1年間、待ちに待った良弁忌であり、折角なので両親と共に訪れようと思っていたのに、父は「東大寺はもう何度も行っているから」と呑気なまでに拒否。見ている訳がないと思いながらも、仕方がないので母と一緒に出掛ける事にしました。母は三月堂にも入った事がなかったので、その荘厳さに驚いている様でした。
法華堂(三月堂)では執金剛神立像の御開扉
執金剛神立像の拝観にはタイマーを合わせられて3分間のご対面。意外にもそれほど大きくなかった事に先ずは驚かされて、サイズ感で言えば戒壇堂の四天王立像と同等ですね。これはある事を示唆している様にも思われるのですが、しかしそれ程の感銘は受けませんでした。寧ろ2度目の拝観となった不空羂索観音菩薩立像に圧倒されて、これは明らかに興福寺南円堂の本尊を見た後だからと思われるのですが、不空羂索観音に対する思い入れもあり、また法隆寺の救世観音菩薩立像にも通ずる一種の禍々しさをも感じ取る事が出来て、畏怖をも感じさせる仏像として稀有な存在だと思われたのでした。これは凄いわ…。
1度目の印象は「不空羂索観音菩薩立像はその時代に因るものなのか、感情移入がし辛くて私としては疎外感の方が強かったです。その意味でも、私としては興福寺南円堂の不空羂索観音菩薩坐像の方に期待しています」だったんですけどね。
因みに御朱印は2頁分の切り絵御朱印を頂きました。
こぼれ話〜光背の話�� 東大寺法華堂・不空羂索観音像の光背を巡る謎の話 〈その1〉 【2020.05.29】
https://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/blog-entry-207.html
こぼれ話〜光背の話�� 東大寺法華堂・不空羂索観音像の光背を巡る謎の話 〈その2〉 【2020.06.07】
https://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/blog-entry-208.html
�茵ヽ�山堂では良弁僧正坐像の御開扉
�蕁ヽ�山堂
開山堂は普段は閉じられている門を潜るだけでも有り難くて、漸く良弁僧正坐像に対面すると、まあこんなものかなという印象ではありました。今日一番の主役なんですけどね。
因みに御朱印は2頁分の切り絵御朱印を頂きました。
�茵―咯萋欧任禄咯莨綽雄疏�の御開扉
�蕁々坿霪�
俊乗堂の前では行列は出来ていなくて、普通に外から内部が見渡せて、そこにあの仏像が見えたものだから途端に胸騒ぎがしました。気持を落ち着かせて中に入ると、少し見上げる高さにある厨子の中に俊乗上人は居られました。老年に達したそのお姿は、痩せ衰えていながらも尚、気概に満ちていて、それは外部に表されるものというよりも内面の充実を思わせました。しかし何よりも驚かされたのが、解剖学を学んだのではないかと思わせる程の冷徹なまでの写実主義で、こんな表現が出来るのは運慶しかいないと確信しました。俊乗上人坐像を横から眺める時、左側と右側からではその表情が全く異なります。右のお顔は意志の強さが感じられて外に向けられており、左のお顔は思索に耽っている様で内に向けられています。実際、人の顔は左右で異なっており、二面性を表しているものです。
因みに御朱印は「重源上人」と記帳して頂きました。この後は母を車に残してまた三月堂に並ぶと、拝観してから不空羂索の書き置きも頂きました。急いで俊乗上人の下へと引き返すと、別れを惜しんでその御尊顔を拝して来ました。こんな風に年を取りたいものだ。
�茵‐�土真宗本願寺派、正覚寺
�蕁)榮�
納骨堂
帰り際に檀家である正覚寺にも立ち寄りました。私にとっては鎖骨骨折以来となります。
ログインしてコメントを確認・投稿する