本日の世見 2024年11月23日(土曜日)
『人類にとって戦争とは』
時代が変わっても人類は戦が好きです。
「戦国時代」は日本にもありましたからね。
「時代劇」それも戦国の世が舞台だ、とついつい見入っていると、主役の武将に頑張れエールを送ったりしている自分がいたりしますが、戦場では多くの命が散っているのですから、戦場の出来事は残酷です。
あの織田信長をクローズアップさせても、今のプーチン大統領との違いがわからなくなってしまいます。
歴史に名を残した武将たちも、時代に翻弄された人だった思いがいたしますが、織田家臣団ひとつとっても、武勇に優れた猛将の影で多くの命が消えているのです。
戦場の場面を映像で見ていますと、その劇の主人公側の味方になって見入っている自分にビックリすることもあったりします。
あの織田信長、いったいどのくらいの人の命を奪ったのでしょうか。
信長は、能力さえあれば重要なポジションを与えたと言います。
信長にとって秀𠮷とは、どのように映っていたのでしょうか。
秀吉は、自身の戦いに役立つ人材を選ぶのがとても上手かった人だと思います。
この秀吉の生き方を見ていますと、自分自身の戦闘能力が低いことを知って、戦闘能力のある者を配下にすればいいことがわかっていたからこそ、天下人になれたのかもしれません。
蜂須賀正勝と前野長康この二人も、秀吉の人生物語に一役かって出た人達です。
でもね、浅井長政との戦い方ひとつ見ても、後に秀吉の側室になった長政の娘の三姉妹のひとりの茶々(淀殿)の人生を見ても、戦国の世でなかったなら、この茶々の人生も変わっていたと思ったりもします。
この地球上には今も戦場があります。
多くの人々が理由もなく命を弄ばれて亡くなっています。
戦争とは、人類にとってどのような意味があるのでしょうか。
名を残さない人々にも生きる権利はあると思うのですが。
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