中学生の頃だったでしょうか?
こんな妄想をよくしておりました。
それまで生きてきた10何年間かの記憶は本物なのだろうか?
それが正しい記憶という証拠が何処に有るのだろうか?
何処かの誰かが記憶をいじっていたとしても、それは自分には分からないのでは?
だとすれば、確実な記憶は今この一瞬だけである…と。
何かのアニメか漫画の影響でも有ったのかどうか、正直自分でもさっぱり分からないのですが、おそらくそうした諸々の積み重ねでそんな妄想に至ったのでしょう。
今にして思えば、近年言われる中二病だったのかもしれません(*´∀`*)ポッ
それでもそんな妄想をしていた事は、ずっとアタマの中に残っておりました。
そんな最近、読んだのはこの一冊。
東野圭吾氏の作品はかなり読んでいますが、正にその妄想に近い発想が出てきます。
そもそも、記憶の曖昧さには過去色々と実験が行われており、記憶というものは後からの様々な理由で変質していくというのは知られています。
中には自分に都合の良い結論に結びつける為、恣意的に記憶をねじ曲げる事も有るでしょうし、それでなくても別のちょっとした思いが記憶の中に入り込んでしまい、意図せぬまま少しづつ塗り替えられていく事、また別の記憶と混同してしまう事も少なくないよう。
そうして時間が経ってしまうと、本当に記憶していた事なのか、それとも意図しないまでも後から塗りかえた記憶なのか?
何らかの記録が無い限り、それはもう分からないままになってしまう事も有るでしょう。
例えば、私には子供の頃にこんな夢を何度も見たぞという記憶がずっと有るように思っていますが、それが本当に当時からそう思っていたのか、それとも後からそんな事を考えたのか?
今ではもうさっぱり分かりません。
脳ミソが老化している影響も有るとは思いますが( ̄▽ ̄;)
記憶って不思議だなーーー
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