乗り、伊勢原市の杉山土建のつつじ園へと足を運んだ。時刻は朝8時過ぎ、従業員らの出迎えを受けて、富士見スポットを教えてくれた。見頃を迎えたツツジの合間からフジの頂が顔を出す。その手前に位置する秦野市弘法山から吾妻山へ続く低山の麓に建つ家々を写さないようにと注意された。ツツジの花と秀麗な富士の姿が調和することにより、日本画らしい1枚に仕上がった。

お礼に、300円支払って、アイスを頂き、つかの間の休息を経て、西側の秦野市の田園地帯を走り、鶴巻温泉駅へと向った。
駅へと続く商店街脇の小さな公園のことだった。突如青空を劈くような鳥の鳴き声が轟いた。遅れること、おなじみのカラスのしわがれ声も聞こえる。ひときわ高い声の主は、動物分類学上タカ目タカ科のツミだった。目の淵が黄色い特徴からメスと判別できる。平均体調は33cm、逆にオスの方が小ぶりで、平均体調は27cmだった。住宅地で共存していくうえで、ツミとカラスは度々攻防を繰り広げる。もちろん平均体調60cmのカラスの方が、時に集団化して、強さを発揮する。1対1では互角に渡り合い、必然的に縄張りを線引きして、それぞれ営巣していた。
短い時間でツミの営巣は確認できなかった。周囲は小さな団地である。一歩離れ、開けた農地では、ネズミや稲に群がる小鳥を初め、食べ物は豊富だった。農地と住宅地が接する秦野盆地は、生息地として適していた。
午前10時台、ヤビツ峠の麓に位置する急斜面に一戸建て住宅が並ぶ蓑毛へと移動した。古民家「緑水庵」は、開館時間の午前10時より前倒しで開放されている。質朴とした味わいのある古民家を覆うモミジの葉は、薄黄緑色に染まっていた。人気のない室内に腰を落ち着けて、物思いにふけった。
歌詞「君がいたから」では、森林浴をして、心が落ち着いていく主人公の姿を描いている。
「ドアを開けて中に入ろうとしても入り口が、みつからなくて 誰かを傷つけた」
生きていくうえで、人は自分の道が正しいか、間違いか、分からなくなる。不安に苛まれると、時に身近な両親や兄弟、友人に当たってしまう。
「そんな時 友達が 自分より偉く見えたよ 僕はちっぽけな存在だった」
弱音を見せる自分は、いかに傷つきやすいか、気付かされる。古民家から離れ、春先、自宅の庭で薄墨桜を公開している主の元を尋ね、庭先に入れてもらった。凛と聳え立つ一本桜は、すっかり若葉に覆われていた。背景の森にすっかり溶け込んでいるものの、足元の菜の花は、直立の姿勢をとっている。
玄関先には、シャクナゲが花を咲かせていた。先祖から蓑毛の土地を譲り受け、畑を耕し、作物を育てている。道路を渡って、反対側には、八重桜も花びらをつけていた。丹沢の麓の急峻な傾斜地で、人々の生活観を肌で感じられた。
サビの歌詞へ
「まるで鳥になったみたいに 自由に羽ばたくよ」
春先、耳をすませば、野鳥のさえずりが聞こえる。我々人のように、些細なことでめげることはない。決まった時期に繁殖をして、子供を育てる。健気に生きる姿に胸が熱くなった。
「何が正しい 何が間違って いるのかなんて Oh 大勢(なかま)の中に居ても 孤独を感じた 目を閉じると、そこに君がいたから」
授業の合間の昼休み、息抜きでクラスメートが和気藹々と会話をしている中、孤立感を抱く瞬間でもある。例え一人ボッチでいても、親切な人から声をかけられると、救われた想いになる。丹沢の雄大な自然は、人一人を受け止めてくれる程、圧倒的な抱擁力を感じた。ZARDのセルフカバー版は、エモーショナルなコーラスが入り、ピアノメロディーでつなぎ、Cメロのサビへと移っていく。
<Bメロ終わり>
ドイツの心理学者ヴィルヘルム・ヴント(生誕:1832年―没:1920年)の理論によると、人間適度な刺激が大事である。まったく境遇が変わらない、あるいは全く新しい環境に飛び込むと、冷静さを失う。ヴント曲線として描かれ、快適さと刺激の強さの相関関係を逆U字型で示す。
詳細 ヴント曲線 日本の人事部より
https://jinjibu.jp/keyword/detl/1749/
ヴントは実験心理学の父と呼ばれ、ドイツのライプチヒ大学で学ぶ。後にアメリカ臨床心理学の父と称されるウィットマーを同大学から排出した。ヴントは、人間の意識について考察し、数量化が可能な「行動」パターンについて現した。その一つ「内観法」では、被験者自身に被験者の「こころ」を観察して話させる手法を取り入れた。もう一つ、外部からの刺激によって、被験者の心境の変化についても探った。いわゆる「構成主義心理学」である。ただし、内観法も構成主義心理学も、被験者の感覚次第によって代わり、客観性に欠けるとの理由から批判も多かった。人の行動を数値化する方法が主流になりつつある。アメリカのワトソンが編み出した「行動主義心理学」の発展へと寄与した。
詳細 きょうさい対策ブログ
https://skyosai.com/qukbd41ntepqh
蓑毛で若葉に触れることで、心身共リフレッシュし、西隣の足柄上郡松田町の西平畑公園の奥にあるコキアの里のネモフィラ、その次に同郡開成町の瀬戸屋敷を訪れた。
コキアの里では、青空の下、雪を被った富士を背景に、瑞々しいブルーのネモフィラが照り映えていた。透き通った花びらは、人の心を燻り、活力を生み出してくれる。

開成町の瀬戸屋敷では、丁度団体が使用中だった。敷地内では、坂井泉水が好きだったカラーの花が芽を出していた。今が瞬の石楠花も顔を出している。古民家を彩る花々は、古き良き日本の母屋の魅力をアピールしていた。

舞台は一転して、厚木市の七沢森林公園、手付かずの自然を残しながら、人の手入れが行き届き、四季を通して花々が育つ。石楠花が丁度早咲きから中咲きへと入れ替わっていた。花びらが球状に広がっていく様は、丈の短いドレスのように映る。色鮮やかな石楠花が競演することで、パーティーの雰囲気をかもし出す。周囲の丹沢山地に陽が落ちるにつれて、淡いピンクに染まった。優雅で妖艶な花を照らす斜光により、豊かな表情を見せてくれた。

午後6時代、森の里6丁目の藤棚に付いた頃には、陽は当たらず、眠っているようだった。
我々人の世界では、モデルさん自体を、裏方で支えるメイクアップアーティストやスタイリストが支える。決まった季節に咲く花を盛り立てるのは背景の樹木や山並み、または太陽光だった。
午後6時には、旅の最終舞台、森の里の北側に位置する上古沢緑地、あつぎつつじの丘公園に入った。陽が沈む前の時間帯からつつじのライトアップの準備を整えていた。開催は2年ぶり3度目。
日没20分から30分後のトワイライトタイム、密集した樹木を背景に、空の青色も加わり、つつじの赤と紫が、よりクリアに浮かび上がる。

水面には、影絵のようにつつじの背後の樹木が映り込む。傾斜地に育つツツジの紫と赤色と対称を成す。

昼とは異なる姿に、人々は心をときめかせながら、光のショーの醍醐味を味わっていた。
第4章 新緑の古民家 生田緑地へ 夜景稲城市みはららし緑地へ Cメロのサビ
4月29日(火・祝)
舞台は川崎市多摩区生田緑地、日本民家園、信越の村は、燦々と降り注ぐ太陽光を若葉が照り返していた。江向家の前の花壇は、ツツジの一種オオムラサキが花開く。合掌作りの山下家住宅は、園内の主役といえる程存在感を放つ。オオムラサキと黄緑色のモミジが、春の情趣を添えた。

神奈川の村の道中、レンゲツツジ越しに菅原家の茅葺屋根が見えた。視線を吸い寄せられる程、赤みが強く、緑が中心の世界を一新させた。古き良き日本母屋を、令和時代に伝えている。
敷地内の岡本太郎記念館から1枚。作品名「創世記」。アダムとエヴァの2体を表しているのか。悪魔にそそのかされて、天井の神の言いつけに背き、知恵の実を食べて、奈落の底に落ちていく様子が浮かび上がる。掟破りは、厳しい罰則が下る。岡本太郎は、独自の画法を生かして、繊細なタッチで書き上げていた。
記念館前と小民家園に隣接するメタセコイヤ並木では、棘のある青葉が伸びていた。淀んだ池には、うっすらと光が差し込んでいた。一筋の水面の反射光から、希望を抱かせる。
隣接する宮前区の等覚院は、全体的に見頃を終えているとはいえ、オオムラサキは萎れずに残っていた。古刹に咲くツツジは、情緒豊かな光景である。午後5時を超えて訪れた神奈川県立東高根森林公園は、陽が翳ってきた中、藤棚がブルーの花びらをつけていた。高低差のある園内は、ウォーキングやジョギングに励む地元民ともすれ違う。周囲は険しい坂の上に並ぶ住宅街、生田緑地と共に、緑のオアシスとして森林浴スポットと化していた。

最終舞台は、多摩市との丁度境目の東京都稲城市の「みはらし緑地」標高は150m台。尾根部に位置し、東の京王相模原線若葉台駅から続く町並みを一望する。角度を変えると、マンション群の奥から、都市部のビル群が林立する。麓は、ドイツのフロイデンベルクを彷彿とさせる白と黒のモノトーン色の一戸建て住宅が混じる。シンボルとなる茶色いレンガの建物は、教会を髣髴とさせる。実際は、人々が集う多目的ホールだった。景観作りにこだわり、駅から徒歩圏内に程よく公園を設けた。春先人々がソメイヨシノの開花を待ち望む中、小さな通りをコヒガン桜が淡いピンクに染め上げた。建物の外観も白を基調とする。西洋を模した町並みは、多摩地域で一線を画していた。
Cメロのサビ
「輝く季節(とき)の中で 夢は 藍く染まるだろう。失うものは何一つない 愛さえあれば」
麓の住宅街から暖色系のナトリウム光が灯る。暗くなっていく空とは対照的に、その奥の都市部のビル群は立体感を増す。南側は、なだらかな丘陵地、その先は横浜のシンボルとなるランドマークタワーが聳え立つ。澄んだ空気により、ビルの輪郭がくっきりと写っていた。
「Oh この世界に 踊り続けるしかないのか 心の中に君がいたから」
我々人は、運命に逆らうことはできない。与えられた環境を受け入れ、一つずつ達成感を積み重ねることにより、未来を切り開くことができる。ZARDの坂井泉水も、2年間のOL生活を経て、モデル活動をしながら、歌手のオーディションを受けて、見事デビューを勝ち取った。彼女自身が、未来のある若者へとメッセージを織り込んでいた。
<歌詞終わり>
海抜27mの東高根森林公園から、海抜150mのみはらし緑地まで、高低差120m以上、およそ12kmから13kmの道程を走りぬいた先に、町の夜景が出迎えてくれた。山あり谷ありの険しい日本列島は、盆地にまとまって人が暮らす。日暮れ時の丘陵地、眼下の町から明かりが灯ることにより、人々の生活観を感じることができた。5月の新緑の季節、野鳥達は子育てのピークに入った。身近なシジュウカラやエナガを含め、体調20cm足らずの小鳥達は、およそ2週間で巣立っていく。我々人も、さわやかな気候の下、4月からの新しい環境に慣れて、一段とエンジンがかかる。四季折々移り変わる景色の中、それぞれの町で、文化を育んでいる。
写真=1993年頃のレコーディング風景 掲載元 FRIDAY 2025年4月24日付
https://friday.gold/article/332413
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