6つほど前の日記「生まれも育ちも昭和」の中で、松戸市に有る「昭和の杜博物館」に行った事を書きました。
そこで見かけていたこちら。
昭和どっぷりの私でも分からなかったのですが、私より一周以上先輩である70代の方々に聞いてみても分からないまま…
えぇっ、まさかもっと昔のものなの(@ ̄□ ̄@;)!!
そう驚くのと同時に、何処かで似たような物を見たような…何処だったかな…
そんな事を感じていたのですが、数日後にその答えに思い当たりました。
まだ学生の頃、おそらく20才前でしょうか。
中学校からの友人グループでドライブした際、うち1人の親戚か何かの家(印旛村だったような?)に寄った事が有るのです。
お雑煮を戴いたので、初日の出を見に行った帰りだったのでしょう。
その家の玄関口にて、かの友人が「ほら、これが有線」と言いながら指差した電話機が確かこんな感じだったかと!
その時は「有線?あの音楽リクエストとかする有線放送の有線?」という程度でよく分からなかったので、「ふーん」と生返事しかしなかったように思いますが…
アレがたぶんそうだったんじゃないか!
そう考えてみると、「農村部でしか使われていない」というようなニュアンスで言われた気がする…
そこで「有線」「田舎」「電話」という3つのワードで検索したところ、ちゃんと出てきました!
更にスカッシュでのお知り合いの方かはも情報を戴き、コレの正体が判明しました!
(お知らせありがとうございました。)
「有線放送電話」
まだ地方で電話のある家は少なかった昭和30年代、電電公社に電話を引いてもらうのはなかなか大変だったよう。
1957年に限られた地域内で電話線を引き、各家を有線の電話でつなぐ「有線放送電話」に関する法律が制定され、各地で有線放送電話が開設されるようになったとか。
これはその地域内では定額でいくらでも電話をかけることができますが、地域外にかけるには電電公社の電話を使う必要が有り、有線電話から交換手に電話をかけ、そこから電電公社の電話に接続する「公社接続」という形だったよう。
これとは異なるかもしれませんが、古い映画などで、受話器をとって「○○へ繋いでくれ」というシーンを見たように思います。
この有線放送電話では、電話に受話器とは別にスピーカーが有り、このスピーカーから定時に天気情報な地域ニュース等の有線放送」が行われており、これが「有線放送電話」たる所以という事なのでしょう。
それにしても、約40年前に数秒見ただけなのに、我ながらよく思い出せたなと…
そして、これを知っているかどうかは、年代だけでなく居住地域も重要なポイントでした!
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