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2024年12月30日12:19

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カーター大統領100歳3ヶ月29日で亡くなる。簡単にカーター氏の取り組みを紹介する

12月29日付けで、米国第39代ジミー・カーター大統領が、ジョージア州プレーンズにある自宅で息を引き取った。100歳3ヶ月29日だった。米大統領経験者では最長寿記録を更新していた。

 私自身は、過去に何度もジミー・カーター氏の取り組みを紹介してきた。文章の末尾に、直近3ヶ月間4回分になる日記のリンクを掲載している。今回、1期4年間の在任中と共に、退任後の活動を簡単にまとめた。人権外交を標榜する彼の取り組みは、国家元首の手本として実にふさわしかった。

       <カーター大統領の取り組みを簡単紹介>

 ジミー・カーター氏の在任期間は1977年1月19日から1981年1月19日までの1期4年、当時東西冷戦期だった。

 在任中に人権外交を掲げ、1977年のパナマ運河の返還から始まり、1978年にはエジプトとイスラエルの国交正常化を含めた「キャンプ・デービッド合意」の仲介役を務める。翌1979年3月26日に「エジプト・イスラエル平和条約」として結実した。同条約に従って、1982年までイスラエルは、1967年の第3次中東戦争時に占領したシナイ半島をエジプトに返還する。対して、エジプトは、パレスチナ問題から完全に身を引き、アラブ諸国で始めてイスラエルを国家承認した。いわゆる「領土と和平の交換」といわれている。同1979年1月1日には、正式にアメリカと中華人民共和国の間で国交が正常化した。

写真=キャンプ・デービッド会議の模様 右側エジプトのサダト大統領、真ん中米国のジミー・カーター大統領、左側イスラエルのベギン首相 掲載元 Britannica https://www.britannica.com/event/Camp-David-Accords
 フォト

 在任期間中、人権を重視するあまり、ベトナム戦争の介入失敗に伴う、米国の国際的影響力の回復には失敗する。1979年には、親米のイラン王国が、イスラム原理主義者ホメイニによる革命により倒された。イラン・イスラーム革命により、王国から共和制へ代わった。外交姿勢も180度転換し、アメリカを敵対する。イラン・イスラム革命後、カーター大統領は軍を派遣せず、成り行きを見守っていたのである。米国の中東地域への影響力低下が危惧された。当時対抗していたソ連は、強気の姿勢に打ってでる。1979年12月、ソ連のブレジネフ政権が、社会主義政権樹立を後押しするべく、アフガニスタンへ軍事侵攻した。カーター氏は、ベトナム戦争の後遺症から、軍を派遣せず、ソ連への経済制裁を発動して、対抗する。親ソ政権打倒を目指す反政府勢力には、武器を供与した。より西側諸国との連帯を示すため、同年開催したモスクワオリンピックの参加をボイコットした。

 国際社会の安定化を目指したカーター大統領は、在任期間中強いアメリカを求める国民から支持を得られなかった。弱腰とみられた背景には、ベトナム戦争による後遺症から、軍を投入できなかったことにある。1973年3月29日にベトナム国内において、最後の拠点だったサイゴン(現名称ホーチミン市)から引き上げた後、ベトナム戦争の帰還兵が、PTSDを含め、精神疾患を患うなど、大きな社会問題になった。身体の負傷による障害により、日常生活のサポートが必要な場合もある。社会復帰も間々ならない帰還兵に対して、国は障害年金を支給することでサポートした。サイゴンから撤退後、労働市場の逼迫、財政の悪化を引き起こしていた。カーター政権は、景気を好転できず、国民の支持は上向かなかった。1980年の大統領選挙戦では、共和党から出馬したロナルド・レーガンに敗れ、1期4年で退任した。

 カーター氏の活動は、大統領退任後も続く。1982年に地元ジョージア州の州都アトランタでカーター財団を設立し、世界各国の困った人へ救いの手を差し伸べた。

写真=トーゴでのワクチン普及活動の模様 掲載元 詳細記事 関西ウーマン 2022年10月6日付
https://www.kansai-woman.net/Column_s.php?id=202126
フォト

 疫病が蔓延する地域には予防接種への普及に努める。1976年に米国ジョージア州アメリカスで発祥した貧困地域の住宅支援「ハビダット」を推進した。

 また大統領経験者として、大使の役割を果たし、キューバのフィデル・カストロ、北朝鮮の金日成総書記との会談にも取り付けた。

 地道な取り組みが評価され、2002年にはノーベル平和賞を受賞する。

 争いを避けて、国際社会の安定化、貧困撲滅運動を繰り広げたジミー・カーター氏は、「史上最強の元大統領」と評価する声があがる。彼が間を取り持ったエジプトとイスラエルは、共に平和条約の内容を遵守し、領土を巡る争いをせず、協力関係ぞ築く。2019年には、エジプト内で跋扈するIS(イスラム国)の一派シナイ州対策として、防衛協定を結んだ。2023年10月7日以降に始まったガザ紛争において、エジプトは仲介役として、交戦勢力のハマスとイスラエル政府、それぞれの立場を尊重し、妥協点を探っている。アラブ諸国で最も早くイスラエルを国家承認した立場として、周辺の国々との間に入り、緊張緩和に努めた。元を辿るとカーター大統領の人権外交にあった。中東情勢は、再度緊迫感を増している。未然に争いを回避し、いかにイスラエルと周辺諸国の間を取り持つのか、同地域の影響力を行使するアメリカの政策が鍵を握る。カーター大統領の功績は、中東地域を越えて、世界史にその名を刻んだ。
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過去のカーター大統領関連日記

� � 第1章 ZARDのマイフレンドをテーマ 第1章 エジプト・イスラエル平和条約
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988978359&owner_id=32437106

��2024年米国大統領選挙戦結果 100歳を迎えた第39代ジミー・カーター大統領と広島県北部三次市甲奴町の交流
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988750066&owner_id=32437106

�F�本の被爆者団体がノーベル平和賞を受賞する 緊迫する中東レバノン情勢(10月8日から10月11日) 米国のカーター大統領、オバマ大統領 トルコのエルドアン大統領
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��10月1日(火)新年度の折り返し 変わり行く制度 SARD UNDER GROUND 新たなステージへ アメリカの第39代ジミー・カーター大統領が100歳を迎える レバノン情勢 郵便料金値上げ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988511868&owner_id=32437106

�ァ”� 第4章より SARD UNDER GROUNDのメンバーと、カーター・大統領の功績について説明する

動画アリ!2024年 ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓秦野市を中心に旅をする 2024年第8回目8月12日(月・祝)アドラーの心理学に基づいた旅物語 米カーター大統領が間もなく100歳 名探偵コナン 平塚市大空襲
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988425354&owner_id=32437106



■カーター元米大統領が死去 「人権外交」推進しノーベル平和賞受賞
(TBS NEWS DIG - 12月30日 09:42)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8151488 
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